「小夜曲(セレナーデ)」
ここまでお読みいただきまして、まことにありがとうございます。
お付き合いくださいました皆様に、最後の一話をお届けいたします。
これにて「YOU -the song for death-」は完結となります。最後までお付き合いいただけましたこと、深く深く感謝しております。
それでは、どうぞ……
「ねー、ユッコ〜」
「ん?」
「今週の星占い。ほれ、ユッコ天秤座だったっしょ?」
「どれどれ。……あ〜、またぁ? 私当たったためしないよぉ?」
〜てんびん座のカワイイあなたのラブラブ運勢〜
この夏、気になるアノ人と急接近!
今カレのいるアナタはカレのホントの姿に幻滅しちゃうかも……
そんな時は次の出会いに期待して♪
すこし大胆になると吉ダヨ☆
ラッキーアイテムは水色のスカーフ。肌身離さず持っててね♡
(マドモアゼル・MAMIKO監修)
なにこれ。別れろって言ってるの? 失礼というか、普通に生活してたら当たり前にありそうなことじゃない?
……そりゃ、私には一行目しか関係ないけど。あ、「てんびん座の〜」って件じゃないよ。それ自分で言ったらヤなやつだよね。気になる人……かぁ。今のところはな〜。でも自分ダメなんだよねそういうの……。好きだったセンパイに声をかけることもできなかったし……。最後は露骨に避けられてたような気すらしました。何かしたっけ?
「寂しいヤツめ」
「うるさいよっ」
女子高生となってもう二年過ぎ去って、今じゃ受験前の夏休みを目前に控えてます。私だって普通に恋愛だってしたかったさ。でもでもセンパイみたいにいつの間にか避けられちゃったり、折角声をかけてくれた男子も気がついたらそのことは無かったことに、って言い出したりして……。結局私は3年間ひとりぼっちで生きていくことになったようです。
さようなら、花のじょしこーせー時代。
……私ってそんなにモテない女なのかなぁ。正直ヘコみます。
「ったくユッコは。アンタ、ガード固いんだってばさ。もっと力抜きなよ」
「いつもノーガードですけど何か?」
「伝説のヘビー級チャンピオンね!」
「なにそれ?」
まったく。同じクラスのしーちゃんは同年代の私たちじゃよくわからない知識をいっぱい持っている。彼女のお兄さんの影響だって言ってたっけ。トリビア、って言うの? しーちゃんのそう言う枝葉の情報に対するもの覚えのよさといったら! 学校のテストは私よりも全然できないんだけど。はっきり言ってどうしてその特技が勉学に向けられないんでしょう。
「うるさいよっ」
「何か言ったっけ?!」
うう、鋭いなぁ。口をへの字に結んでしーちゃんを見てただけのはずなのに……。いつもユッコは顔に出るから気をつけなって友達が口を揃えて言うんだけど、そこまでかなぁ。
「な、なあ、大伴……」
あー、私ってきっとポーカーとか下手なんだろうな。やったことないんだけどね。何故なら大貧民じゃいつもカード運がないから負けっぱなしだし、ババ抜きだって大抵最後まで残ってるようなゲームオンチだから。
「お、大伴…… ちょっと?」
カードの運って大事だよね。どれだけ考えたって、初めに配られたのが悪かったら逆転するには自分だけの奇跡じゃできないもん。この前友達五人でやった時3と4が3枚ずつ来て、一番強かったのが9っていう笑っちゃう状況に陥ったもんね。勝てるわけないよ。
「大伴さーん……? おおと うぐ」
そして貧民(大は何とか逃れてた)だった私はその一番強かった9を富豪さんに譲渡し、富豪さんの最弱カードを施されました。それがジャックだった時、悟りました。ああそうか、これが貧富の差なんだな、って。持てる者は持つ。厳しい現実。
(遠くの方で)「あ、いや、べ別にそんなんじゃ」
どうしたらいいのかなぁ。大貧民でのし上がるには……
「……ッコ、ユッコ!」
「ん、あ、はい!」
「もー、そんなんだからだっつーのに」
「え、何が?」
「そうやって肝心な時にぼーっとしてるから……」
「だから勝てないの?」
「人生負け続けよ」
「ぽ、ポーカーおそるべし……」
「え? アンタ今どこのおとぎの国に住んでるの?! 帰ってきなさい!」
何だ何だ? お互い全然会話が噛み合ってないぞ。しーちゃんも私も別々に考え事してたから仕方ないといえば仕方ないけど。
ところでしーちゃんの本名は椎名詩と言う。「椎名」の「しー」なのか、「うた」と読むが名前の「詩」が由来の「しー」なのか。どっちなんだろう。
ところで明日から夏休みなのだ。と言うことはもう補講の時くらいしか学校にこないということだ。椅子よ、机よ、世話になった。しばらくお別れだ。部活に入ってるしーちゃんももう引退すると言っていたから、今年は去年みたいに突然呼ばれると言うこともないだろう。
しーちゃんからの呼び出し、急だったなぁ。次の舞台に使う衣装が完成したから試着してくれ〜、今すぐ! だって。予定があったらどうしたんだろう。それは置いといて、着せてもらった衣装ってばすごくよく出来てて、着てみて鏡の前に立った私もびっくり。鏡の中の自分に求婚しちゃいましたよ? ええ、もちろん演劇部の前だからそう言うのを期待してたんじゃないかな、と思ったからやったんだけど。
アレを作ったのが男の子だって言うんだから。センスいいよね。そう言えば有名ブランドの女性向けの衣装を手がけるデザイナーにも男の人がかなり居るっていうから、不思議じゃないのかも。それにしても私にぴったりのサイズだったな。誰が着たんだろう。アレを使う舞台を見に行ってないからわかんないままだ。
思い返してみると、その衣装を作ってくれた男の子とは夏休み明けてからもしーちゃんを介してよく話してたりしたんだけど、別のクラスだったってのもあって、いつの間にか話さなくなっちゃったな。何か残念。今後有名なデザイナーになった時自慢できそうだったのになぁ、なんてちょっとヨコシマなことを思ってみたりして。あははははは。
ぼーっと思い出していた時後ろから声をかけられた。肩をぽんぽんと叩かれるまで気付かなかったけど、何度か声をかけられていたらしい。
「優奈さん、今日ちょっと話があるから待っててもらっていいかな?」
「あれ、委員長どうしたの? 話?」
「うん、話。そこまで大したことじゃないんだけど、ごめんね。それじゃよろしく」
マジメだなぁ、この人。マジメは重要なことだよ、人間として。
(遠くの方で)「え、話って、いや別にそんな…… か、肩くらい叩くじゃないか、全然反応しな ちょ、ちょっとま」
「あ、で委員長。何時に……ってあれ?」
居なくなってる。忙しい人だなぁ。よく先生に頼まれ事されてるくらいだし、きっと今のもその合間だったんでしょう。マジメで信頼されて。うんうん、働く男性だね。アンタ出世するよ。
(端っこの方で)「……イインチョ、優奈さんって言ったぜ?」
「ああ…… 言ったな。誰にでも苗字で呼んでたのにな」
「ありゃ、連れて行かれたな」
「ザマーミロ」
「……でも大伴、全然気付いてない」
「ありゃオチねぇわ。危ねぇから触んない方がいいな」
「それにしても、どこでアンテナ張ってんだろ、大伴FCのヤツら……」
夏休み前に委員長の話、かぁ。
……
…
愛の告白か?!
ってないない。あの人マジメだもん。ぼーっとしてる私は叱られてばかりだから。多分補講の日の当番とかの確認と、釘刺しなんだろうな。
「ユッコ〜、帰ろー」
「おうさ、待ってて〜」
「そうそう、近くに出来た新しいドーナッツ屋、寄ってこうよ! アメリケンで有名らしいよ!」
「え、ドーナッツ屋さんなんてできたんだ! マジでか!」
「ドーナッツ好きのくせにどーしてそう言う情報おそいかなー」
とりとめもない、どうでもいい会話。平和だね。これから受験戦争に突入していくんだから平和を味わっておかないと。平和じゃなくてもドーナッツくらい食べてるけどね。あー、思い起こすだけでもうたまらない。学校近くのミセス・ドーナッツには本当によくお世話になってます。独特の歯ごたえ、もちもちのポンポン・リングや、サックリとした食感にたっぷりチョコを纏わせたショコラドレッサー、口の中で爽やかにしゅわっと溶け広がるハニーコート……。うーん、たまりません! 慣れ親しんだ味に後ろ髪を引かれますが、聞いた以上今日は行くしかあるまい! 新たなる出会いに胸を膨らませ、いざ出陣!
あ、そういや委員長の話が……
あ、でもしーちゃんがどんどん先に行っちゃう。
待って〜、せめて委員長にメモを残していかないと……
……
…
夢……
すごく懐かしくて、温かかった。
私は、もう戻れないんだった。その事を忘れさせてくれるほどに。
……覚めたくなかった。自然と頬がぬれる。
私はもう戻れない。
お姉ちゃん…… いや、あの女に殺されて。
すごく痛くて、苦しくて、だけどそれもわからないくらいにされて。
パパも、ママも、私に気付くことがない。あんなに私を愛してくれていたのに。
私を拒絶するこの世界から離れたくてたまらないのに、向こうに行くことも出来ない。
……害なんだという。私の存在が。
そんな私を救ってあげると、彼は言った。初めは全く信じなかった。あんな巨大な鎌で私を傷つけようとしたんだから、当たり前だ。
でも半年以上、彼の傍でずっと観てきた。
彼はマジメで、一生懸命で、ずっと悩みながらも戦ってきた。
彼が投げ出しそうになることも何度も見てきた。
……だけど、決してその鎌を手放すことをしなかった。
もう二度と信じるものか
この姿に生まれた時、最も強く私を支配した憎しみという感情。いつの間にか薄らいでいる。
……この人なら、信じてもいいの?
その感情が戻ってきた時、私に変化が現れた。
夢を見るようになったのだ。
孤独の中で私が眠りについていた時も、彼に憑いてきた最初の頃も、夢を見ることなんて一切なかった。まるで酷い疲労に負けて泥のように眠ってしまったかのように。生きていた頃にたびたび見ていた悪夢ですら懐かしく思う程に、寝ても覚めても私が居たのは闇の中だった。だけど今では夢を見る。
……安らいでいるのだろうか。
……好きになったんだろう。
きっとこれが、好きという気持ちなんだろう。
だけどその気持ちに気付いてから、私の力がどんどん弱くなっていくのを感じる。もともとこんな力なんて要らないんだ。あの女と、それを取り巻く塵を無様に葬ることができただけで満足している。だけど、今は怖い。
まだ彼をサポートするための力は十分にある。だけど彼を支えることができないくらい力が弱くなった時は、私は彼にとっても必要ではなくなる。
……この世界に居るための、残された最後の理由がなくなる。
それが一番怖い。
私は彼に、好きだ、と言ってはいけない。
彼は私を導くために、ただそれだけのために必死になっている。
彼の背中が、私にずっと語りかけていた。
……僕を信じて。他の何をも信じられなかったとしても、僕は絶対裏切らない。
決して口にしないあなたの言葉、何よりもやさしく響いています。
ずっと前から気付いています。
あなたになら、私はもう一度殺されてもいい。
だけど、それが一番怖いんです。
いつか来る、来なくてはいけないその日を待つのが……
私の眼下で、自分の部屋のベッドの上で平和な寝顔を見せている。
あなたは気付いていますか?
……いいえ、気付かれてはいけない。
私は最期まで、この想いを胸にしまい続けていく。
笑顔のままで、私を見送ってもらうために……
お読みいただきまして、ありがとうございました。
全編通して皆様の心に何か響く物がありましたら幸いです。
それでは皆様のもとにこれからも素晴らしい物語の世界が開かれますように。
れいちぇる〆