8月15日 月曜日 1年前の裏央
海水浴2日目。
いきなりだけど、今朝、起きたら裏央がいたのはビックリした。
普段の表情とのギャップが激しくて焦った。
なんか、凄い穏やかな顔で寝てたから・・・良い夢でも見ていたのかな?
私も裏央が隣にいたからなのか、昨日は夢は見なかったけど、凄く安心して眠れた様な気がする。
隣で寝てた理由を聞いたら
『お前が手を離してくれなかったんだ』
と言われて恥ずかしくなった。
今日は朝食の時に莉子さんが
『肝試ししませんか?』
という提案をしたので、夜にすることになった。
丁度、民宿の裏手には墓地なんかもあるから雰囲気はかなりあるけど・・・ちょっと意外だったな、莉子さんがホラー系が好きって言うのは・・・。
昨日も由香さん達の部屋では莉子さんが怖い話をして莉子さん意外のみんなは同じ布団に詰めて寝たみたいだ。
絶対暑かったよね・・・。
朝食が終わって着替えに行こうとしたら裏央がここで着替えて行けと言ったから、多分昨日みたいなことが起きないようにしているんだと思い、みんな部屋で着替えを済ませた。
パーカーを羽織ったり水着だけだったり、浮き輪とか、それぞれに準備をしてみんなで海に向かう。
裏央がパラソルを立ててシートを敷きそこに
「お休み」
寝た。
「ちょっと、裏央くん?海に来ていきなり寝るのはどうかと思うわよ?」
「そうよ!あんた昨日もあんまり遊んでないでしょ?」
「いや、俺日焼けしたくねえし・・・」
葵さんと由香さんにそうやる気の無い声で答えて、ヘッドフォンを付けた。
もう聞く気ないね。
「ねえ、真奈?」
「ん、なに?」
「裏央って普段からあんな感じなの?」
亜紀ちゃんが寝ている裏央を見ながら、どこか意外そうに言った。
そう言えば、亜紀ちゃん達はあまりこんな感じの裏央を見ることってなかったっけ・・・しっかりしてる時はしてるけど、してない時は本当にしてないからね。
「まあ、大体はね?意外?」
「うん、ちょっとね・・・引っ越しを手伝ってくれたり、バイトしたり。することはしっかりするでしょ?勉強はおいといて・・・」
確かに・・・学校では殆どの授業を寝て過ごしている。
にも関わらず成績は悪くない、というかむしろ良い。
期末テストの結果が廊下に張り出された時ちょっと見てみたら10位に入っていたし・・・。
まあ、だから先生達も寝ている裏央に文句を言えないんだよね。
まじめに聞いている人達よりも成績は良いんだから・・・。
あ、ちなみにわたしは5位です。
亜紀ちゃんは21位。
仕事の関係上あまり勉強をする時間はないのかな、と思っていたけど、その辺はマネージャーさんがしっかりしているみたいで、空いた時間を有効利用しているみたいだ。
「多分、自分の為になることはほんの少ししかしないんじゃないかな?」
「どういうことかしら?」
マネージャーさんが聞いて、みんなも知りたいのか私に視線が集まった。
言ってもいいものか少し迷ったけど、言うことにした。
もしかしたら、そうすることで裏央の考えが変わるかも知れないから・・・。
恵理ちゃんを見ても、言った方が良いと言っている様な目をしていたから。
「裏央は自分が嫌いなんです・・・以前、自分は生まれてこなくて良かったとも言っていました」
「え?」
「どうして、そんなことを・・・」
莉子さんが本当に分からないといった表情で呟いた。
それは多分誰にも聞いていないんだと思う。
「真奈ちゃんはどう思ってるの?裏央くんが生まれてこない方が「そんなことあり得ませんよ」え?」
沙羅さんの言葉を遮って私は言った。
裏央が生まれてこなかったら、私はこんなにも沢山の友達は出来なかった。
「裏央がいなかったら、私はみんなと逢えませんでした・・・。切っ掛けは全部裏央で、わたしの日常の中心にはいつも裏央がいる・・・ここにいる全員とまでは言いませんが、そうなっている人はいますよね?」
私はそう言って後にいるみんなを見た。
「そうかもね・・・裏央がいたから、アタシ達だって今ここにいるんだし」
「そうね。そのお陰で楽しみが沢山出来たもの・・・由香ちゃんや葵ちゃんとも友達になれたし」
「由香さんと葵さんが、真奈ちゃんと知り合ったのも、裏央くんが切っ掛けなんですよね?」
「はい。バイト先で、裏央が注文を取りに行って、ため口で接客したのが始まりでした。その次の日に学校でバッタリ再会して・・・」
「聞いてると本当に、あの子が全ての中心にいるわね・・・」
マネージャーさんがそう言った時、話を聞いていた涼子先生が言った。
「お前たち、今から話をするぞ?」
「え?」
「私たちが裏央と会った時の話をな・・・あの2人も呼んで宿に来い」
そう言って先生達は宿へと引き返していった。
訳が分からないまま、とりあえず言われた通り、由香さんと葵さんを呼び、裏央は寝ていたから行ってくるとだけ言っておいた。
宿の部屋に行って中に入ると、先生が座っていた。
何か・・・良くない話なのかな?
先生たちの雰囲気にそう思ってしまう。
「まあ、座れ。何も悪い話をすると言うわけではないんだ・・・」
「ただ、貴女たちが知らない裏央くんを教えようと思っただけよ。恵理ちゃんにも話してもらうわよ?」
「え?あ、はい」
急に話を振られて驚く恵理ちゃん。
そっか、先生を除けば一番付き合いが長いのは恵理ちゃんなんだよね・・・。
みんな部屋の好きな所に座り、それを確認した涼子先生が話し始めた。
「私は最初にあいつに会ったのは、去年の4月。まあ、入学式の日なんだがな?私は遅れて来る者がいないか見ていたんだ・・・」
その後、入学式が始まる時間になり中に引き返そうとした所でのんびり歩いてくる生徒を発見したみたいで、その生徒はヘッドフォンを付けていたみたいだ。
「あ~・・・裏央ですね?」
「ああ・・・全く、初日から遅れてくるなんて奴が今時いるのかなんて思ってしまったよ・・・」
「はは」
「で、体育館に連れて行こうとしたら、めんどいからパス、なんて言い出してな・・・面倒なのはこっちだと、言い返したら今度は、見なかったことにしてくれとか言ったんだ」
「裏央らしい・・・のかな?」
「どうだろうな?まあ、結局私も話す内に面倒だと思い始めてな・・・勝手にしろと言って体育館に戻ったんだ」
それは先生としてどうなんでしょうか?
多分みんな同じこと思ってる。
「裏央は体育館には来なかった。終わって教室に行くと既に席に着いていたよ・・・しかも、暢気によお、なんて言ってきた。あの時はまた面倒だと思ったが・・・そんなことは無かった」
「どういうことですか?」
「雑用なんかを全部引き受けたんだ。係りでも委員会の仕事でもないものも・・・本当に全部。美奈と知り合ったのもそれが原因だったな?」
「そうね。わたしの仕事なんかも手伝ってくれたわ」
「え?でも今は・・・」
今はそんなことしている所は見たこと無いけど・・・。
「1年の終わりの頃、あいつは来年もやると言ったが、私がやらせなかった・・・1年間を無駄にしたのと余り変わらないんだからな」
「3年って、長いと言えば長いけど、短いと言えば短い時間なの。だから、せめて残りの2年間は自由に過ごして欲しかったのよ・・・」
「それが良かったのか?と問われたら、どう答えたらいいのか分からないがな」
「どうしてかしら?」
マネージャーさんの問いに答えたのは美奈先生だった。
「あの子のやることを取ったのと変わらないからよ・・・みんな知ってる通り、あの子は部活や委員会には所属していない。趣味と言ったら音楽を聴くこと・・・でも、学校では限られた時間しかそれは出来ない」
「だから、雑用で暇を潰していた?」
「鈴野の言う通りだ。もしかしたらあいつは、最初から高校3年間はそうして過ごすと決めていたのかも知れない」
「人生でたった一度の高校生活を捨てるのと変わらないわね」
マネージャーさんがぽつりとそう言った。
「そうだな・・・私たちの時は考えられないことだ」
「たった3年、されど3年。その時間でわたしは涼子と出会って、楽しい学生時代を送ったわ。楽しいことばかりじゃないのは勿論だけど、苦ではなかった」
「そうね・・・私だって、時々学生時代の子と呑んだりするけど、その時にいつも思うわ・・・この子達と逢えて良かった、って」
なんだか、この3人が言うと重みがあった。
「でも、あいつはただ音楽を聴いているだけだった・・・誰とも関わらずに・・・だが、それはすぐに終わった」
そこで涼子先生は私を見た。
「遠藤。お前が来たからだ」
「え?」
「お前はいつも裏央といた。それが何か影響を与えるかどうかは分からなかったが、それが目に見えた
時があった・・・」
「いつですか?」
「以前、お前の弁当を食べたと言ったことを覚えているか?」
「あっ・・・午後の授業をサボった時・・・」
裏央の話を聞いて、悲しい気持ちになった私が教室を出て行って、誰もいない所で1人泣いていた時。
「そうだ。あいつが誰かを追いかけるなんてことは、無かったからな・・・誰かと一緒にいることすら無かったんだから当たり前だが・・・」
「涼子から貴女の話を聞いた時は、少し驚いたわ。あの子に積極的に関わる子なんて、いなかったから・・・」
「・・・あの、それはどうしてなんですか?」
莉子さんがおずおずと手を挙げて聞いた。
「どうしてって?」
「どうして、裏央くんに関わる人がいなかったのか、ってことでしょ?」
「はい」
由香さんが質問の意図が分からず聞いて、それに葵さんが答えて、肯定する莉子さん。
「最初は勿論いたさ・・・ただ、あいつ自身がそれをさせなかった。いつも教室に入ってくるのは一番最後で、休み時間なんかも何かしら雑用を見つけてはそれをしていた。それが無い時は誰も屋上でずっと空を眺めていたんだ」
「保健室に来たら、仕事が終わり次第ベッドで寝ていたわ・・・」
「でも、それを許す人なんて」
「勿論いない。私と美奈は例外だ」
恵理ちゃんの言葉に続いて涼子先生はそう言った。
「中には、あの子が先生に気に入られようとしてるなんて思った生徒もいたみたいでね・・・嫌がらせなんかがあったりもしたわ」
「裏央はどうしたんですか?」
「何もしなかった」
『え?』
「机に落書きをされても、教科書を破られたりしても、鞄や靴を隠されても・・・何があっても、何もしなかった・・・」
裏央がそんなことをされてたなんて、思いもしなかった。
「あの子にどうして何もしないのか聞いたら、返ってきたのは、面倒、の一言だったわ」
「そんな・・・先生達はどうしたんですか?」
「私たちは止めさせようとした・・・だが、大体想像が付かないか?」
急にそう問いかけられて、私達は考えた。
少し考えて、ある答えに辿り着く。
「裏央がさせなかったから」
『あ』
「その通りだ・・・何かしようとすると全部止められたよ・・・1人の生徒にばかり構うなと言われてな。どっちが先生なんだか、と思ってしまった」
「そうね。関わらせてくれなかったのよ。そういうことに関しては」
「どうして・・・」
由香さんが何か言いかけた時、部屋の襖が開いた。
「・・・裏央」
裏央は相変わらずの無表情で私達を見ていた。




