5月10日 火曜日 交換
翌日火曜日、バイト先に行って今月のシフトを聞き、今週は水・金・土の三日間なので、俺はまた丘に行くことにした。
真奈は今日もバイトで今週はあと1日、明日もあるみたいだ。
丘に着いて木に背を預けて座り、音楽を聴きながら景色を眺める。
鈴野が言っていた通り、ここは誰も来ないから静かに過ごせるが、それはこの景色を知らないやつが多数いると言うことでもある。
ほんの少し視野を拡げるだけでいいにも関わらず・・・。
目を閉じれば肌を撫でる風が心地いい。
しばらくそうしている内に俺は眠ってしまった。
パラ、と何かを捲る音が聞こえて目を覚まし、最初に見たのは夕焼けに染まった空。
ヘッドフォンは何かの拍子に外れてしまったのかもしれない。
首に掛かっていて、まだ音楽は流れていた。
ピ、と切って横を見ると、
「よお」
「ん」
赤坂がいた。
短い返事をして太股の上に乗せた本を読んでいる。
会話はそれっきりだったが、お互いに別に気にしていないからか、特に気まずいなどと言った感じはなかった。
風の音と気のさざめく音、そして赤坂が本を捲る音だけが、この場を支配しているような・・・そんな感覚になる。
赤坂の持っている本は小さな文庫本。
ブレザーのポケットにも余裕で入るくらいの大きさだ。
鞄にはスティックがあるから練習の後に来たのか、仕事が落ちつているのか・・・まあ、どちらかだろうな。
静かなまま、1時間ほどだろうか?
時は流れ・・・パタン、と赤坂が本を閉じた。
鞄にしまって立ち上がる。
「帰るのか?」
コクンと首肯する。
「送ろうか?」
「・・・いいの?」
「まだ夕方といは言え、女が1人じゃ危ないからな」
とか言いながら真奈はほったらかしなんだが・・・明日からはもっと気を付けておかないとな。
携帯を見ると1件メールが入っていた。
「っと、そのまえにちょっと待ってくれるか?」
また首肯する。
送り主は真奈。
内容は今どこにいるのかと何時くらいに帰ってくるかというもの。
それに、少し用事ができたからそれを済ませたら戻ると返す。
返事はすぐに返ってきて、見ると
『分かった』
とだけ書いてあった。
「待たせたな?行くか」
またまた首肯。
たぶんずっとだろうな。
「家はどの辺なんだ?」
「ん」
ぴ、と商店街の方を指さす。
「アバウトだな」
とりあえず丘を降っていき、まずは商店街に出る。
この時間は買い物に来ている奴や俺と同じように学校の帰りに寄り道している奴がいて、賑わっている。
ゲーセンなんかは特にそうだな・・・主に男だろうが。
ある音楽店を通りかかった時、聞き慣れた音楽が聞こえてきた。
見てみるとそこにはskyのポスターが貼ってある。
楽しそうな表情をして歌っている鈴野にやはり楽しそうにギターとベースを弾いている桐野と安藤。
そしてやはり無表情な赤坂。
くい、と袖を引かれ、振り向くと赤坂が俺を見上げていた。
「どう「おい、あれってskyの赤坂じゃね!?」・・・・」
尋ねようとしたら赤坂に気付いた奴が声を上げた。
それはすぐに広がり、俺たちの周りには人が集まってきた。
と言ってもそんなに多くはないが・・・。
「ホントだ!でも隣の人誰?」
注目は俺にも集まってきた。
まあ、今人気のバンドメンバーといれば自然とそうなるよな・・・。
「暇人共が・・・」
赤坂の手を取り歩き出す。
なんか周りの奴らが何か言っていたが、どれもくだらないことばかりだし、そもそも聞く気なんかないからな・・・。
少し進んだ所にある本屋の前で赤坂が止まった。
「どうした?」
聞くと本屋を指さした。
何か買いたい本でもあるんだろう。
本屋に入ると赤坂はすぐにレジに向かった。
店員は慣れているのか、すぐに後の棚から一冊の本を取り出して、確認を取っている。
赤坂は一つ頷き、会計を済ませて戻ってきた。
「もういいか?」
「うん」
機嫌がいいのか、言葉で返事をしてきた。
店を出て住宅街に入る頃には辺りは暗くなっていた。
マンションに着くと、そこで赤坂が止まった。
どうやらここに住んでいるみたいだ。
「それじゃな?」
それだけ言って来た道を引き返そうとしたら、
「待って」
と言われた。
振り向くと赤坂は鞄に付いている小さなポケットから携帯を取り出した。
「交換」
なるほどと納得し、俺も携帯を取り出して近づき赤外線でお互いのアドレスと番号を交換する。
「試しに何か送ってみろ」
首肯して何か打ち出す。
携帯が震えて送り主を見ると、赤坂の文字。
『今日はありがとう。楽しかった』
と短い文章で書かれていた。
「俺も楽しかったよ」
「ん」
ポンポンと頭に手を乗せて軽く叩くと一瞬だけ目を閉じる赤坂。
「ああ、そうだ。バイトだが今週は水・金・土だ。一応教えとくよ」
「明日は行かないの?」
「ああ」
「そう」
どこか落ち込んだ様子を見せる赤坂になぜかという疑問が生まれる。
まあ、いいか・・・。
「じゃあな?」
さっきまでとは違って弱々しく首肯して、赤坂はマンションに入っていった。
それを見届けて俺もアパートへと戻るため来た道を引き返す。
「遅い!今何時だと思ってるの?」
「いや・・・8時だが?」
「メールの返信から2時間以上経ってるよ!何してたの?」
「色々あったんだ・・・つうか何でお前は俺の部屋にいるんだよ?」
「え?」
帰ってきて早々真奈に怒鳴られたが、よく考えてみればここは俺の部屋だ。
今更間違える訳もないし、鍵だって掛けていた筈だがな・・・。
「涼子たちか?」
「・・・うん」
「はあ・・・」
あいつらはどこで合い鍵を手に入れたのか、たまに勝手に入ってることがあるんだよな。
「まあ、いい・・・とりあえず腹が減った」
「あ、じゃあ、私が作るよ?」
「いいって、バイトで疲れてるだろ?ゆっくり休め。明日もあるんだからな?」
「・・・そうだけどぉ」
「ただでさえ人が足りないんだ・・・もし、倒れたりしたらどうするんだ?」
「う・・・分かった。お休みなさい」
「お休み」
若干落ち込みながら部屋を出て行く真奈を見送り、晩飯を作ろうかと思ったがやっぱり面倒になって風呂もシャワーだけにして俺はさっさと寝た。
早く休みになって欲しいもんだ・・・。




