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「予見」




 二人の遺体は病院に搬送、そして第一発見者たる僕は参考人として警察に連行。



 本来降りる駅でない駅で下車し興味本位で男性の後をつけ、こともあろうか奥さんがすでに殺害されていて、男性がまさに殺害された現場に居合わせた。これではどうぞ僕を疑ってください、と言っているようなものだ。

 かなり強い口調で僕を問い詰めるので、精神的に参ってしまう。しかし当然ながら凶器もなにも僕の所持品から現れることもなく、証拠不十分ということで程なくして解放された。父が警察署まで迎えに来ていた。大変だったな、と僕に声をかけ、それからは無言だった。

 確かに本来降りる必要もない駅で下車するという不審な行動をしたには違いないが、現場の第一発見者となってしまった息子が受けたショックは想像以上のもののはず。ならばそれ以上この話題に触れないようにしようという優しさだったのだろう。



……


……辛かった。自分の身に起きたこともそうだが、何よりそんなことについてではない。



 僕が連れて行かれる少し前に、まだ中学生くらいの娘さんが家に戻ってきた。

 誰もが異常とわかる雰囲気に包まれてしまった日常と、想像したこともない事情。


 それを知った時の混乱と呆然に満たされきった姿を、僕は忘れられない。


 




……



 自室に帰ってきた。もう日も変わっている。

 怖かった。今になって恐怖が襲ってくる。現場に居合わせたこともそうだが、何より自分が人の死を予見できるようになっていることに。

 まだ確証を得たわけではない。だがおそらくそうだ。




 鏡に映らない人、それは死期が近い者。




 以前自分もそうだった。だが僕はまだ消えてはいなかった。ぼやけていたり、透けていたりはした。だが生きたいと強く、強く願いあらがったおかげか、瀕死にはなったが一命を取り留めた。昨日の彼が生きたいと願わなかったはずがない。



 あの時聞き取れなかった言葉。それは絶対、生への未練、死への呪い。



 きっと僕の目に完全に映らなくなるまでに至った人は、死を避けられないのだろう。

……おそろしい。どうして、いつからこんなことがわかるようになったのだろう。友達、いや家族にだってこんなことを相談なんかできやしない。それにもしも、友達や家族に鏡に映らない人が現れた時、一体どうしたら……。

 とても頭が痛くなる問題だったが、簡単に答えが出るはずもない。いつしか僕は眠ってしまった。



 次の日、今日は大学の授業も就活もないので朝起きてから一日中部屋に閉じこもっていた。普段部屋にいるときは大抵パソコンを動かし、またパソコンの前に座っているのだが、今日はずっとベッドの上に座っていた。ご飯は要るか、と母に聞かれたが要らない、と答えた。食べる気になれない。


……ずっと考えていた。だけど一度寝て覚めると、あんなに常軌を逸した出来事も嘘のように思えてくる。本当にあったことなのだろうか。


 その時なんとなく自分の部屋の本棚にある漫画やイラストの載った本に目が行った。そして思い出した。昨日僕がどこからともなく取り出した大鎌、当然のように行った行動。どう考えても常識を超越している。だが一つ、一つ心当たりがある話がある。



……


死神……



 大きな鎌を持ち、人の命を刈り取る悪魔。そんなものいるはずがない。そもそも死神だなんて、理由なく命が失われた時にそれを無理に理解しようとするために用いられている抽象的な概念に過ぎない。

……そのはずだ。

 だが、それも今の僕を十分に納得させていない。実際自分が目にしている。いまだに信じられないがあの時の僕は、死神そのものだった。自然と頭を抱えてしまっていた。


「そんな…… そんなわけない……。イメージさ、創造の産物だよ。僕の白昼夢に決まってる……。気が動転しすぎてたんだ。そうさ、そんなはずない!」




……ナゼ ゴマカソウトスル……?



 あの声が響く。僕の奥底から響いてくるような声。……もう一人の僕の声。


「……ワスレタノカ? オマエハ オレナノダ。シニガミの俺ガ オ前のイチ部だっタヨウに、お前は俺の代わりに俺の力が使えるようになった。お前には死者がわかり、お前はその魂を導いた…… それだけのこと」

「なんでそんなことに……」


 響くような声がはっきりとしたものに変わった。それに気づいた僕は顔を上げ、そして息を呑んだ。目の前には黒いロングコートを着た、少しだけ金色の入っている髪をした、以前の僕の姿があった。しかしあの夜見たときのようにはっきりとではなく、うっすらと透けて見える。


「なんでアンタが……」

「この姿か? ……お前が死ななかったからだ。なんだ? 契約を忘れているのか……?

……まあいい。だがお前はこれから死者を見つけるたびにその魂を導かねばならない。たとえいかなる障害があろうともだ。それが死神となった者の使命……。いずれ思い出す。なぜ、そしていつまで人の身でありながら魂を導き続けねばならないのかを。

 それまで救い続けろ。俺をもな……」


 そう言い残し、たしかに死神と名乗った以前の僕は消えていった。



……


 にわかに信じられなかったが、いやでも信じるしかなかった。突然黒髪になった自分。そして以前の僕の髪色になったもう一人の自分。もしこれが、生きたいと願ったがもはや死ぬしかない元の肉体を生かすために、死神の僕と身体を交換したための現象だとしたら……。


……おそらく仮定の話ではない。ほぼ確実だ。


 僕の容態は医師もはっきり言ったように、とても危ないものだったのだ。僕もその話を聞いて思う。

……よく生きていたな、と。

 そんな僕に生きるチャンスを与えるために、瀕死の身体と交換してくれたのだろう。ならば……


……死神をやらなくてはいけない。言われたように。昨日したように魂を導いてやらなくてはいけない。いくら僕だって恩と言うものを知っている。



 ちょっと待てよ。昨日僕がやった時、扉が開いたよな。それは俗に言う霊界、天国といったものへの入り口なのか? それにそこに吸い込まれていった光の粒達…… じゃあ、あれが魂だっていうのか?


 今まで信じていなかったものがどんどん現実に現れてくる。現実が現実離れしてきた。

 何がなんだかわけがわからず、今まで信じていたものが信じられないものになっていくような気もする。


……とりあえずお腹が空いた。自分が感じたことは、信じないことにはどうしようもない。







 父は帰ってきていなかった。母と一緒に食卓につく。母だって気になっているはずなのに、事件のことは一切聞かなかった。その代わり、昨日母がいろいろ感じたことを延々と話している。にこやかに、時に腹を立てたり。



……


 まるで僕を励ますように。




……事故に遭うまではこんな風に食事すること、少なかったよな。勝手な時間に帰ってきて、母が作っておいてくれたご飯を温めなおしてもらって。休みの日なんて、作ってもらっても自分が食べたい時間じゃなかったら食べたくなるまで部屋を出ることすらしなかった。


……それが当たり前だと思っていた。


 間違っていた。


 母の話を聞いて、母とともに笑い、母をなだめ、ゆっくり一緒にご飯を食べた。





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