「使い方」
夕食を食べた後また自分の部屋に戻り、さっきのことについていろいろ考えていた。安請け合いではなく、ある程度は深く考え結論をつけた。本心をいえば理由をはっきり聞いたわけではないから断ってしまいたいくらいだ。だが、彼の言う「契約」と、「俺をも救え」という言葉。重要な何かがあるような気がしてならない。
……例えば契約を破ると再び命を落とすことになるだとか、僕がやらないままでいたら死神の僕が消えてしまい、彼の役目をこれから永遠に行っていかなくてはいけないだとか?
そんなことになってはたまらない。僕だってこれから普通の生活を自分の手で行っていこうと思っているのだ。……まあある程度欲はあるけれど。
はやく彼との契約を果たしてしまうべく、自分の責務となったことをしよう。
……
とはいったものの考えるほどに問題点が浮上する。
見つけ方は鏡に映っているかどうか、でよいのだろうが鏡を持ち歩いてそれを見ながら人ごみの中を歩くわけにもいかない。それに上手い方法を見つけたとしても、その人がその時を迎えるまでつきっきりでないといけないのだろうか。
「あり得ないだろ、それ……」
思わずため息混じりにつぶやいた。何だかやる前からうんざりしてしまう。
それに世の中には死に逝く人なんていっぱい、いっぱいいる。当然僕が遭遇しない人も数多くある。そういう人たちはどうなんだろう。そこまでカバーして回れるはずがない。今はまだ辛うじてかまわないが、僕自身の生活は……?
聞きたいことはたんまりとある。
「……。うーん……」
どれだけ強く念じても応答がない。こっちからアプローチできないのだろうか。
「一方的……か。こっちの都合は関係なさそうに出てくるっつーのに」
なんだかずるい。せめてどうしたらいいか、くらいのアドバイスをして消えてくれたら助かったのだが。なんだか頭がもやもやしてきたので気晴らしに外を歩いてくることにした。
外に出てみてふと気がついた。今でこそ人通りはないが、日中人通りがあるときに発見して、しかも目の前で僕のように事故にあってしまった場合、どうすればいいんだ? 僕があの時みたいに大鎌を取り出したら大騒ぎになってしまうはずだ。課題が山積みで困ってしまう。いろいろと検討していかないと……
気晴らしに出たはずなのにまったく逆になってしまった。まったく、めんどうなことになってしまったよ。
次の日、授業が午前中に一つだけあったので大学にいった。電車に乗らなくてはいけない。日中だったので窓が鏡のようになっていなかったのが幸いだった。人がたくさん乗るのだから必然的に見つけてしまう可能性が高い。見つけたら行かなくてはならないのだ。ひとり人知れず祈る。
無事に遭遇することなく大学に到着。ここなら昨日思いついた実験をしても上手くごまかせるはずだ。
「こう手をあわせて……」
階段下の物陰に隠れ、一昨日したように手から大鎌を取り出す。昨日も自分の部屋で一度やってみた。今回も上手く取り出すことが出来た。僕に取り出そうとする意思さえあれば、TPO関係なく取り出せるようだ。
……それにしても見れば見るほどに大きくて危ない。こんなに巨大な刃が付いているというのに重さがないのが不思議でたまらない。
重さがないというのはどう言うことなんだろう。ひょっとして、幽体ってやつ?
昨日そんな考えが湧いた。そんな言葉を口にすること、いい歳した男がしてたらはっきり言って、さむい。だけど今僕がおかれている状況、それはそんなことを簡単にかき消してなおお釣りが来る。
もしこの仮定が真実だとしたら……。
そこで僕はこの鎌を消さず、右手に持ったまま人通りが少ないこの階段下から現れ、教室へと向かった。
この大学は結構学生数が多く、それに伴ってサークル活動とか個人的な趣味とかで一風変わった格好をしていたり、妙な物を持ち歩いたりしている人がちょこちょこといる。そんな構内ならもしもこの大鎌が僕の期待を裏切ってほかの人にも見えてしまう物だとしても、
「サークルの備品ですが、何か?」
の一言で片付けられる。
……かもしれない。そう思ったから、大学を実験の場とした。
セットや小道具と思われるだろうが、こんな大きな凶器を持って歩いているのに、すれ違う人すれ違う人が誰も僕を避けない。見ようともしない。
これはいい反応だ!
思わず左手でガッツポーズ。完全に見えていない、と結論してもいいだろう。昼間に人目のつくところで遭遇したとしてもこれならば問題がない。あとはこれの危険性だが……
ちなみにこの大鎌は重さがないくせに手触りはしっかりと金属的で、そして硬い。先端を触ってみるとチクチクとやはり刃物の触感がする。たとえ一般の人に見えていなくても、当たったりしたら大怪我、というかそれで命を刈り取られる恐れが大だ。さらに見えていないから避けることも出来ない。
「まさか……ねぇ。そういう使い方……?」
とんでもない想像が脳裏をよぎる。が、試してみないと何ともいえない。
持ったまま教室に入ってみた。やはり誰一人として気づいていない。授業が始まった。ある程度教室には人が集まっていたが遅刻してくる者も幾人かいた。大鎌は消さずに肩に担ぐようにして、あえて一番後ろの入り口に近いところに座っているのに、横を通る誰もがこっちを見ない。教壇の上に立つ先生もまったく無視。うむ、見えていない。
この凶器の危険性チェックの実験台に、遅刻して来た中の一人を使うことにした。僕の嫌いな奴だ。喋り方、歩き方、態度、そのどれもがいかにも
「オレ、ロックだろ?」
みたいなよくわからない主張と勘違いからできている。僕に害をなしたことはないが、多分つきあってみても性根からあわない。
都合のいいことに僕の近くに座っている。いくらキライな奴だからと言って、いきなりグサッ! とするわけにもいかず、そーっと鎌を伸ばしていって、そいつの足を上から突っついてみた。
「うぇっ?!」
刃先はあっさりと腿を貫通した。思いっきり血の気が引いた。それ以上声は出さなかったが、口は開いたまま。だが相手は刺さっていることに全然気づいていない。
血も出ず、痛みも無く。
間違いなくこの凶器には、硬くて刃物のような手触りがあった。あっけにとられてしまい呆然としていたら、相手の顔色が少しずつ悪くなっていく。はっと気づき、大鎌を引き抜いた。鎌が刺さっていた跡は革製のパンツにすらまったく残っておらず、白い鎌の刃の先端は少し金色を帯びていた。鎌を抜いてからもそいつは授業が終わるまでなんだか体調が悪そうにしていた。
……
…
「まぁ、偶然ってあるし……」
すぐに結論付けるのは避け、心を落ち着けるためにも自分自身に言い聞かせた。授業後少しだけあとをつけた。彼が彼女と思われる子と歩いて駐車場に向っていく。
「ハルぅ、今日ヤケに顔色わるくなくなくない?」
「つーかよ、授業来るまでは普通? でもよ…… 座ったら急に身体がだるーくなってよ…… 息切れもするんだぜぇ、変だよな。風邪ひいたとかそんなんじゃなさそーだしよ」
「あはは、じゃタバコの吸いすぎ? それかもう若くないんじゃね?」
「バーカ、んなわけねぇだろ。オメーが何か伝染したんだろ? 別れっぞ?」
バッカじゃねーの、と罵る彼女の頭を小突いた。
……
……二人とも僕とは絶対気が合わない。いや、そうじゃなくて。
やはり体調が悪くなったのは僕が刺したせいか。……気がついて早めに抜いて良かった。ヘタをしたら本当に命を刈るところだった。
危なかった、と胸をなでおろした直後。
「その通りだ」
思わずあたりを見渡してしまった。しかしこの声、死神の僕だ。今日は声しか聞こえない。
「お前は今、非常にまずい事をしかけた」
「ああ、なにもないのに殺しかけ……」
「そうではない。もとよりあの者は近いうちに死ぬ。だがまだ魂を吸い取るな」
え? 今何て言った? あいつが死ぬ?
「まだ肉体とリンクして死を予期していない魂は非常に強く肉体に固着しようとする。それを無理に引き剥がそうとするとそのまま魂が変性するのだ。
変性した魂はレクイエムの力が癒す。だが何度も繰り返せばレクイエムが狂う。そしてさらに蓄えた力がそれを修正するために使われ、失われていく。修正するのに十分な力が無い場合はそのまま砕ける。それだけは避けろ」
「レクイエム?」
「そうだ。今お前の手にあるものだ。お前に教えておく。今は死んで間もない者だけ救え。それが一番レクイエムに危険が無い。いくら見つけたからといっても、その場で生きたまま導くな……」
そう言った後はもうなにも話してはこなかった。聞きたかったことはまだあったのだが、向こうから回線を閉じてしまったように何の返答も無かった。
その時だった。
ゴシャン
僕の後ろの方から、そしてちょっと遠くの方からすごい音がした。
何があったんだろう。物見遊山のつもりでその音のした方へ歩みを向けた。