「観終わって」
ここから先はオマケもオマケ。
YOU本編と直接つながりのない反省会。そんな感じの1コマです
「ふー」
長い髪をした人間がため息をつく。その髪色は金色だった。
「どうしたの?」
「や、感慨にふけってて」
「ふむ。で、スタッフロールは飛ばさないんだ」
「そこを飛ばしちゃダメでしょ!!」
背後から声をかけた背の高い男性の方へ、ずびし! と人差し指を向ける。男性は絶対譲らないこだわりを見せつけた相手に対して苦笑い。なぜか得意気な女性はまたテレビの画面の方へ向き直った。
「……で、何飲む?」
「コーラをくださいな」
「またしてもハイカロリーな……。太るよ? 前までと違うんだから」
だーいじょうぶだいじょうぶ、とけらけらと笑いながらテーブルの上のポテトチップスに手を伸ばす。左腕は座椅子の肘掛に預けたままだ。ぱりぱり、と小気味のよい音を立てながら食し、その指についた塩をなめとっていたところに氷の入ったグラスを持って男性が戻ってきた。テーブルに置いたグラスにトクトクと濃い褐色の液体を注いでいく。グラスの氷に触れたところからふくよかに泡が生まれ出し、耳を澄ませば聞こえてくる細やかに弾ける音が爽やかに広がった。
「どーも」
「いえいえ。ところでずいぶん長い話だったね。6枚組みを一気に見てるし……。どうしてこれ借りてきたんだい?」
「ンっく、ンっく……、くーっ! 染みるー!」
「来音さーん?」
「あ、はい。なになに?」
「これを借りてきた理由を述べよ」
「なんか重たーい感じだったため」
「来音の好みが相変わらずつかめないんだけど」
「そんな…… もう少しで15年にもなるのに? 宗久にとって私はその程度の女なのね……」
しくしくと泣く真似をして見せる女を半分無視して、男はテーブルに置かれているポテトチップスに手を伸ばした。
「ちょっと! 何で無視なの?!」
「昔からその程度でへこむ子じゃないでしょが」
「ええ、まあそうなんですが。でも相手してよ! 寂しいじゃん!」
そう抗議する様子に微笑みながらポテトチップスを一枚手にとって、そのまま女の口の前に差し出した。すぐに大人しくなり、ぱりぱりと音を立ててそれを胃袋の中に収めていく。その姿を見て男が一言。
「雑食なのはいいことです」
「せめて好き嫌いがない、と言って欲しかったのは気のせいではないと思います」
女性にポテトチップスを食べさせた後でその隣の座椅子に座った。左手で彼女の頭を撫でると、しょんぼりとしていた女性もすぐに上機嫌になったようで、揚々と続きを語り出した。
「あとね、これ『青』書いてた人が原作者なんだよね」
「『青』? ああ、あの本。このDVDの原作持ってなかったの? ずいぶんお気に召してたみたいなのに」
「出てるの知ってたけど、後回しにしてたらいつの間にか……」
大層悔しそうにうなだれる。しばらく間が開く。男性も何も言わない。うなだれていた女性が、眼鏡の奥からちらっと甘えるように緑の瞳を男性に向けた。
「……宗久、買ってきて」
「自分で行きなさい」
「身重なのに~」
「嘘?!」
「うん、ウソ」
……
エンドロールもすべて終わり、再生メニュー画面に戻っていた。ヒトダマ型のアイコンがゆらゆらと先頭の見出しの上を飛んでいる。女性がおもむろにリモコンを手に取り操作すると、選択された見出しの方へヒトダマがゆらゆらと揺れながら付いてきた。ひとつの見出しのところで決定ボタンを押すと、真紅の刃を持つ黄金の柄をした鎌が現れ、その見出しをX字に切り裂く。直後に再生メニュー画面の映像がばらばらに砕け散り、その項目部分の再生が始まった。
「泣けたなー。もうぼろっぼろ。ゆーちゃんかわいそ過ぎ。作者は訴訟を起こされても仕方ないレベル」
「主人公ダメ人間だったのに好きになっちゃうしね。最後はかなりの漢気を見せたけど」
「裕也君って宗久に似てたよね」
「なっ、ダメ人間ってこと?! あー、最終的にやる時はやるってことね」
「違う違う。オレって言わないとこ」
そこか、と若干呆れたように笑う。
「それと、ヒッキーなとこ?」
違うって、と口にする代わりに頭に手刀を振り下ろす。
「痛っ! ひどっ! 大事な奥さんに何を!」
「僕は仕事で外に出れないわけで。ニートとは違います。それに来音こそヒッキーだったでしょが」
あれはこころの病気だったんです! と猛烈な抗議を受けたが、左耳を人差し指で塞いでやり過ごした。嵐のような抗議を続ける中、男がその耳を塞ぐ力が十分に強くなっていることを確認するとぷいっと横を向いて口を尖らせて、ぼそっと呟く。
「……かっこよかったしね」
はいはい。耳を塞いでいた男の方には聞こえていないようだった。
再びメニュー画面に戻って、操作していく。選ばれた項目が切り裂かれ、砕け散った次の画面には、霧をまとった巨大な猿と透き通った鎧に身を包む少女が、市街地を舞台に激戦を繰り広げる光景が続いた。
「バトル、熱かったな~」
「何だかんだ言って戦闘シーン好きだよね」
「血沸き肉躍るってやつ!」
何も知らない者から見たらか弱い女の子にしか見えないクセに、根っからの戦士の発言をする。拳を握りぶんぶんと子供のように振り回している。
全盛期の来音なら出てきた化け物全部に勝てそうだ。
そう思っても決して口にしない、物分りのいい男がそれを見守る。
「ゆーちゃん強かったのに……。何であんな風に! 何で負けちゃったんだ!」
「そうしないと盛り上がらな」
悔しそうに自分の膝を叩いていた拳を、都合よく右側に座っていた男の鳩尾に向ける。ぐはぁっ! とマジっぽい声が上がった。
「そんなスーパードライなこと言わない!
……そうか、水だ! 水が足りなかったんだ! もし水を自由にできるところだったら負けてない! 裕也君もペットボトルじゃなくてドラム缶背負って歩きなさい!」
むちゃくちゃなことを言う彼女の隣で、浅い呼吸をしながら自分の迂闊さを悔やみ、もう二度と彼女の右側には座るまいと決意していた。
男が苦痛に耐えている横でまたリモコンを操作してお気に入りの場面を振り返っていった。ある場面では自分の服の裾を掴み、ある場面では身を乗り出し、またある場面では座椅子の背もたれに深く身を預けて涙を流しながら。病室のベッドの上で咽び泣いていた主人公の青年が、再び空を見上げて笑顔を向けた時には一緒になって爽やかな笑顔を見せていた。
「……で、総評ですが」
「はい」
リモコンの停止ボタンを押して姿勢を正し、熱心に観賞していた間ずっと閉じていた口を開いた。苦悶から解放された男は彼女の隣には座らず、正面に正座していた。彼女はなぜかとても偉そうに右手を顎に寄せ、難しそうに目を閉じている。
一つ大きく息を吸い、かっ! と目を開いて大きな声を上げた。
「たいへん気に入りました!」
「左様で」
「人が無意味に死にまくり、なぜ車のフレームも素通りできるレクイエムで襖を開けたり、生身を傷つけることができたりしたのか不思議でたまりませんが、そんなこと全部忘れさせてオッケーと思わせてくれるだけのドラマがあったと思います!」
「べたぼれですね」
「あなたにほどではないですが……」
はいはい、ごちそうさまです。レクイエムの不思議…… まあ、ね。またあとでね。
「なので、是非これを我が家に一式、置いてはいただけないでしょうか!」
「つまりは買えと」
「できれば原作とともに……」
「はいはい、いいですよ」
「はい、は一回!」
「はい。それじゃ、返しに行く時探してみようか」
「わーい。ありがと、宗久!」
何で怒られたんだろう。釈然としないがテンションの上がった彼女にしたらいつものことだ、と彼は自分に言い聞かせた。
一人は膝に両手をついて立ち上がり、出しっぱなしになっていたコップや皿を片付け始めた。もう一人は膝立ちになってゆっくりテレビの方へ進む。右手を伸ばしてデッキのトレイ開閉ボタンを押し、中に入っていたディスクを取り出した。左腕が不自由なようでだらんと垂れているが、当の本人はさして気にしていないようだった。ディスクを持ったままの右手で器用に容器を開けてディスクを収めた。
カチッと確実にケースを閉じ、一言呟いた。
「2、出ないかな」
むりです