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「わたしはそばにいないけれど」




「あー…… 暑い……」


 溶ける、溶けてしまう。梅雨が明け、夏真っ盛りだ。スーツ姿で職探し。今年は結構手ごたえがある感じだ。まだ返事が来る時期には早いからあくまで僕の勘。アルバイトもしている。二年前までみたいにだらだらしていないから結構続けられそうだ。

……変わったなぁ、自分。両親も僕を見る目が変わっている気がする。どことなく安心したような目だ。だけどこれが普通なんだよな、世間一般では。


 そう。僕は生きている。どれだけ寝ていたのかわからない。死神と戦った場所で目が覚めた。だけど動くこともままならず、身体を引きずり、何度も倒れ、開けていそうな方に向かって歩いていった。結局人の気配のするところにはたどり着けなくて、また倒れて気を失った。



 二度目に気がついたとき、やはりまた病院だった。親切な人が通報してくれたらしい。発見された時もひどい状態でやっぱり虫の息だったそうだ。この病院は僕が聞いたことのない病院で、僕の住んでいるところからかなり離れたところにあった。無意識に力を使ってしまったからだろうが、一体どこに移動しているんだ。身分を証明するものが見つからないと言われた。家族に連絡をつけたいから電話番号などを教えてほしいと言われた。


 そんな……。なくしたのか盗られたのかわからないがショックだ。クレジットカードは入っていなかったと思うけど、あの財布は気に入ってたのに……。ケータイもなくなっている。マズイぞ。そんなどうでもいい事が頭を巡っていた。ベッドに横になっていると、もっと大切なことを思い出した。


「……優奈」


 ずきずき痛むが身体を起こして、見渡せる限りを見た。彼女の声も、姿もない。

 僕の荷物はすべて病室におかれていた。いつも腰につけていたペットボトルホルダーもちゃんとあった。懸命に手を伸ばして何とか掴む。引き寄せて振ってみた。もともと干渉できなかったが、何の応答も無い。


 耳元で何度も振る。





 ちゃぷちゃぷ


……


 ちゃぷっ ちゃぷん





 波の音が消えた後に生まれたのは、本当に耳を澄ませないと聞こえないほど小さな、泡がはじける細やかな音だけ。


……感じない。

 あれは夢や幻では、無かった。この痛みと同じで現実。






 ごめん…… 本当にごめん。



 どれだけ後悔し、謝罪しても拭いきれない。最後まで苦しめてしまった。救ってあげられなかった。それなのに、あんな笑顔を向けてくれるなんて。

 

 

 あの時涸れたはずの涙が、またあふれ出る。声を殺してずっと泣き続けていた。

 好きになった人をこの手で殺して、そしてその人がくれた力で、僕は生き延びた。あの時は果たすべき復讐だけに心を囚われ、ただ夢中になっていたが結果は同じことだ。



 僕は、僕のために、僕は優奈の命を使った。

 結局最後まで僕はひどいことを……。いつまでもあふれてくる涙が、全身に巻かれた包帯に染みていく。




「少なくとも、あの娘は最期、幸せのまま導かれていった……」


 僕と同じ声が響く。少しだけ頭を上げた。



「……お前が救ってやったのだ。あれだけの負の感情に囚われ凍りついた魂が、徐々に人間であった時のように心を開き、最後には信頼できる者を得て、その手で導かれていったのだ。

……お前は、本当に良い死神だった」



 優奈と出会ってからの光景のすべてが頭の中で走馬灯のように駆け巡る。決して楽しい思い出はない。仕事をして、戦ってばかり。その時にあったのは僕の意地、責務だけ。



 だけど今見えるそのすべてが、すごく美しかった。

 彼女がいて、彼女といて、本当に良かった。



 だからこそ心の底から謝りたい。本当に…… ごめん





 本当に……



















……



 医師も目を見張るほどの回復力で傷が癒えていった僕は、特に後遺症なども無くすぐに退院していった。まだ死神の身体なのだから相当丈夫だ。

 優奈のおかげでレクイエムは輝きを取り戻し、死神の力を十分に蓄えることができた。僕が死神である理由も、もうない。YOUに返す日が来た。


「それじゃあ……」


 この所作もこれが最後だ。どこか名残惜しい。左の掌に右手を添え、現れた黄金色の柄を握ってゆっくりと引き抜く。






……あれ?





「ふむ、やはりそういうことか」


 YOUが当然とでもいわんばかりの納得した感じの声で言う。



 真っ白だ。そんな馬鹿な、あんなに紅く輝いていたのに。


「お前の力は死神に近いが、やはり死神ではないのだな。レクイエムの業をすべて使って戦ったのだ。あんな状況で我が光の槍にも似た力を使うほどの莫大な業を使用すればお前の魂が消失するか、レクイエムに蓄えられた力をすべて使うかの二択になるのが当然だな」


 戸惑い、現状を理解できていない僕を尻目に、淡々とそして簡単にYOUが説明する。理由はわかったが、ただ僕はおろおろするだけだ。


「まあ気長に待つとするよ。俺には時間がある。それに力の使い方も少しはわかっただろう。お前なら可能のようだ。もうしばらくがんばってもらうぞ。良き死神よ」


 そんな! せっかく1年もがんばってきたのに!

 待って、行かないで僕の1年の成果!

 受験に落ちたとか、就職浪人決定とか、そんなこととは比較にならないほどの衝撃的な落胆。こんな現実、受け入れられるはずがない。


 なんてことだ。またあの日々の繰り返しがはじまるだなんて……






 そして、今に至っている。入院のせいで逃してしまった魚はデカい。ほぼ確実だった父の知り合いの会社の内定は、前年度下期の決算結果から今年はこれ以上の入社は見合わせるとの事で白紙に帰ってしまった。再び始まってしまった定職探しと死神業の両立。自分が食べていく手立てと果たすべき責務が分離しているから厄介だ。どうせなら一致してくれたら……。何度そう思ったことか。

 これからもずっと思い続けるだろう。だけど、こんなことを依頼してくれる「人」なんていない。何とか早く終わらせないと。




 僕の苦悩が尽きる日は、ちゃんときてくれるのだろうか。

 ため息混じりに空を見上げて、今は見えない扉の向こうを見つめる。










……うん、大丈夫だよ。僕はもう、諦めないから。








 大変長い間お付き合いいただきましてありがとうございました。

 ご愛読いただきました「YOU -the song for death-」本編はこれで最終話でございます。


 裕也君の後悔と懺悔の物語、お楽しみいただけたのでしたら幸いです。


 本編は終わりましたが、もう少しだけおまけが続きます。そちらもまた本編と同じくお付き合いいただけましたら幸いです。


 ご愛読、ありがとうございました。

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