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「紫煙」



「裕也か? お前どうよ」

「あ? どうよ、って……」

「ほら、仕事」

「ん、順調」

「うお、決まった?! 世の中ニートやる気だった奴でも採ってくれるとこあったんだな! どんだけ人手が足りてないんだ、そこ!」


 違う違う違う! 思わず表に出てはいけない仕事の方の会話をしてしまった。っていうかさり気なく失礼極まりないことを言いやがる。

 就職活動の帰り道。ケータイに着信履歴があり、誰かと思えば久しぶりに電話してきた悪友の高志。着信履歴からそのまま発信。こっちも久しぶりに電話をかけた。


「や、職探しが順調というワケで……」

「あー、だろうな。そりゃそうだわな」


 やかましい! 人が憂鬱になっている事にさらっと納得してるんじゃない! 就職してから五月病になるがいい。念願の自動車系の会社に就職が決まり、心に余裕を持っている羨ましい高志と違って、どこからも一向に色よい返事がもらえないまま今に至る僕は、最近では遠方にある会社にも行っている。が、今日はいつもの慣れた街だ。ケータイで話しながら駅に向かって歩いている。あぁ、もう半年ないんだよ卒業まで……




「そーいやお前まだ治療費の残り半分返してくれてねーだろ。もう三ヶ月になるぞ?」

「れ? そーだっけ……? あっ」

「あっ、じゃねーよ!」


 服は優奈があの池から移動してしまっていたことを確認した後ですぐに返しに行ったが、その時手持ちが足りていなくてとりあえず半分だけの返済にさせてもらっていた。アキちゃんのトラブルの時も緊急事態だったし、事後もうっかり忘れていて返していない。というか、それだけ高志と顔を合わせていなかったと言う事か。お互い同じ大学に行っているのだから会っていてもよさそうなのだが。学部が違うから選択する授業ももう被らないし、ゼミ室も離れているから仕方が無いのかもしれない。金が無い金が無いと年中ぼやいていたはずなのに今日まで何も言ってこないとは。意外とやりくり上手だ。初めて知った。

 


「あ! そうだ、心霊写真の件! あれで貸し借りなしってのはどうだ?!」

「バカヤロ。感謝はしてるが、別の話だ。金は金だ!」

「でもさー、今まとまって返せるほど残ってないんよ。今しばらくの返済の滞りを認めていただくか、債権放棄を」

「っざけんな! そんなら金を作れよ! お前、ムダに古いマンガとかゲームとかかなり持ってるじゃんか。もうやらないのいくつか売って耳揃えて用意しろよ」

「そ、そんな! 臓器売買はお断りだ!」

「おいおい、何だよその一心同体感。それじゃあ何かで一発当ててこいって」

「……お前、僕のクジ運の悪さ忘れたのか?」

「ああ、まぁなぁ。これからはハズレと思った方引けよ。そんなら当たりだわ。サッカーくじとか負けると思った方選べばウハウハじゃね?」

「結構です。いざと言う時のために運をとってるんだよ!」

「ははっ、お前今その運がないんなら生涯ないわ」


 くそっ、その通りだよ。相変わらず悪意があるのかないのか分からない言い合いが続く。だけどこれも高校の頃からずっとそうで、お互いが険悪になることなんてなかった。ただでさえ少ない僕の友達の中でも本当に気の置けない相手。たまに憎らしく思うこともあるけれど。

 そう言えばこの街で優奈のいたビルに行く前に買った宝くじは一枚たりとも当たらなかった。でも、優奈を見つけてくることができたんだから、ある意味大当たりと言えるかもしれない。ここで運を使い果たしたか……?



「裕也…… 裕也……」

「ん? 何」

「お? どうした、誰かと一緒?」

「いやいや。ちょっとね」


 思わず返事してしまった。僕に話しかけてきたのはYOU。今話しかけてくるってことは……


「ホントごめんな。ちゃんと今度返すよ。一つ行くとこが残ってるから。もう切るぞ?」

「おー、がんばれよ。またな」


 久しぶりだったから積もる話もお互いあっただろうが仕方ない。電話を切りショルダーバックに入れたところでYOUが行くぞ、と僕を急かす。やっぱり思った通り。この街でシェイドの発生を感じたらしい。よかった、終わった後で。不謹慎だがそう思わざるを得ない。そんなに遠くないらしく早足でその方面に向かった。




……



 そこはやや大きめで交通量も少なくない交差点。指定方向外進入禁止の道路標識が立っていて直進か右折しかできないことになっている。こんなところでシェイドが出るんだろうか。でも最近、この街で車の事故が多発し死亡事故も起きているというニュースを見た。シェイドが存在したのならばその影響と考えられなくもないが発生はついさっきのはずだ。偶然だろう。

 もうひとつ気になることがある。こんな人目につくところでひと悶着起こしても大丈夫だろうか。一応一つ確信に近い感覚はあるのだが……。レクイエムを引き抜き近づいていく。



 突如さっきまで聞こえていたエンジン音が聞こえなくなる。あたりを見渡せば車という車、歩行者という歩行者が静止してしまっている。


 やっぱり想像していたとおりだ。シェイドが作り出した領域に死神が入ると、死神がそこを離れるまですべてが止まってしまう。周囲から聞こえる音が無くなるのはこのためだ。だけど今回はこのシェイドの領域に入る直前に違和感があった。


「おかしい、気をつけろ。今までと違う。これは……?」


 YOUが言い終わる前に霧が出てきた。もわもわと周囲を包み景色が分からなくなる。ほんの数メートルの視界もない状態だ。何だか眩暈めまいもしてきた。そんな状態の僕の目の前の霧の中に突然影が現れる。驚いて思わずレクイエムを左から右に振る。霧を裂いたが手ごたえは何も無い。また影がふっと現れた。現れたかと思った次の瞬間には消えた。消えたと思ったら違うところに現れた。

 ふっふっと現れて、ふっふっと消える。くらくらする頭では捉えきれない。ぼんやりして意識が薄らいで行くのを感じる。


「しっかりしてください!」


 声がしたかと思うと強い風が起こり、僕の周囲の霧が晴れた。思考力を奪われていた頭にかかるもやも同時に澄み渡っていく。見渡すと目を覚ました優奈が浮き、彼女の羽衣を手繰っている。僕とYOU、シェイド以外はこの空間内で動ける者は無い。つまり優奈が振った羽衣が霧を押し返したと言う事になる。


 我が目を疑った。優奈が、僕をフォローした。


 短く礼を述べ再びレクイエムを構えるが、霧は奥の方から際限なく押し寄せてくる。優奈が押し返してくれるがきりがない。しかもこの霧には催眠作用がある。幸い現状のところ大きな中毒症状のような事は無く、身体はすぐにでも動ける。すぐにでも発生源と考えられる本体を探し当てて導かないといけない。消耗戦では僕に勝ち目はない。しかし問題の霧はかなり濃く、霧の中に入っているものは全然見えない。


「シェイドの本体は目覚めぬ限り必ず領域の中央にいる。そこを目指せ。だがこの者はすでにそうなってから相当時間が経っている。領域もかなり広い。これだけ入り組んだ街中では困難かも知れぬ」


 YOUの言葉に今度は耳を疑った。時間が経っている? そんなばかな。シェイドの領域をかなり広域で感知しているYOUが見落としたというのか? 優奈のように領域を展開していなければ察知できないそうだが、初めて会ったシェイドの男の子の時はまだ弱かったと言うのに発生同時に感知した。YOUが気付いてから今ここに来るまでの道のりよりも、僕の家からあの子の家に行くまでの距離の方がずっと遠いのに。時間が経って強力になっているシェイドを、何度もこの街に来ているのに見逃していたはずが無い。まさか……。脳裏を掠める嫌な想像とともに優奈の方をちらりと見た。


「確率は低いだろうが、ブレイズの可能性もある」


 一番あってほしくない可能性をYOUはさらりと告げた。自然現象を己の武器とする祟り神。優奈と戦った時の記憶が瞬時に思い起こされ、背中にぞくりと冷たい物が走った。目覚めて間もない優奈があれだけの凶暴性を持っていたのだから、時間を経たブレイズであったらまさに天災とも言える存在に違いない。


「とにかく急げ。向こうもすでに我々の存在を認識した。目覚めるまでに時間はそんなにかからんぞ」



 考えたいこと、聞きたいことはたくさんあるが、後回しにしないといけないようだ。

 一体この街で何が起きていると言うんだ。






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