4月29日 金曜日 夜 その1
アパートに帰って暫くは一人で過ごしていたが、7時頃になって真奈が着替を持って来た。
ちなみに、涼子たちはあのままどこかに行ったのか帰ってきていない。
恵理もいつもの様に知らぬ間にどこかに行っていた。
「こんばんは」
「おう。入れ」
「お邪魔します」
そっと部屋に入ってくる真奈は何か緊張でもしているのか、動かなくなった。
緊張することなんて何もないと思うが・・・とりあえず腹減った。
「早く行ってくれ」
「あ、ごめん」
慌てて中に入っていく真奈に続いて俺も入り、座って待つように言ってから、俺は晩飯の準備を始めた。
部屋には暫くテレビの音と調理をする音が流れた。
できあがった料理をさらに移してテーブルに運び、食べ始めたが、
「・・・・・・」
真奈が一言も喋らない。
本当に緊張でもしているのだろうか?
俺は別に沈黙はどうも思わないが、いつもあれだけ喋っていた奴が急に何も話さなくなると、何か物足りない気分になってくる。
今はアパートに俺たち二人しかいないからかなり静かだし・・・。
『明日は快晴となるでしょう』
ふとテレビに意識を向けるとそう言った所だった。
「だとよ。良かったな?」
「・・・・・・」
「?真奈?」
聞いても反応がなかったからもう一度呼んでみたが、
「・・・・・・・・」
またも反応がなかった。
黙々と飯を食っている。
大声を出すのは疲れるし・・・突いてみるか。
箸と茶碗を置いて真奈に近寄り頬に指を近づけて、
ぷに、と指を押しつけた。
「おお」
思った以上の弾力に感心してしまった。
それでも意識がこっちに戻ってこないから、とりあえず突き続けることに・・・。
この状態でも飯を食っているから、ある意味器用だな。
「疲れた・・・」
最後に頭をぽふぽふとしてもとの位置に戻り残りを片付ける。
真奈は自分で戻ってくるまで放っておくことにして、食器洗うか。
俺は食器を洗い始めた。
どうしてか今日は緊張する。
いつもは何も気にせず裏央と話せていたのに、どうしたんだろう?
部屋に入って暫くはテレビを見ながら落ち着こうと思ったけど、よく考えてみたら今はアパートに私たち以外誰もいない。
恵理ちゃんはどこかに行ってるし・・・先生たちもなにをしているのか戻ってきていない。
ホントどうしたんだろう?
自分で自分が分からない。
帰り道で、裏央が私のことをウサギと言った時、この間のことだけで私が寂しがりだってことに気付いたことが、びっくりしたけど嬉しかった。
「ああ~~~・・・」
思わず変なうめき声を上げてしまった。
「何変な声出してんだ?」
「え?きゃ!」
裏央の声が聞こえてその方を見ると、目の前にいてびっくりした。
心臓がすごいドキドキしてる。
「やっと戻ってきたか・・・先に風呂入れ。もう準備出来てるから」
「裏央はもう入ったの?」
「俺は後で入る。気にしなくて良いからゆっくり浸かってこい」
「でも、裏央、疲れてないの?」
今日のバイトは結構忙しくて私は疲れた。
体力がないからかも知れないけど、今週一番の忙しさだったとは思う。
裏央は基本が無表情だから分からないけど、多少は疲れがある筈だ。
それなのに、客の私が先に入ってもいいのかな?
「男の後に入りたくはないだろ?」
「でも、裏央なら・・・」
あんまり嫌じゃない・・・。
「いいから、熱い内に入れよ?温いのは嫌だろ?」
「確かに・・・分かった、先に使わせてもらうね?」
「おう」
食器だけ流しに持って行ってから着替えをもってお風呂に向かった。
テレビを消してベッドに座り、ヘッドフォンを付けて音楽を流し始めた。
聞いているのは現役女子高校生が組んでいるバンド。
作詞作曲から演奏まで全て自分たちでしており、最近は人気も高くなってきている。
目を閉じて腕組みをして指でリズムを取る。
1年の時は学校でも授業以外の時はいつもこうして過ごしていたが、真奈と出会っていつの間にか一緒にいる時間が多くなってからは家でしかこうして過ごしていなかった。
だが、真奈といる時間は嫌いじゃない。
最初は鬱陶しいと思っていたが、今はバイトまで一緒にしている。
いつからだろうな?
俺が真奈を鬱陶しく思わなくなったのは・・・。
考えても分からないか。
気付いたらそうなっていた。
それでいい。
考えるのは終わりにして、音楽に耳を傾ける。
曲は終わりに近づいており、今は静かにゆっくりと流れているが、最後に思いっきり盛り上がり曲は終わった。
この瞬間が俺は好きだ。
静かになったかと思ったら突然激しくなる。
それに何とも言えない感動を覚える。
曲は次の曲に変わって、今度は全体的に静かな音楽が流れる。
それから真奈が上がってくるまでの約40分間俺はそうして過ごした。
お風呂から上がると裏央はヘッドフォンを付けて音楽を聴いていた。
その姿を見て思わず笑みが零れる。
最初の頃はいつもヘッドフォンを付けていて、休み時間なんかもずっとそうしていた。
話しかけても直ぐに外してくれないこととかもあったけど、いつの間にか付けなくなっていた。
登校中もそうだったから、もしかしたら私に気を遣ったのかも知れない。
お昼もいつも勝手に一緒に食べていたのに、何も言わないでくれて・・・興味がなかったからなんだろうけど。
でも、探しに来てくれた時は嬉しかったな・・・勝手に肩を借りた私にも何も言わないでくれたし、その後には食堂でも奢ってくれて・・・。
「あ」
そう言えばあの時、おばあさんに裏央の彼女かって聞かれたっけ・・・あの時にはもう意識してたのかな?
恥ずかしくて裏央の顔をみることも出来なかったし・・・。
・・・・・・ちょっと、恥ずかしくなってきた。
裏央に近づいて、頬をつんつんとつつく。
裏央は目を開いて、私を見てからヘッドフォンを外した。
「仕返しか?」
突然裏央が聞いてきた。
「なんの?」
私は問い返す。
「さっき、飯を食っている時に反応がなかったから、頬をつついてみたんだ。「え?」それでも反応がなかったから放置していたが・・・」
「それ・・・ホント?」
「ああ。結構柔らかかったな」
「///////」
その言葉を聞いて、一気に顔が赤くなる。
そのまま顔を逸らそうとしたら、
「はは・・・」
裏央が笑った。
「ぁ」
ドキンと心臓が跳ねた。
「じゃ、俺は風呂入ってくるからな?ヘッドフォンは使いたいなら使って構わない」
そういって頭をポンと叩いて、裏央はお風呂に行った。
扉が閉まった音を聞いて、私はその場にペタンと座り込み胸に手を当てる。
心臓はまだドキドキしていて、暫くは収まってくれそうにない。
「・・・どうしよう///」
裏央の笑顔が頭から離れない。




