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「黄昏のため息」



 一年前の事故に遭った時の入院に比べればいたって軽傷。だと言うのにまだ退院できない。ベッドから自力で起き上がることができないほど虚脱が続いていたためだ。火傷のうずきはもう気にならない程度にしか残っていない。あのシェイドの毒霧の影響で意識がぼんやりするようなこともない。血液の検査やCTやMRIと言った精密検査をしてもらったのにも関わらず、原因は不明のままで担当の先生も首を捻るばかりだった。薬を打たれ、点滴をつなげられて、安静にしていても一向によくならない。身動きできないほどの重症患者ということで個室に入院している。

 さすがに心配されていないわけではないが家族の付き添いもなく、友達も帰ってこの病室には今僕ひとり。かろうじて自由が利く首だけ使って窓を見て、夕焼けに染まる景色を見ていた。


……


 よく夕陽は沈み逝く生命、死を連想させ喜ばれないと聞く。昔僕もそう思った。


 この後は暗い夜が来る。絶望に閉ざされた、暗い闇が。

 それを象徴するように消えていく光。喜ばれるはずがない。


……そう考えることをかっこいいなんて思っていた。だけど今はそうは感じない。




……きれいだ。


 一日が終わる、その最後の時までずっと輝き、世界を照らす。美しくて、ため息をつくばかりだ。ぼんやりと心を奪われながら考えていた。


 どうしてこんな状態になったのだろう。あの霧には催眠作用以外の衰弱させる毒素があったのだろうか。あの騒動で入院した人はシェイドと優奈が暴れまわったことで交通事故を起こした人がほとんどで、霧のせいで火傷を負った人たちは軽い手当てで入院に至らず帰っていったらしい。僕達以外は時間が止まっていたからあの霧を吸わずにすんで大事に至らなかったのだろう。

 やっぱりこれが一番しっくりくる。またはあのシェイドの毒素には肉体に対してではなくて、精神や魂に対して侵蝕する効果があったかもしれない。何とも言えない気だるさが今の僕に染み広がっているのだ。肉体の回復は先生のお墨付きがあるように順調なのに、思うように動かせないと言うのは精神的なところに障害があるからじゃないのか?


……高志が聞いていたら「前に戻っただけじゃねーか」と一蹴されそうだ。全く、気心が知れた仲とは言え失礼なもんだ。いや、これは自分の想像なだけだけど正解確率は80%を超えると思われます。


……ともかく、今回のように強くなりすぎたシェイドは現世に対してかなり強力な害をもたらしてしまう。当然、霊なるモノに対しても影響があるに違いない。以前YOUが優奈に対してシェイドのままでは「はじまりのもと」に逝けないと言っていた事が思い出される。あの時は優奈寄りの感情が強かったから、彼女達シェイドを「害」と断じたYOUに対して何て酷い事を言うのか、と非難したものだが、正しいのはやはりYOUだ。シェイドが与える霊、魂に対するダメージは別次元の物と考えておこう。これからも、特にトリッキーなシェイドと戦う時は気をつけていきたい。



「……それは違う」


 最近なんだかよくYOUが話しかけてくるような気がする。無口な時は本当にずーっと黙ったままなのに。YOUが口を開く時はそこに重要な鍵がいつもある。と言うことは近頃僕の周りには看過できない事が頻繁に起きていると言うことなのだろう。……大きな何かの予兆で無い事を祈るばかりだ。


「シェイドは導かれる際、すべての能力を失う。領域に及ぼしていた影響すべてを失う。導かれる以前に残した物理的な影響は残るが……

 それ故、あのシェイドの撒き散らした霧の毒素のすべてはあのシェイドが消失した時点で同時に失われた。お前の容態は別にある。力を使いすぎたのだ」


 力? 僕は何かしただろうか。散々ぼこぼこにされてどうしようもなかったのに。普通にレクイエムを振って応戦していただけなのに。


「思いもよらなかったぞ。不完全なレクイエムであれだけ巨大になったシェイドを斬り裂いてしまうとはな…… やはりお前の魂はどこか異常なのだな」


 ああ、言われてみたらそうだ。思いっきり振りぬいてみたらあの巨猿の姿をしたシェイドが真っ二つになっていた。あれ、僕が力を使ってやったことなんだ。意外だ。すごいな、自分。


「って、何だよ! 僕の魂が異常って!」


 思わず声が出てしまった。ここが個室で助かった。


「……? 何だ、まだ思い出しきれていないのか?」


 思い出しきれていない? 一体何をだろう。死神の役割、代理として務める期間、僕の命を繋ぎ止めるためにレクイエムとYOUは大半の力を失っていること、「はじまりのもと」に逝くことのできない非業の死者を導くためにはレクイエムが必要で、その為には僕の体が必要だと言うこと、YOU達死神が救われるためには死者を救い続けなくてはいけないこと。

 断片的にだけど、必要なことは思い出している。これまでの接し方から実務主義だと思われるYOUにとってこれだけで十分じゃないのか? 確かにどうして救い続けることが死神の救いになるのか分からないところもあるが、任務に重要なのならすでに教えているだろう。

 もともと僕と入れ替わって死神の務めを果たそうとしていたYOUにとって、僕が死神の詳細を知る必要はなく、レクイエムを元に戻すことだけが重要なんだ。



……そうだ、何故だ?


……何でYOUは僕を生かしたんだ?


 死にたくない、なんて僕の願いを聞く必要がない。

「律」を強引に曲げて僕に力を明け渡したせいでYOUは力を失い、それどころかレクイエムに蓄えられていた業の力まで初期化されてしまった。こんな理に適わない非効率的なこと、どう考えてもYOUの理念に反する。

 あの日あのまま僕を死なせて、そのまま身体を乗っ取ればいいだけの話だったはず。生かす意味なんてない。


「そうだ。そこが根幹。仕方ない。もう一度話してやろう」


 YOUが穏やかに語りだした。



……



 お前の身体は俺の身体となるはずだった。



 俺の姿、声がお前と同じなのは、死神に実体というものがないからだ。器である身体の持ち主と同じものとなる。死神は器を変えることで永遠ともいえる歳月、存在するのだ。

 死神である俺は死ぬことはない。肉体が死を迎え、精神、魂の状態になっても滅びることなく存在し続ける。だが魂の状態で俺が他者に干渉できることはほとんどない。宿主の魂を除いてな。


 俺は少し前に以前の身体が限界を向かえ、さまよい、探していた。間もなく死を迎える予定の、俺の魂の器となりうる身体を。


 それがお前だった。


 そして中に入り込み、お前が死ぬのを待った。お前がその命を終えた時、その身体は俺の物となる。しかしそのためにはお前の身体からお前の魂が抜け出なくてはいけない。もし抜け出さなかったとしてもお前にレクイエムを突き刺し引きずり出すことによって身体を虚空とすれば問題ない。そのはずだった。


 そしてその日が来た。

 俺はそれを待ち望んでいた。


 お前が命尽きようとしたとき、それまでのお前からは感じられなかったほど強く、魂の底からお前は死ぬことを拒絶した。

 このままではいけない。魂が死した身体に定着したままとなれば俺と入れ替わることが出来ない上、行き場を失った魂がシェイドとなってゆく。その前に引きずり出すためにレクイエムを突き立てた。



……そこまでは覚えているな?

 だが、お前の魂は信じられないことに我がレクイエムの力を完全に否定した。未だかつてそんなことは一度としてなかった。


 何万、何億という非業の魂の中の、一つとしてレクイエムに逆らえるものなどない。

 初めて現れた。


 このまま放置したらお前は死ぬ。そして導かれぬ魂が変性し害をなす。

 お前の魂はレクイエムを受け付けない。そんな化け物を作り出すわけにはいかぬ。


……そこでだ。最後の措置として俺は「律」を曲げお前に死神としての力を与え、身体を死神の物にした。結果として俺はお前の死に逝く身体を引き受け、力のほぼすべてを失った。残されたのはお前の意識にアクセスする力とお前を通して認識した非業の者を追う能力、そして変性した魂を感知する能力だけだ。


……そうだ。お前を生かした理由はお前が死にたくない、と強く願ったからではない。本来ならばあそこで死に、俺に身体を明け渡さなければならなかったお前の魂が、手の付けられぬ化け物となるのを防ぐためにお前に力を与え、死なせないようにしたのだ。


 レクイエムが業の力を失い、俺自身が力を失うことになったとしてもだ。


……

 死神としての力を失った俺はいずれ滅ぶ。死者の魂を導くためだけに存在する死神がその力を失えば存在意義はなくなり、すべての魂に定められたように「はじまりのもと」に戻るしかない。俺がその存在を失わないためには再び死神の力を取り戻さなくてはいけない。


 お前を死神にする時に俺の力をレクイエムに預け、俺のもとからお前のもとへと送った。そして裕也、現在お前の魂を死神の身体につなぎとめ、生かしているのはレクイエムの力だ。

 俺が「はじまりのもと」に還るようなことがあればレクイエムもその存在を消す。すなわちお前も同時に肉体を失うというわけだ。死の実感すら湧かぬ。つまり身体に定着することもなく引き離され、俺と共に「はじまりのもと」に還るのだ。


 お前もそれは望まぬだろう? ならば今度はお前が俺に、俺がしたことの逆をしなくてはいけない。もともと死神ではないお前の魂は死神の力をレクイエムに移すことが出来ぬ。だが、魂を導くたびに蓄えられていく業の力によって、レクイエム自身に死神の力が形成される。十分力が備わった時、俺に返せばそれでいい。その時、俺もお前に身体を返そう。


 俺はまだ滅びるつもりはない。まだ「はじまりのもと」に戻るつもりはない。だから、今度はお前が俺を救い続けろ。俺は力を取り戻したら別の身体を探す。死神としての力を俺に返すその日まで、お前が魂を導き続けるのだ。



 レクイエムが真紅に染まり、蓄えられた死神の力を俺に返したその時が、お前の死神としての務めの終わりの日だ。




……それまではお前が死神であれ。











……



 本当に僕は自分勝手でわがままな人間だ。

 YOUが死神として務めを果たしていたならば、僕がやるよりもずっとずっともっとたくさんの非業の魂を救うことができた。優奈もこんなに苦しむことがなかったかもしれない。

 僕が死にたくないと願ったことがすべてを歪め始めたと思うと、何て馬鹿な願いをしたことか、と思う。


 でもだからと言って、今更今までのことをすべて後悔して放り出すなんて事はできない。

 死神の仕事には抵抗があった。今だって慣れきったわけじゃない。

 でも、僕はこのレクイエムをまだ持たせてほしいと願っている。本当にわがままな人間だ。


 それなら、わがままを聞いてもらうためにも僕は務めを果たし続けよう。それが



「それにしても、お前は変わったな」


 僕が考えをめぐらしている途中で突然YOUが話しかける。思わず聞き返してしまった。


「お前の意識に触れ始めた頃だ。お前は様々な事に、特に未知のことに強く恐怖していた。多くのことに嫌悪を覚え、己のことに頭を回しているだけ。いやそれすら十分にできていたとは思えなかった。お前にとって俺の身体になるために死ぬことはむしろ救いに違いない、そう思っていた。


 だが、今は違う。

 未知への恐怖は拭われていない。しかし立ち向かうことも悪くない、と感じているだろう?

 お前はこれから、真に生きていくことを諦めないのだろうな。


……だが、死ぬ時は潔く死ぬのだぞ。お前の魂は俺では導けぬからな」



 苦笑いをするしかない。そしてどこか恥ずかしかった。


 そして思う。

 全てを知るのが今でよかった。


 きっと最初からすべてを覚えていたとしても、あの頃の僕だったら全部投げ出していただろう。たくさんの人の死を見て、導いて、戦って。この手にある大きな力の意味を少しずつ理解していった今だから、受け入れていくことができる。



……

 そしてまだ果たせていない、優奈にしてしまった取り返しのつかない罪への贖罪。

 そのために僕はこのわがままを貫く。



 やっていこう。僕が死神であるうちは。

 決して諦めることなく、前を見て。


 僕はやらなくてはいけない。

 誰かに強制されているのではく、僕の意志で。




「……そういえばどうして死神は人間の身体なんだ? 制限されることも多いし、何より生きなくてはいけない」


 ずっと気になっていた。何度殺されそうになったことか。それにシェイドと優奈の争いで見た、あの信じられない動き。生物という範疇にいない方がずっと有効的に戦えるだろうに。


「レクイエム自身は霊なる物だが、肉体を持つ生きた人間が使用せねば特性が発現せぬ。霊のままの俺では他者に干渉できぬと言っただろう? いわゆる生と死の狭間の存在たる所以であり、制約とでもいうところだな。

 それにただの人間の身体ではないぞ。耐久力と生命力、そして反応速度は飛びぬけているはずだ。現に優奈と戦った時も防御が間に合い、即死しなかったろう。あれをまともに受けては生身の人間ならば影も残らぬぞ。力は特に上昇しない。もともと筋力といったものでは対抗できないモノを相手にするのだからな」


 そうか…… 耐久力と生命力、反応速度か…… 地味なところだなぁ。でもそのおかげで卒論で無理しても身体を壊さなかったわけ…… って、あ!


 そうだヤバイ! もうすぐ提出期限だ!

 ほぼ完成とはいえまだ出来てない。こんなところで寝てちゃダメだ!


……そう思うのだが動けないものはどうしようもなかった。前もそうだったけど、どうしてこんな大変な時にこんなことになるんだろう……。ツいてない。夕陽を見ていたときとは違うため息をついて僕はまた窓の外を見た。



……もう夜だ。今の僕のように絶望の広がる夜だ。

 だけどそう思うのも夜の一部を見ているときだけなのだろう。

 夜景の街、家々の光、そして月と星に彩られた空。

 絶望なんて、一部だけだ。


 それにしてもYOU、ずいぶん楽しそうに話していたな。変わったのは僕だけじゃない。


 今までずっと死神としての話ばかりだった。初めの頃のYOUは感情なんか何処かに置いてきてしまった機械のようだった。




 苦手だった彼ともいつの間にかこんな風に話ができるようになったかと思うと、少し嬉しい。







 変わってゆく裕也達。次第に明らかになり深まっていく謎と、現代の死神の務め。静かなうねりを孕んだまま、物語は続きます。


 これにて第八章の終幕です。

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