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「道標(みちしるべ)」





……


 領域は消えていない。やはりこの領域を作っているのはもう一人の、優奈を捕らえていった目隠しをした子。シェイドは自身が形成する領域から出ることができない。この屋敷に広がる領域は極めて特殊。完全に覚醒している状態とはいえあの子はこの廊下に出てくることは無い。

 部屋から部屋へと渡り歩いていればいずれ遭遇するはずだ。あの人形に憑いていた魂はシェイドそのものではなかったから領域から出てこられたのだろう。もしくはあの人形の中に領域を作り上げて、入れ物ごと移動していたからこの領域から出てこれたのかもしれない。今となってはわからない。

 襖を手で開いて入ったそこは、次の部屋とを遮る襖が外れて倒れ、一つにつながった大部屋になっていた。他の部屋より少し明るい。板目のずれた雨戸から漏れる光が、奥に見える和紙の貼られた障子を照らしていることで周囲を明るくしているようだ。光を周囲に分けている障子もその姿は完全ではなく、何ヶ所も穴が開いている。

 この部屋に置かれている物は特に無い。よりだだっ広く感じる。もともと一部屋のサイズが大きいが、二部屋ぶち抜きのサイズはかなりになる。少なくとも三十畳はありそうだ。








 ドコニヤッタ……






 突然耳元で低く呻くような声が響く。さっきまでとは比較にならない、尋常ならざる殺意に満ちた空気に一気に冷や汗が吹き出る。探す手間が省けた、とかのんきなことを言えるような状況ではない。







 ドコニヤッタ……



 オ屋敷ノドコニモ居ナイ…… ズット一緒ニ居タノニ…… オラ達オトモダチナノニ……



 オマエジャナクテ ドウシテ ユキチャンガ居ナクナッテル……



 オマエダケガ消エレバイイノニ……





 抑えきれずに溢れ出した凄まじい怒りの前に、僕の喉元は完全に押えられた。返答することも、無視して問う事も出来ない。息をするのがやっとだ。優奈と戦った時の酷い戦慄を思い出す。加えてじわじわと真綿で絞められるかのような感覚。


「消したのではない。導いたのだ。次はお前の番だ」


 僕じゃない! 恐ろしいことを平然とYOUが言う。止めてくれ、殺されてしまう。そう感じた瞬間、喉に何かが巻きつき一気に締め付けた。呼吸が止まり、頭に血が上る。吸うことができないのに咳が出て、肺から空気が一気に搾り出される。レクイエムの刃の部分を持ち、締め付けているものを必死で切断した。ぶつっとした感触と共に頭に留められていた血液が一気に降りていく。同時に、ちっ、と舌打ちをされたような音が聞こえ、何かが僕から離れて行ったような感覚がした。大きく息を吸い込み、何とか意識を途切れさせないように気を強く持った。何とか息を整え、周囲を見渡す。


 部屋の奥に着物姿の女の子の姿がある。


 その子は今もやはり黒い布を幾重にも巻いて目隠しをして、宙に浮いている。口元はくすりともせず、閉ざされたまま。音も立てずにすぅっと両手を広げ、目の高さのあたりに掲げると、ぶわっと音を立てて畳が何枚か浮き上がった。それらが僕に向かって飛んでくる。

 確か畳は相当な重量があるはずだ。加えて銃弾を受けても貫通させないとか、刀で両断するなんて神業だということを聞いたことがある。本来あらゆる物質をすり抜けてしまうレクイエムもシェイドの影響を受けた物体なら受けることができるようだが、日本の誇る量産型盾を相手にできる自信は無い。

 飛んでくる畳をくぐって何とか近づけないかと努力する。だがさっきの人形が僕に向けて飛ばしてきた小物と違って、シェイドに支配された大きな畳は僕が避けても軌道を変え襲い来る。レクイエムに掠り、手から離れかけた。この大きな物を抱えてでは避けきれない。レクイエムを一旦消し、避けることに専念する。もう必死だ。

 避けている間もシェイドの隙を探し続ける。それだけでなく見つけなくてはいけないものがもう一つ。見当たらない。


「優 っ奈をど、 っこにやった!」


 避けるのに必死な中、途切れ途切れにシェイドに問う。ぴたっと畳たちの動きが止まる。





 ドコニヤッタ……?





 オ前コソドコニヤッタ……



 オ姉チャンハアゲナイ…… オラノオトモダチ、居ナクナッタ……



 絶対ニ返サナイ……






 動きを止めていた畳が動き出し、少し僕から離れて行く。さらに部屋の四方からガタガタと音が響きだした。目隠しをしたシェイドが彼女の目の高さで両方の掌を大きく開く。……いやな威圧感。周囲がメキメキと音を立て始める。


「伏せろっ!」


 声に従う。シェイドが小箱を握りつぶすように掌を合わせた途端に中心に向かって部屋が押し潰された。

……YOUの声の通りに動いたおかげで何とか挟み潰されることだけは避けられた。だけど何とか動けるだけのスペースはあるが、身体にのしかかった瓦礫や畳が邪魔でなかなか出られない。もぞもぞともがきながら脱出を試みる。


 何て化け物だ。これがハンドラーと呼ばれるタイプ……。自分の領域の中にある影響を与えたものを自在に操る。空間そのものがシェイドとも言えそうだ。



 しばらくがんばって瓦礫の中から顔を出すとシェイドの少女はまだそこに居た。だが、僕ごと押し潰した部屋に背を向けてちょっと天井の方を見上げている。僕も視線をそちらにやる。

……繭みたいなものがある。





 クスクス……




 早ク起キナイカナ……



 オラトズーット遊ブンダ……



 オテダマ、アヤトリ、鬼ゴッコニカクレンボ…… イッパイ、イッパイ……




……



 ダケド初メニヤルノハオ兄チャンタチヲ一緒ニ消スコト……



 ダカラマダ生カシテルンダ……



 ワカッテル……?




 確実に僕に向かって話している。冷や汗が首を伝った。僕は未だ身動きが取れないままだ。今の感じからするとあの繭の中に優奈が居る。そして優奈にも何かしらの術でもかけたのか、自分の仲間にする気だ。もし万が一優奈が再び敵になるようなことがあれば、それこそ一巻の終わりだ。

 一緒に消すと言っていた以上今すぐ僕を殺すつもりはない。わずかでも早くこの瓦礫の中から脱出しなくてはいけない。もがいていると宙に浮いたままのシェイドが振り向き、すーっと滑るように僕の目の前にまでやってくる。




 クスクス…



 ドウセオ屋敷カラ逃ゲラレナイヨ…… ソコデジーットシテナヨ……



 シェイドは勝ち誇り油断が見えた。この距離はレクイエムの間合い。体勢は悪いがこの場でレクイエムを引き抜く。しかし左手から飛び出した柄を握り、引き抜くと同時に刈り取る前に両腕に糸が絡みつき、引き剥がされた。その糸はシェイドの女の子の口から細く伸び、ぷつっと切れるとその子の両手に断端が吸い寄せられた。両手をふざけるように上下に振ると、僕の腕も一緒に上下に振られた。完全に遊ばれている。

……まな板の上の鯉とはこのことだ。今の僕は身動きが取れず、完全にこのシェイドの少女に命を握られた状態で活路が見い出せない。



 オラ、一人ハ モウ嫌ダ…… 



 オ目々ガ見エナクナッタオラヲ 忌ミ児ッテ言ッテ ミンナガ怖ガッテ近付カナカッタ……



 病気デ苦シカッタ時モ誰モ来ナカッタ



 ズット寂シカッタ……



 ユキチャンガ話セルヨウニナッテカラ オラハズット楽シカッタ



 ユキチャンヲ ドコカニ消シタオ前達ハ許サナイ……




 オ目々ガ見エナクナッタ時モ



 楽ニナッテ オラガオ屋敷ノ中ヲ自由ニ遊ベルヨウニナッタノニ 誰モ何モ言ワナクナッテカラモ



 ユキチャンハ ズット一緒ニ居テクレタ。大事ナ大事ナ オラノオトモダチ……



 オトウモ オカアモ オバアモ オジイモ オ屋敷ノ人ガミンナ居ナクナレバイイネッテ言ッタラ、ソウダネッテ言ッテ一緒ニ笑ッテクレタ ユキチャン……


 ミンナ本当ニ居ナクナッタ後モ、オラ達二人仲良シデ、ズット住ンデタノニ……



 ダカラ、オ姉チャンニハ オラト一緒ニ コノオ屋敷ニ住ンデモラウンダ


 オ兄チャンヲ一緒ニ消セバ オラト一緒ナラ楽シイッテ ワカルヨネ?





 目隠しの奥の表情は読み取れないが赤い唇はにたりと上がり、気分が上々であることを思わせた。シェイドの独白の間も僕の腕はずっとこの子の支配下にあり、抵抗することができない。何とかするべく身をよじり僅かでも力が緩まないかと死力を尽くすが打開されないままだ。

 その時炸裂音が響き渡った。僕もシェイドもその音に驚き、音がした方向を見遣る。


 そこにあったはずの繭が無い。


 同じ場所に居たのは羽衣を漂わせた破壊の女神。その瞳はすでに開かれ、不快をあらわにしていた。

 押し潰された僕を見て、そして着物姿の子供を見る。優奈の目つきが一層冷たくなった。焦燥感に満ちる僕とは対照的にシェイドはとても嬉しそうで、目覚めたばかりの優奈の方へすーっと滑るように近づいていく。





 次の瞬間、何が起こったのか二人ともわからなかった。





 突然僕の上にのしかかる瓦礫に何かがすごい勢いで激突した。ごろりと身体を転がして上を見る。瓦礫の山に横たわっていたのは目隠しをされた着物姿の女の子。支配から解放された僕の腕はまた僕の意志通りに動く。そこからは更に必死になって身体を山から引き抜き、瓦礫から距離を取る。巻き込まれてはたまらない。


 優奈が攻撃したんだ。






 ナンデ……? ナンデ……? 同ジナノニ、仲間ナノニ……



「私に害を為す者は許さない」



 違ウ! 一緒ニ、オトモダチニ……





 混乱し必死に懇願するシェイドに対しても容赦なく強大なプレッシャーをかける。見ている僕までそのままひねり殺されてしまいそうだった。優奈は操られていない。それどころか小さな少女を完全に攻撃対象にしている。

 YOUはこのシェイドもブレイズ級に危険だと言っていた。しかし実際のところ優奈はそれを遥かに上回る。化け物としか言えない力を持っていたハンドラーも児戯に等しいと言わんばかりにねじ伏せた。



 違ウ…… 違ウ…… ゴメンナサイ…… ゴメンナサイ…… ゴメンナサイ……


 ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!



 モウ イジメナイデ…… ユキチャン…… ユキチャン……





 格が違いすぎる優奈に対して頭を抱えて泣きじゃくりながら侘び続けている。あまりに見ていられない。今この場を納められるのは僕しか居ない。引き抜いたレクイエムを両手にし、一気に駆け寄る。僕の接近に気付いた優奈は一瞬で移動し、僕の背後に回る。


 一瞬のことでよく見えなかったが、振り向いた時に見せた彼女の顔は、落胆にも見えた。


 背後に回った優奈が次に取るだろう行動も気がかりだが、今はそっちではない。振りかぶって、怯えきって動くことのないシェイドの身体を貫いた。まばゆい光の中で動く者は誰も居なかった。







……これが、非情だけど僕ができるこの子への救い。



 せめて僕が奪ったこの子の友達と一緒の世界へ……

















……



 無言。ただ一言も発さない。

 僕は一体何なのだろう。


 自分の与えられた役割。それは恐ろしい死を受け、悲しい思いと共にこの世界に縛られた魂を鎖から解き放つこと。




 何度も出会ってきた。

 何度も繰り返してきた。



 何度も裏切った。

 何度だって逃げようとした。



 そんな僕は、彼らにとってどんな存在なんだ。

 神にでもなったつもりか。

 こんな驕れた僕に導かれて、あの子達はどう思っているのだろう。



 これ以上この世界で苦しむ必要が無くなって、喜んでくれているだろうか。


……そんなはずがない。偽善だ。


 僕は決して誇れたような人間ではない。

 ならば、ただこの与えられた役割を果たすだけの機械に成ろう。

 だけど……






「……考えなくて、いいんじゃないですか?」



 落ち着いた優奈の、落ち着いた声。澄んだ水の如く、僕の心を見透かす。



「少なくとも私は、精一杯している裕也さんを悪く思う人は無いと思います」



 少し下を見ると僕の影だけが、僕の後ろに長く伸びている。



「お前が俺になる必要は無い。お前に力があるうちは俺の代わりを果たしてもらうが、お前の心は在りたいように在ればいい」



 YOUの声が全身に響き、迷いに満ちた心に波が立つ。不意に見せられた優しさに思わず涙がこぼれた。

 優奈にはYOUの声は聞こえることはなく、僕が優奈の言葉に涙したように見えたのだろう。大の大人の男に涙に戸惑っている。それがとても微笑ましかった。




 秋の夕暮れに向かって顔を上げて歩く。







 まだ、がんばろう。


 僕はまだ、自分の足で未来を歩けるのだから。








 裕也君は今、明日を迎えるために踏みとどまらなくてはいけない時間を過ごしています。

 いつの日か裕也君の悩みが晴れ、自分の在り方を認めることが出来るようになることを祈ってください。


 第七章、閉幕です。

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