「購入特典」
「おーし、初回限定版で全巻ゲット! 探せばあるもんだね」
相手の気合いと思わぬ出費とに振り回された男は、ハンドルを持ちながら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。一方の相方は非常に満足そうな顔をしていて、嬉々として開封していく。その様子を見ていた男は、今回の事は大目に見よう、と半ば諦めたように笑みを浮かべてアクセルを踏んだ。
「あ、何コレ。ブックレットついてる」
裏設定&反省会
「ほう、ナイスおまけ。さすがは限定版。探しただけありました! どれ、見てしんぜよう」
「車酔いするよ」
……
どうも。れいちぇるです。「YOU -the song for death-」、お楽しみいただけたでしょうか。本編終わったのにのびのびとおまけを続けるという邪道っぷり、大目に見ていただけると幸いです。今回はネタバレを多分に含みますので、こちらをお読みになるのは本編をご覧の方を推奨いたします。
あ! 別に本編見ないからいいよ、とか言わないで!
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『お読みいただきまして、まことにありがとうございます。ここからは本編からはちょっと離れて、登場人物の皆皆さん達の設定なんかをお話していきましょう。本編の中で語られることのなかった人物像が、今まさに浮き彫りに(笑)!
みなさまお忘れになっていませんか? 裕也君はハーフです。日本人のおとーさんとアメリケンなおかーさんの間に生まれた結構イケメンなニートさんです。大学を卒業てしまったので立派にニート予備軍からニートに昇格です。ん? 昇格か? それに就労意欲はあるので厳密にはニートじゃなくて、単に無職ですかね。
おとーさんは出版社に勤めていて、おかーさんは専業主婦。おとーさんは現在部長を勤めて多忙な日々を送っています。多忙なのは今に始まったわけではなくて、裕也君が子供の頃から家に帰ってこれない日もたくさんありました。半分母子家庭です。裕也君が入院していたときもお見舞いにもなかなか行けなく、あたかも冷たいオヤジさんみたいな印象を与えがちでしたがそんなことはありません。おとーさんはいつも子供の心配をしているものですよ。
おかーさんは向こうで大学を卒業してから、日本の文化を勉強するために日本にやってきました。何時の間にやら永住。日本語ぺらっぺらです。その気になれば近所の八百屋さんに行ってそこのおばちゃんたちが繰り広げだす井戸端会議の議事進行役を立派に勤めることができるほどのバイリンガルさんです。何という違和感。
おかーさんは日本各地を転々として、様々な文化と直接触れ合っていました。陶器造りを勉強しようと、収入を得がてらとある工場で働いていた時、「パツキンの美人なおねーさん(すぺしゃる死語)が奇妙奇天烈なことに陶器を作っている」と話題になってカケダシの記者だったおとーさんが偶然取材に来たところで二人は出会い、ロマンスが始まりました(死語)。
マジメで勉強する熱意のある二人から生まれた裕也少年はそれはそれはアタマがよく、子供の頃から天才と称されていました。のですが、おとーさんのお仕事柄パソコンがお家におかれて古来よりネット環境が整っておりました。故、ネットの波に乗るのは必然。そしたらこうなりました……。子供は子供らしくお外で遊ぼうね』
やっぱり似てるじゃん、と助手席の人間が呟いた。何? と運転席の人間が聞き返す。左手でブックレットが滑り落ちないように支えて右手で隣を指差す。
「リアル三岳家、はっけーん」
「なんだそりゃ」
男の方は主人公の苗字を覚えていなかったようだ。
『ゆーちゃんこと大伴優奈ちゃんは、通ってた高校に非公認でファンクラブがありました。かわいいもん。アタマも良かったんですよ。理系なコでした。……過去形で書かないといけないのが本当に可哀想です。
ゴキブリだけでなく虫全般が大っ嫌い。小さな頃に近所の友達が捕まえたバッタを見ていた時に、そのバッタがぴょんと突然ゆーちゃんに向かって飛んできました。そりゃま、ビックリするわけですけど、さらに運の悪いことにそいつはそのままゆーちゃん(幼児)の服の中へダイブ。もぞもぞと動く感触に大泣き。たまにぴょんぴょん跳ねるし。以来足がたくさんある生き物は怖くってしょうがなくなってしまいました。理由がかわいいのう。
あんまり目立つ行動をしてこなかった子だったのですが、非常に優しく穏やか。かといって自分の殻にこもることもなく明るく開けた性格。こうなると妬まれがちで、同性の敵が多そうです。が、結構な天然でなんか絶妙に抜けてて、誰から見ても「まったくもー」ってな感じ。面倒みてあげてもいいか、と本人が意図せず思わせてきた子でした。実際いろいろ面倒を見られてきました。男勢には当然、女の子達にも人気者。
……本当にいい子だったんです』
「ゆーちゃん萌えス萌えス」
「帰ってきなさい」
『にっくきお姉ちゃんは「澤原美央」と申します25歳の、街中を歩けば誰もが振り向く美人さん。本当の姉妹じゃないのよ? ノクターンに憑かれたせいでこんなことになってしまいました。ノクターンが憑いたのは3年前。レクイエムとは異なり宿主を選考せず、少しでも自分の力を扱えるのであれば無作為に肉体を乗っ取ることを繰り返していました。飽きれば肉体を捨て、また乗っ取る。
美央さんは裕也君クラスに死神の力の器に適していたためにノクターンに気に入られ、次第に悪意に精神を冒され、大好きだったゆーちゃんを殺める結末を迎えてしまった。この人も本当に可哀想な人だったんです。嫌ってあげないでください。本当はすごーくやさしい人なんです。そうじゃないと子供は普通懐きません。
してしまったことには善はありません。罪は背負うべき。それがゆーちゃんによってもたらされた自身の死となったのですが、ゆーちゃんが真実を知ったのなら、きっと許してくれたと思います。
だけどその罪を背負って生きていく。幸福はきっと許されない。一体どちらの方が苦しいんでしょう。彼女の存在はわたしにとって本当に死ぬまで答えの出ないテーマである気がします』
「……深い」
『ノクターンは悪ですよ! 絶対悪! わたしのゆーちゃんを…… って、はっ!』
「ゆーちゃんはわたしの嫁ですが何か?」
「もうインターネットの掲示板みるの止めようよ」
『そしてYOUことレクイエム。そのスペックは!
シェイド感知可能範囲は半径10km(広すぎ)。奥義は「光の槍」。災害とか戦争とかで無数の死者が出た時、非業の者達がスウォームとなることを防ぐべく使用します(第十章 「陽だまりに溶けて」より)。
……力の強い死神って、貴様のことか! さすが伝説。
非常に強力なのですが、ぶっちゃけ範囲が広すぎる上に業の力を使い過ぎて使えません。みんな巻き込まれちゃうし、見合った数の死者がなければ業の採算が合わなくなって自身が衰え、最悪砕けてしまう。強すぎるって、不便なものですね。
いやー、誰も想像できません。してやったりです。そんな伝承上の存在がまさかコックローチと戦うために全力を出すなんて。まさに獅子、王者の貫禄。
今は裕也に憑いているので性別は男。本当ならば死神に性別はありません。特に長い年月在り続けた彼は性別などを超越しています。そんな彼はお話の中でも少しだけ触れましたが、中世ヨーロッパに初めて現れました。フランス革命に百年戦争も経験してます。歴史の生き証人。ペストや天然痘のように当時予防も治療法もない疫病が蔓延し、加えてたびたび起こる騒乱。ヨーロッパだけでも死神達は大忙し。第一次世界大戦なんてたまったもんじゃなかったでしょうね。
その中でも最も多くの魂を導き、シェイドを救い続けてきたのがレクイエム。その姿は死神の代名詞である大鎌。ですがホントは一人一人得物が違います。レクイエムははっきり言って異色なんです。と、言うかノクターンのように刀剣の類のものが多くを占めます。最近の死神の中には銃器を力として持つ者もいるそうですが……。なのに伝説に出てくる死神は大鎌を標準装備。
目立っちゃったんですね、お仕事の最中に(爆笑)
最強の死神レクイエムも結構迂闊。他人任せ(放任主義?)だし。空気読めないし。
英雄なんて、実はそんなものなのかなぁ。
裕也君じゃないけど、「わかったぞ」じゃないよ!』
「頭良い人って考えてることって、いっつも凡人とは別次元なんだよねー……」
「ん? 何で僕を見てるの?」
「え? 自意識過剰すぎません?」
「な!?」
『では次にこの YOU -the song for death- を鮮やかに彩ってくれましたシェイドの分類をしてみましょう。
ヒューザー(融合種):自身と他の物が融合し、ひとつの怪異として存在する者。…第三章の男の子
ハンドラー(支配種):領域の中にある物(生物、無生物問わず)を侵食する者。…第七章の廃屋敷の少女
ヴァリアント(変異種):自身の姿が変化し、特殊な能力を振るう者。…第八章の男性、第九章の男女(巨大魚が男性、小型魚が女性)、第十章の炎に包まれた人
スウォーム(統合種):多数の魂の集合体。第十章の子供達
ハウント(追従種):人あるいは物に憑き、それを自身の領域とする者。憑依したモノとともに移動可能。…第七章の廃屋敷の人形
ブレイズ(禍神):自然現象を従える希少種。祟りそのもの。…優奈
今のところ劇中に出てきたのはこの六種です。群を抜いてブレイズ、次いでスウォームが強いです。基本的に目覚めてから経過した時間が経っているほど狡猾で、強力になります。中には例外的に目覚めた当初から強力な者もいるので、注意が必要です』
「まだまだたくさんありそうだねー、血が騒ぐわー」
「暴れないでねー。急に変異できるようにならないでねー」
「私は一人で軍隊よ!」
「いや、知ってるけど……。なにそのアメコミヒーローみたいなキャッチコピー」
『その強力な霊障であるシェイドと対抗するために、魂の循環を司る死神の力は武器として現れます。その死神の力は一つ一つが異なる能力を有し、シェイドを抑え浄化し、「はじまりのもと」へと還します。霊的存在であり、車体のフレームをすり抜け、コンクリート壁に遮られる事なくその奥の対象を導く事ができるその死神の力。みなさま、不思議に思われませんでしたか? 第七章で裕也君がレクイエムで襖を開けました。第十章では生身を傷つけました。
第七章での廃屋敷の主はハンドラーで、その領域は特殊でした。生前、病のため盲目となった少女は屋敷の中を自由に動くことができなくなって、部屋の中(囲まれた空間)だけが彼女が生活できる空間でした。それはシェイドになってからも引き継がれ、各部屋が独立した領域となっています。それを形成する隔壁たる襖は主の侵食を色濃く受けていて、レクイエムによって干渉を受ける、つまり切り裂かれたり、押し開かれたりする事ができるようになっていたというわけです。
……え? 領域の中なのにテーブルは素通りしてたじゃないかって? 鋭い! 実はあの土間の一角はあの主の領域には含まれていなかったんです。もともと使用人達の使っていた空間で、襖や扉によって囲まれている場所ではなく、盲目のあの少女がいられるである「囲まれた空間」ではありませんでした。屋敷と言う大きな括りでは領域の中でしたが、彼女の動くことができる領域ではなかったために、干渉されていません。それのため、あそこにあった物はレクイエムが干渉できない物になっているのです。
本編最大の疑問としてぶつけられそうなポイント……。それは第十章の裕也君とノクターンの殺し合いでしょう。どうしてほとんどの物理法則を無視し、物質的な干渉のない死神の力であるノクターンとレクイエムがお互いの肉を傷つけられたのか。
実は単純な理屈です。裕也君がレクイエムを引き抜いた、最初からその答えがありました。
死神の肉体はそれぞれの力を「持つ」ことが出来ます。つまり物理的常識が通じない死神の力に物理的に触れるわけです。なんという矛盾。実はこれが器の条件なのです。死神同士の争いは通常起こり得ないので、当の本人達もぶつかってみて初めて納得です。
直感では「傷つけることが可能」なことを知っていたようですけど』
「なーる。実は考えられてたんだ」
失礼な!!!
『そして最後の最後に明かされた、謎の裕也君の力。もともとただの人間の彼ですが、何の因果か同じ波長のレクイエムを手にしたがために死神と似て非なる力を得てしまいました。
魂なんて目に見えるわけでもないし、人間がそれを使って何かするなんてまずありえないわけですから、YOUからしてみても裕也君に与えてしまった力は「やっちまったぜ」的なイレギュラーです。どんな人間でも自分と同じ波長の死神の力に出会い、それを己の魂と同化させられたら裕也君と同じことになるはず……なのですが、どんだけ天文学的な確率だよ、おい。
死神の器として選ばれ、突発的な死のためにそれを受け入れられず自身の肉体に留まってしまいそうな状況に陥り、死神の手によって導かれる段でそれがうまくいかない事が発覚し、律を曲げてまで死神にされる。うん、次の事例はない(笑)。
「レクイエム」が終わりであり始まりの御使いであるなら、彼の力は始まりにして終わり。言うなれば「プレリュード」?
でもやっぱり本当は死神じゃないのでせっかくオリジナル技の「闇の矛」(命名: YOU)でノクターンを撃破しても業を回収できなくて真っ白け。こいつぁダメだ。それにしても魂を還さずに消し去ってしまう、なんて非常に危険な代物です。でも本当に成長した裕也君はそんな力を二度と使うことはないでしょう。
……と、主要なキャラ、設定、疑問点の補足はこのくらいにしましょうか』
赤信号のため、キッ、と停車する。ブックレットに目を落としていた女性が顔を上げた。
「2、つくれそうじゃん」
勘弁してください。