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「鬼ごっこ」





 桃色に輝く大鎌を持った青年は、自分より少し背の低い痩せ型の体型の男性が横たわる和室を後にした。再び彼を呼ぶ声がする。

 次の襖の向こうは廊下だった。切り裂いた襖をまたいで廊下に出ようとしたその時、目の前を小さな子供くらいの大きさのものが横切った。走るようではなく、すーっとすべるように移動していった。

 あまりに唐突の遭遇に青年も息を呑み、一瞬動きが止まった。すぐに我に返ると影を追う。






 キャハハハハハ




 オーニサーンコーチラ 手ーノナールホーウへー




 


 そんなに移動する速度は速くないが、捕まえるにはやや速い。あえて青年との距離を保つかのように速度を調節しているようだ。逃げていくと言うよりもむしろ誘導するように廊下を滑る。青年が追いかけて出た先は、広めの調理場と思われる土間だった。いつの間にか影はいなくなっている。




 とん とん とん



 小さくかすかに、何かを叩くような音がする。その音がどこから来るのか、青年は全神経を集中して探った。


「何の音だ……?」



 かぜのおとー




 青年呟きに答えるようにどこかから声がした。声がしたと思われる方へにじり寄り、埃を被った机の影や、物がひとつとして残っていない棚の裏を見るが、何かが潜んでいることも無い。




 とん とん とん



 再び音がする。音はわずかに上の方からするようだ。そーっと天井近くに目線をやる。雨戸を閉められた窓の上に、引き戸がある。おそらく人が暮らしていた頃は皿や鍋などの収納に使われていた棚だろう。音はそこから来たような気がする。




 なんのおと?



 また声がした。その声は音が聞こえた方とは違うところから聞こえてきた。そっちへ青年は首を向ける。だがその直後




 がたがた がたん!



 先程目をやった引き戸から大きな音が響いた。

 油断していた青年の心拍が跳ねる。全身が硬直する。違う方向へ向けていた首をゆっくりと音が響いた棚へ向ける。


……


 引き戸が半開きになっている。


 暗い闇に包まれ、その奥はよく見えない。

 じっと凝視していると、何も手を触れていないのに戸が鈍く、ずっずっ、と開いていく。

 生唾を飲み込む。目を逸らすことができず、見開いたままになっていた。十分に開いた引き戸の向こう、その棚に入っているものがだんだん分かってきた。



 人。


 こんな棚に、無理やり押し込まれている。首は曲がり、肘と手首は折りたたまれ、一目見てこれでは生きていないと分かる無残な形状をさせられていた。




 とん とん とん



 今度は音ではなく、声だった。人を仕舞い込んでいた戸棚から目を背けていた青年が集中を取り戻す。




 なんのおと?



 おばけのおとー!





 その直後、がたん! と大きな音を立て、引き戸が床に落下した。そして、どちゃ、と重たい物が落ちる音が続く。








 クスクス……







 音の主は関節と言う関節がおかしな方に曲がった恰幅のいい男性だった。おかしな方向に曲がったままの腕と足が動き出す。床を掻きむしり、徐々に青年の方に向かう。腹が天井を向いているのに顎は下を向き、爪先はしっかり地を捉えている。おかしな格好のためやはり動きは遅かった。青年は鎌を振り上げ、胸部に突き立てた。

 その刃は何も貫かず、そのまま土間を捕らえた。青年が視線を右に遣ると、その先にはその格好からは想像できないほどの速度で腕と足を動かし、床を這いずり回って移動する姿があった。



 まるで昆虫。その動きはもともと人間であった物がすると極めて不快で、おぞましいものだった。そのまま移動し、壁を捉え登っていく。首が回って、虚ろな目のまま無表情に青年の姿をじぃっと見つめる。

 壁に張り付いた元人間に向けて刃を振りぬく。意外と機敏な動きで壁の上を駆け、なかなか捉えられない。天井付近まで移動すると、跳んだ。そして青年の真横に落ちる。関節はさっきと逆の方向に曲がってちゃんと身体を支えていた。低い位置から青年の足首に向かって手が伸びる。それを躱し、金色の柄尻で打ち伏せる。だがやはり滑るように横へ移動していき、止められない。地面を掠めるように何度か薄桃色に輝く大鎌を振るが、不規則に、そして刃の流れる空気を感じ取っているかのようにしてそれは逃げ回り捉えられなかった。


「……ここは広い。どういうことかわかるな?」


 青年と同じ声が彼の頭に響く。頷き、元来た方へ走る。






 マテマテー





 捕マッタラオ兄チャンタチガ鬼ダヨー





 嬉々とした声が響き渡る。背を向ける青年の後ろから、まるでガサガサと音が聞こえそうな動きで迫る。見た目と想像以上に速い。だが、青年の走る速度にはおよばない。ところが変な風に跳ねる。机に飛び乗り、そしてさらに跳んで青年が入ってきた廊下の前に先回りした。

 これでは通れないと判断した青年はきびすを返す。それを跳躍と気味の悪い動きを繰り返すことで追いかけてくる。跳ぶ度に腹が上になったり、下になったりする。だが生気を感じない眼を持った首だけは常に同じ向きを保っていた。






 ナカナカ捕マラナイネー。鬼ゴッコ上手ダナァ





 ネエ ユキチャン、アノ三人ノオ兄チャン、体ニ二人居ルケド、モウ一人ハオ姉チャンダヨ。

 オ姉チャンハ体ニ居ナイ。ソレニ井戸ノ水ミタイニ冷タクテ、キレイダヨ





 ホントー?! オラ、全然ワカンナカッタ。早ク オ姉チャントモ遊ビタイナー





 ソレニシテモ オ兄チャン達スゴイネー。オラ達ト モットモット遊ンデモラオウネー







 闇の中で交わされる会話が届くことは無い。青年は捕まらないように逃げながら周囲を探る。土間とつながった部屋が一つ見える。暗がりの中のためはっきりと分からないが、机、椅子、棚が置かれた手狭な空間だ。立体的に動き回り、行く手を塞ぐ様に飛び跳ねる虫をこの土間で相手することは至難、と青年は判断していた。わざと大振りに鎌を振り回し、虫がその部屋の入り口から遠のくように牽制する。相手が青年から十分な距離を取った直後、青年は背を向けて走り出しその部屋に飛び込んだ。もちろんおかしな虫も追いかけてくる。

 部屋の中央あたりで振り向き、真っ直ぐ迫ってくる相手に対して大鎌を振り下ろした。青年の動きを虚ろなままの目で凝視していた男性はそれを避けて置かれていた椅子を押しのけ、机の下に入り込む。青年が少しだけ口元を上げた。

 木製の机には、虫が潜り込んだ辺に椅子が一脚、ほかの辺には二脚ずつ置かれている。人がスムーズに通り抜けるだけの空間は無い。がんっ! と強く蹴って、虫が入った拍子に押し出された椅子を押し込み更にスペースを奪い動きを封じる。がたたっと机が激しく動く。下に居る人であった虫が机を跳ね除けようと暴れているが、巧くいかないようだ。

 何度目になるだろう。青年が大鎌を振りかぶる。机が邪魔になっているにもかかわらず今までと異なり彼の目には確信を映し出されていた。机の下めがけて振り下ろすと多数の脚の間から閃光が走る。





……



 光が治まった時、青年の持つ桃色に輝く大鎌は大きな机を何の抵抗も無く貫き、その下に這いつくばっていた男性を床にはりつけにしていた。もう動くこともない。金色の柄も机の天板を通り抜けている。今は刃も黄金に輝く。先とは異なる物のようだった。

 息を整えた青年は手にした大鎌をふりまわし、柄尻を床に突き立てた。両手を胸の前で音を立てて合わせ、何もない空間をこじ開けるように開く。



……


 青年の眼前に扉が姿を現した。





 それは巨大な、本当に巨大な扉だった。門と言って差し支えないほどの。

 そしてそれはとても荘厳だった。ギリシャ神殿やルネサンス時代の彫刻、絵画も比べてしまえば色褪せて見え、まるでそれをモチーフにした、あるいはその扉のレプリカであるかのように錯覚させる。



 黄金の鎌は堅く閉ざされたその扉を切り開き、刃から光の粒があふれだす。粒が吸い込まれていくにしたがって刃は再び桃色に戻っていった。


 光を解き放ちきった大鎌は自らその身を起こし、青年の手に帰った。



 その始終、二つの影は青年に襲いかかることも無く、発する言葉を失ったかのように身を強張らせ、闇を通して今のが何であったのかを感じ取っていた。







 ……ナニ? アレ……





 危ナイ…… トテモ怖イ……






 消ソウ…… アノオ兄チャン、モウオトモダチジャナクテイイ……





 ソウダネ。オ姉チャンダケデ…… 二人ノオ兄チャン、モウイラナイ……










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