惹かれ合った理由
世の中に自分を嫌っている人間はどれほどいるのだろう?
そんなことを考える奴なんて余りいないかも知れないが、俺はほぼ毎日考えている。
そして結局途中で考えるのを止める。
要するに俺は自分が嫌いだ。
いつからかは分からないが、中学生のある日にふと自分が自分を嫌っているということに気付いた。
それからはとにかく嫌いで仕方無かった。
理由はあるがわざわざ言う必要はないだろう。
誰も興味など無いのだから。
そんなことを考えながら俺は今日もただ通学路を歩く。
周りには同じように学校までの道を歩く生徒がいて、楽しく話したり、音楽を聴いたり、自転車を漕いだりと様々な登校風景がある。
そんな中を歩いていると当たり前だが嫌でも周りの奴の声が耳に入ってくる。
俺はそれをヘッドフォンで遮断して、学校までただ歩く。
校門が見えた時、強い風が吹き周辺にある桜の木から花びらが散り風に乗って飛んでいく。
そんな風景を眺めながら俺は少しの間、その場で立ち止まっていた。
「――――――――――――――?――――――――――――――――?」
視線を前に戻して校門へ向けて足を進めようとすると、後ろから肩を軽く叩かれた。
振り向くとこの学校の生徒であろう、女生徒がいた。
髪は茶色で腰元までのストレート。
瞳は大きく綺麗な紅。
背は俺よりも頭半分ほど小さい。
クリーニングにでも出していたのか、制服には全くと言っていいほど汚れがなかった。
「?」
女生徒は首を傾げて俺を見ている。
「――――――?」
女生徒の口が動き、何か言ったが聞こえずそう言えばヘッドフォンをしていたな、と思い耳から外す。
「なんだ?」
「お、やっと外したかい?そうそう、人と話すときはそういう物は外しておかないとね?
これは当たり前のことだよ?」
「なんだ?」
もう一度同じことを問う。
「ん?ああ、そうだった。君はこんな所で何をしていたんだい?
まだ遅刻をするような時間では無いが、ずっとここに居ると遅刻してしまうぞ?」
「今から行こうとしていたらあんたが肩を叩いてきたんだよ」
俺はそれだけ言ってからその場を離れ、校内へと入っていった。
後ろで何か「それは済まなかったな?」などと言う声が聞こえたが、すぐにヘッドフォンをかけ直して周りの音を再度遮断する。
昇降口前に張り出されていたクラス表を見てから、下駄箱から上靴を取り出しそこに靴を入れる。
階段を上がり2階へと向かい、廊下を進んで自分のクラスであるF組へ。
扉を開けて中に入り、窓際の一番後の席に腰掛けて、特にすることも無く音楽を聴きながら外の景色を眺める。
クラス内はヘッドフォンを着けていても音が聞こえる程賑わっていた。
やがて始業を告げる鐘がなり、1~2分ほどして担任が入ってくる。
それから始業式があるため全員体育館へそれぞれのグループを作り向かう。
俺は全員が出た後に席を立ち、静かな廊下を歩く。
渡り廊下を通って体育館へ向かう途中、さっきの女生徒と遭遇した。
俺はそのまま素通りしようとしたがあちらが俺に気付き声を掛けてきた。
「おや、また会ったね?いきなりで済まないが、体育館へ案内してくれないか?
道に迷ってしまってね」
「・・・・・」
指であっちと示して、その方向へ向かうと女生徒も後からついてくる。
体育館に向かうまでの間、女生徒はひたすら何か話していたが、気分じゃない俺は何の反応もしなかった。
それでもお構いなしに喋り続ける女生徒。
体育館に着くと女生徒は先に入っていった。
最後に何か言っていたが、ヘッドフォンで聞こえなかった。
大したことは言っていないだろう。
俺も体育館に入り、自分のクラスの奴等が並ぶ列に加わる。
程なくして始業式が始まり、無駄な話が終わってからまたクラスに戻った。
クラスに戻って担任を待っている間も他の奴等は騒いでいた。
ほどなくして担任が来て、転校生がいると言って廊下の方を向いて「入ってこい」と言うと、扉が開き女生徒が入ってきた。
そいつはここまでで既に2回遭遇した奴だった。
一瞬目が合ったが、別段興味もない俺はすぐに目を逸らし、朝と同じように窓の外を眺める。
桜の木の枝に1羽のカラスが止まっていた。
周りをキョロキョロと見回してから飛び立ったカラスは遠くにいた群れと合流し同じ方へ飛んでいった。
その群れを見えなくなるまで追っている頃には、女生徒の自己紹介も終わっていて、最後列に向かってきた。
空いている隣の席に座り俺に挨拶をしてくる。
「まさか同じクラスとはな・・・よろしく頼むぞ?」
「はいはい。ま、俺は何もしないから別の奴に頼めよ」
「つれないな?まあ、いいさ」
それから、担任が明日から授業だから今日は遊びまくれ~、などと適当なことを言ってHRは終わり。
放課となった。
ヘッドフォンを着けてから、ポケットに突っ込んだ手と腰の間に鞄を挟み教室を出て行く。
下駄箱に行き靴を履き替えて家へと向かう。
30分程で住んでいるアパートが見えてきて、後数十歩で玄関に到着すると言うところまで来た時、朝と同じように肩を叩かれた。
後を振り向くと何故か、転校してきた女生徒がいた。
「何やってるんだ?」
ヘッドフォンを外して問うと女生徒は呆れたと言っている風に言った。
「私もこのアパートに住んでいて名な?一緒に帰ろうと思っていたが、君ときたらさっさと教室を出て行ってしまうではないか・・・」
「そうか・・・だが、俺もたった今家に着いた所だからな?残念ながらここでお別れだ。
じゃあな?」
「ん?君の部屋はここなのかい?」
「ああ。別にあんたには関係ないだろうがな」
「いやいや、大いに関係あるとも。私の部屋は隣なのだからね?」
「・・・・・・・は?」
後ろを向くと女生徒は俺から見て左を指さしていた。
その方向には確かに家がある。
だが、近所付き合いなんて物とは程遠い生活を送ってきた俺は隣に誰が住んでいるのかなんて考えたことも無かった。
関わることなんて無いと思っていたからだ・・・。
「いや~、世間は意外と狭い物だね?部屋も隣、席も隣とは。
まあ、改めてよろしく頼むよ?」
そう言って手を差し出して来る女生徒。
俺と女生徒の距離は少し離れている為、握手をするには俺か女生徒のどちらかが近づかなければならないが、向こうから近づいてくる気配は無い。
だが、だからと言って引く気配も無い。
早く家に帰りたい俺は仕方なく近づいてその手を握った。
「はいはい。じゃあな?」
「うむ。また明日、学校でな?」
ひらひらと手を振って鍵を開けて家に入り、靴を脱いで家に上がり、冷蔵庫からボトルのお茶を取り出し3分の1程飲んだ所で、キャップを閉めて冷蔵庫に戻した。
それからブレザーを脱いでベッドに倒れ込む。
「はあ・・・」
ため息を付いて目を閉じるとすぐに眠気が襲ってきた。
腹は減っていたが、作るのも面倒だからそのまま睡魔に身を委ね、俺は眠りに着いた。
世の中に自分が好きな人はどれくらいいるのだろうか?
私はいつもそんなことを考えている。
そして、結局考えても分からないが必ず居るだろうという結論に達する。
要するに私は私が大好きだ。
理由?
そんな物は存在しない。
誰だってそうだろう?
好きなことに対して「何故好きか?」と問われれば、殆どの人が明確な理由を答えられないだろう。
答えられたとしても、結局それは自分にしか分からない理由だ。
私もそうなのだ。
ただ、自分が好きだから好き。
それしか言えない。
私は今、今日から通うことになった高校へと向けて歩を進めている。
次第に校門が見えてきて、周りの生徒達が進んでいくのにも関わらず立ち止まっている生徒がいた。
気になった私は肩を軽く叩き、声を掛けてみた。
「おーい、君?こんな所で何をしているんだい?」
聞くとその生徒は私の方を振り向いた。
髪は黒く寝癖なのか癖毛なのかツンツンしている。
目は私とは対照的な蒼。
背は私よりも頭半分ほど高い
「?おーい?」
もう一度声を掛けると彼はヘッドフォンを外して、
「なんだ?」
と聞いてきた。
「お、やっと外したかい?そうそう、人と話すときはそういう物は外しておかないとね?
これは当たり前のことだよ?」
と私が言うと、
「なんだ?」
もう一度同じことを聞いてきた。
「ん?ああ、そうだった。君はこんな所で何をしていたんだい?
まだ遅刻をするような時間では無いが、ずっとここに居ると遅刻してしまうぞ?」
「今から行こうとしていたらあんたが肩を叩いてきたんだよ」
彼はそれだけ言うと校内へと入っていった。
「それは済まなかったな?」
彼は何も言わずに昇降口へと向かっていった。
私も中に入り、先生に挨拶をするために職員室へと向かった。
「ああ、あんたが今日から転入してくる子?」
「はい」
それから簡単な説明を受けてこれから始業式があり、クラスの人達には後で紹介するから先に体育館に行っていろと言われた。
言われたが・・・
「どう行けばいいのだろうか?」
道が分からなかった。
この学校は結構な大きさがあり、全校生徒の数は1000人を超えるらしい。
確かに登校中に見た生徒だけでも、それなりの数がいた。
それだけの数の生徒を納めるこの学校が体育館の行くだけでも結構な距離があるのは少し考えれば分かるが、そこまでの行き方を私は知らない。
仕方無く職員室を出て勘を頼りに体育館があると思われる方向へと向かう。
暫く進んでいると渡り廊下の所で先ほどの彼と遭遇した。
チャンスと思い私は声を掛けた。
「おや、また会ったね?いきなりで済まないが、体育館へ案内してくれないか?
道に迷ってしまってね」
「・・・・・」
彼は何も言わず指だけで方向を示して、歩いていった。
それから体育館に向かうまで、私はとにかく口を動かし続けた。
さっきまで知らない場所で、誰もいなかった状況というのは私に結構な心理的ダメージを与えていたみたいだ。
彼は何も返してくれなかったが、別にそれでも良かった。
暫く歩くと体育館に到着した。
「ありがとう。助かった」
彼はまたヘッドフォンを着けていたからおそらく聞こえてはいないだろう。
案の定彼は無反応。
私は先に体育館に入った。
中に入って暫くすると始業式が始まり、校長先生や教頭先生の挨拶があり、諸連絡などが終わり、生徒達はそれぞれの教室へと帰っていく。
私はもう一度職員室へと向かった。
「おお、来たか。そんじゃ、行くぞ?」
「はい」
「まあ、緊張する必要は無い・・・気楽に行けばいいさ」
「そうですね。ありがとうございます」
2回へと上がり、教室に着き、先に先生が中に入っていく。
程なくして「入ってこい」と言われ、私は扉を開けて中に入り、ざっと教室を見渡すと、彼がいた。
一瞬目が合って手を振ろうと思ったが、すぐに逸らされたしまった。
自己紹介をしている間も彼はずっと外を見ていた。
自己紹介が終わり、私は先生に言われた席、彼の隣の席に腰掛けてもう一度挨拶をする。
「まさか同じクラスとはな・・・よろしく頼むぞ?」
「はいはい。ま、俺は何もしないから別の奴に頼めよ」
「つれないな?まあ、いいさ」
その後、先生は今日は適当に遊べ~と言って、放課となった。
彼はすぐに席を立ちヘッドフォンを着け、鞄を腕と腰の間に挟み教室を出て行く。
その後を追おうと思い、私も席を立ち教室を出ようとしたが、何故かクラスの人たちから質問攻めにされて、たっぷり10分は身動きが取れなかった。
「すまない!今日は荷物の整理などがあってだな?早く戻らなければならないんだ。
だから通してくれないか?」
そう言うと、なんとか解放してもらえた。
私は急いで彼の向かったであろう方角に進む。
私が来た時彼は私に背を向ける形で立っていた。
だから、私が来た方向と同じだろうと思い、後は勘に任せてひたすら進んでいった。
15~20分くらいだろうか?
途中で少し走り、家に向かって居ると彼を見つけた。
彼はちょうど家に入ろうとしている所だった。
そこは私が住んでいるアパートだった。
何故、今まで気付かなかったのだろうか?
と、今はそんなことを考えている場合ではない。
私は駆け寄り朝と同じように肩を叩いた。
すると彼は、
「何やってるんだ?」
とヘッドフォンを外して聞いてきた。
「私もこのアパートに住んでいて名な?一緒に帰ろうと思っていたが、君ときたらさっさと教室を出て行ってしまうではないか・・・」
「そうか・・・だが、俺もたった今家に着いた所だからな?残念ながらここでお別れだ。
じゃあな?」
私が答えると彼はそんな風に言った。
「ん?君の部屋はここなのかい?」
「ああ。別にあんたには関係ないだろうがな」
「いやいや、大いに関係あるとも。私の部屋は隣なのだからね?」
「・・・・・・・は?」
家に入ろうとしている彼の背中にそう声を掛け、私の部屋を指さす。
振り向いた彼は隣をみてから、たっぷり間を開けて、間の抜けた声を出した。
「いや~、世間は意外と狭い物だね?部屋も隣、席も隣とは。
まあ、改めてよろしく頼むよ?」
私はそう言って手を差し出す。
私と彼の距離はどちらかが近づかないと握手は出来ない距離だ。
少しして、彼は観念したかのように近づいてきて握手をしてくれた。
「はいはい。じゃあな?」
「うむ。また明日、学校でな?」
しかし、すぐに手を離されて彼は後を向き、手をひらひらと振ってそう言い、鍵を開けて中へと入っていった。
パタン、と扉が閉じる音を聞いてから私も隣の部屋の扉に鍵を差し込み、解錠して中に入った。
靴を脱いで、手洗いうがいをし冷蔵庫から昼食の材料を取り出して、チャーハンを作って食べる。
食べ終わったら台所で食器を洗って、制服のブレザーを脱ぎ、リボンを緩めてベッドに腰掛け、なんとなくテレビを点ける。
テレビを見ながら私は今日会ったばかりの彼のことを考えていた。
何故かは分からないが、彼に惹かれる。
単に最初に言葉を交わしたからなのかも知れないが・・・。
とても今日会ったばかりとは思えない何かが、彼にはあった。
「私はそれが知りたい・・・」
生まれて初めて自分以外の人間に興味を持った。
自分が好きだという彼女と、
自分が嫌いだという彼。
俺と彼女は
正反対だからこそ、互いに惹かれあったのかも知れない。
私と彼は




