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「殺意」




 導きたくなかった。導きたくなんか、なかったんだ。





 僕はずっと、縛り付けられる心を解き放ってあげるつもりでいた。

 だけど本当の思いは変わってしまっていた。






 近くにいてほしい。






 今まで居てくれて、うれしかった。

 向こうから触れてこなければ、僕が直接触れることはできなかった。


……だけど、それでもよかった。


 すぐそこに居てくれた。それが何よりうれしかった。










……




 こんな気持ちに、ならなければよかった。


……気付かなければよかった。










 自分が生きていないこの世界にいることは辛かっただろう。苦しかっただろう。

 心を縛る見えない鎖を解いてあげよう、そう思っていたはずなのに。






 いつの日にか、そこに居なくなるのが当たり前と思っていた。それなのに、








 いつの間にか、そこに居てくれるのが当たり前と信じていた。














 僕がいけなかったんだ。








 僕が、自分の過ちに早く気付かなかったから。










 僕の生きている喜びのために、こんな形でもっと苦しい思いをさせて……






 彼女の笑顔が、言葉が、僕の心に……
















































……



 ここには今、僕だけが立っている。一人でたたずんで空を見ている。


 さっきまで目の前にあった巨大な扉は、すでに無い。

 僕の心の一部もその向こうに連れて行った。

 それとともに涙も涸れ、バランスを失って乱れた僕の心も次第に穏やかになっていく。

 だが、このざわつきだけは無くならない。心の水面みなもは荒々しくない小さな波に震えていた。


「……変わった奴だ。ただの人間だと思っていたが、こんな芸当ができるとは。これがレクイエムの力か? 我と似たような力でもあると言うのか?」


 この声だけは、もしここで倒れ息絶えようとも決して忘れない。僕の背後から近づいてくる女の声。できるだけ心を落ち着けて、息を吐きながら振り返る。


「まったく、一体どれだけ人の物を盗っていけば気が済むのだろうな。……だが、お前もわかるだろう? それだけ強い業を持った魂を吸えば」


 うるさい、だまれ。もはやこの女に向かって吐く言葉も無い。ただ無言で腕を払う。


「っ! 貴様、本当に人間か……?」


 相当距離が離れているのにもかかわらず、ノクターンの長い髪の一部が散った。少しだけ理解した。距離など関係ない。僕が斬ると決意したものは決して逃さない。


 すべての隔たりを、無視する力。


 それが、レクイエムの持つ能力。このような見知らぬ土地に移動したのもレクイエムの力の一端だ。完全な力を取り戻し、真紅に輝くその姿は美しく、僕の静かな狂気をそのまま映し出したようだった。


「ブレイズの娘を失った今、我の貴様への興味は完全に失せた。だが、少し湧いてきたよ。一体貴様は何者なのだ?」


 そんな事知るか。知っていたとしても、僕は貴様と言葉を交わすつもりもない。僕が持つありったけの敵意を目の前の女に向けてぶつけた。研ぎ澄まされた神経と、全身に集まってくる力が爆発するのを抑える事はもうできない。さあ、何処とも分からないここまで追ってきたって事は、お前ももともとそのつもりだったんだろう?


「折角拾った命だと言うのに…… あの娘に情でも移ったか? ……いいだろう。貴様が手にした大死神の力、我に存分に見せるがいい!」


 尋常ではない速度で迫ってくる。だけど、見える。目はついていく。そして身体も僕が思ったように動く。ノクターンの常軌を逸した斬撃の速度にもついていく。熱さを通り過ぎてしまった僕の頭は異常にクリアで、今までだったらとても敵わない相手の動きすべてを把握していた。まるで自分が自分で無いようにすら感じる。


「いいか、裕也。そのまま全神経を集中しろ。現在はまだ所有権はお前にあるが、レクイエムが完成した今、俺の意思をお前にリンクさせることができるようだ。お前は俺であり、俺はお前だ。お前の不足を俺が補おう。だから、臆するな」


 願ってもいない。僕と共に居てくれる偉大な死神が力を貸してくれる。YOUは強い。彼の戦闘経験が僕の体を自然と動かす。人間でありながら本物の死神の動きについてくる僕に驚きを隠せないノクターンが距離をとり、切っ先を僕に向けた。直後僕を光の牢に閉じ込める。その牢を容易く切り裂き、砕け散らせた。


 こんな力に、負けない。僕は負けないんだ。


 一気に間合いを詰めてレクイエムで斬りつける。相手も死神だ。僕の接近や斬撃に対して反射的に反応して防御し避ける。さらにレクイエムは巨大だから小回りが利かず、相手以上のすばやい斬撃はできない。僕の一振りを捌き、防ぎ、隙あらば反撃してくる。だから僕も一撃一撃にすべてを込めた。たとえ刃が受け止められても、僕の強い意志までは止められない。止めさせない。刃を受け止めた先に続く僕の決意は少しずつ女死神の体に傷をつけていく。

 体格差から見ても僕の方が一撃が重い。接近されると不利と見たのだろう。真紅の刀身でレクイエムを受け止めた状態で僕の腹に蹴りを入れる。切り裂くのに意識を奪われていた僕はその蹴りをまともに受けてしまい、後ろに飛ばされてしまった。呼吸も一瞬できなくなった。危ない、もしもあの靴の仕込み刃を出されていたら死んでいた。さらにノクターンは自らも後方に飛び退いて間合いを離した。


「貴様…… 人間ごときが図に乗るなよ……」


 ノクターンも格下としか考えていなかった僕の気迫に圧されていることに困惑と焦りを隠せていなかった。当然だ、お前が今相手をしているのはお前達の模範となる伝説の死神だ。負けるはずがない、負けてたまるか! しかし奴はそれ以上動ずる事無く不敵な笑みを浮かべ、真紅の剣を眼前に掲げた。剣が輝く。その状態で斜めに振り下ろすと美しい光の軌跡が生じるとともに、僕の周囲に無数の光の線が現れた。いくつもの結界を一度に、多重にかけたようだ。


 こんなもので止められるものか。さっきも見ただろう? 無駄だ、まとめて切り裂いてやる。再び結界を打ち破ろうとレクイエムに力を込めた時だ。


「お前は本当によくやった。だがこの状態の意味を理解していないようだな。残念だよ。我の力の真髄を知れ!」


 離れたところから剣を一振りした。すると全方向から刃が現れ、僕に襲いかかる。逃げ場がまったく無い。いくつかを防ぐことはできても、防ぎきることは不可能だった。脳を突き刺す鋭い痛みが走る。膝が崩れる。右手をつき、左手で持つレクイエムを杖代わりにしてやっと地面を舐めないように耐えていた。


「わかったか? ノクターンの力は自身とリンクした結界を作ることなのだよ。ノクターンを振れば結界内の空間に刃が通ったという事実が発生する。結界をいくつ作ってもすべての結界に同時に同じ事実を残すことができる。……わかりやすく言えば我が結界の中では一撃が無数の攻撃になるということだな。理解できたか?」


 残酷な微笑をたたえながら今度は軽く手前に突き出す。僕の両腕両足、背中にたくさんの剣先が突き刺さる。身体を支えきれずとうとう倒れこんでしまった。


「ああ、すまんすまん。直接斬りつけているわけではないからな。どうにも力の加減がつかないようだ。はははははははっ! ……人間でありながら仮初めとはいえ死神の力を手にし、よくぞここまで我と戦えた。誉めてやろう。もう苦しくてたまらないだろう? そろそろ楽にしてやるから安心したまえ」



……くそ、こんな奴にやられてたまるか。痛くたって、辛くたって負けてられないんだ! 必死に両腕で身体を起こす。


「ほぉ。まだ立ち上がれるか。すばらしい。さぞや強い力を持っているのだろうな。

……ああ、そうか。先のブレイズを吸ったことで増しているのだな。残念だよ、本来ならば我の糧となってくれていたはずなのだが。勿体ないとはこの事だな」

「……うるさい」

「何だ? まだ魂を吸うことについて疑念があるのか? レクイエムから聞いていないのか? シェイド、ブレイズはつまるところ害なのだよ。それを回収することに何の問題があると言うのだね?」


「害……? 害だと?」


「そうだ。害だ。我々はもともとそれを未然に防ぐための者。たとえ意図的にその素となる魂を作ったとしても、回収すれば問題なかろう。……勝手な理屈だがね。死神としての大儀を果たしていれば誰も責めることなどできぬだろう? はははははははっ!」


 ふざけるな…… ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 害だと? 優奈が、害だと?

 あれほどの憎しみを与え、歪めた狂気の大元が何を言う!




 怒りで今にも狂ってしまいそうな僕の頭には同じ光景がめぐり、同じ声が響き続けていた。













 ありがとう…… 私、あなた達に憑いてきて本当によかった。




 こんな姿になっちゃったけど…… それでも、よかった。





 あなた達に…… あなたに会えて……





……



 だけど、ホントは生きてた時に会いたかったな





 いつかまた…… 出会えたらいいのにね












 ね、裕也……
























 今まで見ることが無かった、彼女の本当の笑顔。

 あんなに穏やかで、幸せそうで。だけどとても悲しい笑顔……。

 こんな僕に初めて向けてくれた親愛の言葉。




 なぜ、僕は助けてあげられなかったんだ。


 そして、なぜ彼女を侮辱することを許しているんだ。

 くやしい…… くやしくてたまらない。絶対に許さない。


 お前が、お前こそがこの世界の害だ。優奈を苦しめたお前が、この世界に必要とされるものか!

 


 全身に痛みが走っていることを忘れてなんかいない。今にも意識を失って倒れてしまいそうだ。だけどあと少し、あと少しだけでいい。もってくれ。こいつだけは許しておきたくないんだ。存在すら……

 僕の心に明確に芽生える殺意。今まで相対してきた者への感情とは明らかに異なる本心。そして、初めて持った渇望。左手に持つその紅い刃が、そのすべてに答えるように黒く輝きだした。


「……動くな」


 レクイエムの異様な状態に気付いた死神がけん制する程度に軽く剣を振る。僕の全身を刃が掠めていく。だが僕は両手にレクイエムをしっかりと握り、力のすべてを両手とレクイエムに預けていった。危険を察したノクターンがとどめの一撃を振り下ろす。しかしそれよりも僕の動きの方が速かった。

 一瞬早く全ての結界を破壊し、そして続けざまに二撃目を放つ。結界を全て砕かれた衝撃が剣を弾き、奴の動きを一瞬止め、地面を穿ったレクイエムから伸びる黒い波がノクターンを捉えた。動きを封じられたそれの表情には焦りだけがあった。地面から黒い光が幾筋も上がる。


「まさか、これは! 光の槍だと? 違う、闇の矛とでも言った方がいいのか……? 何だこれは……」


 YOUの驚愕に満ちた声が聞こえる。黒い光が収斂し、宙に浮く黒く輝く巨大な矛が上を向いた状態で何本も出来上がった。そして向きを変え、一斉にノクターンを貫いた。


 雄叫びにも似た叫び声が響く。僕の目の前には黒い光の刃に突き刺され、全身を硬直させている死神の姿があった。右手に持つ紅い剣にひびが入っていく。少しずつ少しずつ欠けていき、とうとう砕け散った。断末魔の声が上がる。




「ばかな…… ま さか人間が…… 人間な の 」






 言い終わることなく言葉が途切れ、すべてが終わった。








 ノクターンが完全に消滅し、同時に支配する魂を引き剥がされた肉体は膝がくず折れ、どさっと倒れた。僕も立っていられない。レクイエムを杖にしてずるずると沈んでいった。


「やっとわかったぞ、お前の魂が何なのかがな。レクイエムそのものなのだ。だから引き抜くことができなかった。

 同じ…… いや違うな。レクイエムと同じ波長を持ちながら対極の者なのだ。次なる世界に導き再生させるのではなく、完全に消し去る。すべての魂に無をもたらす、俺達とは異なる死神だ」



「そんなこと…… 今言うなよ……」






 それだけ言うのが精一杯だった。







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