「運命」
すごい人だかりだ。皆の目線の先は大学から出てすぐにある、交通量が結構多くて危ないと評判の交差点。そこで大型トラックと普通乗用車が出会い頭で事故っていた。
乗用車は右っ腹に思いっきりぶつけられたらしい。車体フレームが軽く「く」の字になっていて、そのまま押し流されたようでタイヤの痕をアスファルトに残し、車体が車道に対して斜めになっていた。
トラックはスピードを緩めなかったのだろうか。さらに悪いことに曲がった乗用車はそのままトラックの下に潜り込むようになっている。運転席付近がすごいひしゃげ方をしていた。
……トラック自体の損傷はその強固なバンパーによって大したことがなさそうと言うのが皮肉なものだ。
僕の視界にちらっと映る。二台が絡み合っている光景のすぐ脇だ。
まさか……
人だかりを掻き分けて車に近寄った。助手席から乗っていた人が引っ張り出されて路上に横たえられていた。何人かの通行人がその人の介抱をしていたが意識は無いようだ。頭を強く打っているようで、頭から血を流している。
そこからスクラップの方に視線を移す。運転手は一目見て救出不可能と分かる状態で、おそらく死亡している。運転手の方に励ます声をかける人もいないから、ほぼ即死だろう。凄惨な現場だ。
開け放たれた助手席の扉の奥に見える、血が滴りだらりと力なく垂れ下がる左腕の時計、そして救出されていた同乗者。
……運転手はおそらく、僕がうっかり殺しかけたアイツだ。
死神の僕はもうすぐ死ぬといっていたが、本当にすぐだった。偶然とはいえ惨い。
……偶然だと思いたい。まさか僕が大鎌を刺し、魂を吸いかけたせいで運命が曲がり、死に近づいたとは考えたくない。
「……ほら、今だろう?」
頭の中で声が響いた。はっと気がついた。授業後もずっと消し忘れて今も右手に大鎌、レクイエムを持っている。しかし狭い車内にこの凶器が入るとは思えない。ボソボソと死神の僕に問いかけた。
「今は無理だよ、レスキューが来て引っ張り出してくれないと……」
「……レクイエムがお前たちの知っている物理法則に従っていると? お前は何を見て、何をしてきた? さあ、やってみろ。そのまま振り下ろして貫けばいい……」
半信半疑だったが、僕はレクイエムを握り、なるべく周囲の人に気取られないよう振りかぶって男に向かって振り下ろす。
グシャグシャにひびの入ったフロントガラス、車のフレーム、そして救出の妨げとなっている巨大なトラック。
すべてすり抜け、レクイエムはかろうじて形を残す男の胸に突き刺さる。
今回は刺さる感触があった。簡単に抜けない。
しばらくその状態を保ち、引き抜くのに抵抗がまったく無くなるまで待った。引き抜いてみると、以前やった時のように白かった刃は金色になっている。そして事故現場から離れて人通りの無いところに急いだ。一連の行動をとった後で忘れないうちにレクイエムを消し、その場を去った。
……
…
食事が喉を通らない。昼食を摂ろうと思ったが全然すすまない。
「裕也、どうしたよ。さっきからずーっとメンチカツばっかりみてよ」
もちろんメンチカツを見てるわけじゃない。焦点もそこにはあっていない。さすがにあんな惨状を目にしてすぐに食べられるほど神経は太くない。
昨日だってその前の日の事を思い出さないようにしてやっと食べる気になったんだ。
「……よかったら食う?」
「お、さんきゅーな。てか、どうした?」
「あ、さては事故現場見てきたんだろ! 俺らも見てきたけど、ありゃすげぇな。めちゃくちゃってあのことだわ。でさ、噂じゃうちの学生なんだろ? 誰なんだろな」
……まさかさっき同じ部屋で授業を受けてたアイツだなんて誰も思っちゃいない。
僕だって後をつけて、YOUの言葉を聞いて、助手席に乗っていた彼女を見なかったら被害者がアイツだとは思いもしない。
……それほどぐしゃぐしゃだった。
YOUというのは死神の僕のことだ。いつまでも死神の僕、と言っていては自分としても何だか気分が悪い。かといってアイツとか死神とかそのままでは、曲がりなりにも生命を救ってくれた恩人に対して失礼。
僕が「裕也」だから、それにちなんで「YOU」と呼ぶことにした。
偶然だけど、丁度いい。お前、あなた、とかそんな感じ。そこまで親近感を持つこともない。恩人とはいえ、もともとは厄介な同居人といったところなんだから。
「……気をつけような。あんな風に人生終わりになっちゃ適わんぜ、ホント。事故ったヤツ、バカだよな」
「ホントホント。あそこ危ないってわかってんだからさ、そんなとこくらい注意してなきゃどこで注意してたんだろな。遅かれ早かれなってただろうよ」
……いや、まったくその通りなんだ。僕も、自分がこんな立場になってなかったら同じことを思って、思ったまま口にしている。だが……
僕は事前にわかるようになってしまった。
どういう状況でそこに至るのかまでわからないが、そうなる事実だけはわかる。
不意に訪れる死。まったく予期せぬ事実。
おそらく、絶望を感じることもできない。
それは一体どれほどのものだろう。
その人自身すら、生きてきたという事を自覚することもなく終わってしまう。
……ものすごく怖い。
YOUと交わしたと言う契約。
こんな怖いことに、これからずっと立ち会っていかなくてはいけないのか……?
「じゃ、ごちそーさん! 行こうか」
高志の声にはっとする。いつの間にか僕の昼食になるはずだったものは全部食べられてしまっていた。彼らもあんな現場を見てきたばかりだと言うのに。ずいぶん健啖なもんだ。