「玩具(おもちゃ)」
にえたかどーだか たべてみよー……
追いかけている途中、通り過ぎた一つの部屋から歌が聞こえてきた。子供の時にやっていた「あぶくたった」の歌詞の一部。
だけど途中? 僕が相手しているのではない。
つまりここだ。
「待て!」
声を上げて襖を開く。
……だめだ。何度やっても違う部屋の前に飛ばされる。
クスクス……
おーにさーん こーちら……
くそ、今度はどっちだ。もう時間がない。
……左の方からか。目だけで左手の方を探る。黒っぽい何かがこちらを窺っている。
息を整え、少しだけ足をリラックスさせる。そしてレクイエムを握り直す。大きく息を吸い込み一気に駆け出す。黒い影がさっと引っ込み、襖を閉める。その襖にレクイエムを突き立て、そのまま薙ぎ払った。
パンっ! と大きな破裂音が立つ。かつて家屋に根を張った男の子のシェイドと戦った時のように、横一文字に切り裂かれた襖が上下に大きく捲りあがった。そこから入る。別の部屋の前に飛ばされることも無い。
今僕が居るのは無音の世界。このまま急いでシェイドを抑えなくては。
……スゴイネ
スゴイネ
三人ノオ兄チャン何ダロネ
モット遊ビタイネ……
ソレジャア ミンナデ遊ボウヨ
ジャア呼バナイト……
クスクス……
クスクス……
……
巨大な刃が桃色に輝く大鎌を手にした青年が、暗闇に閉ざされた和室の中で周囲に意識を配りながら歩を進める。
小さくかすれたような声が聞こえる。
コッチコッチ……
声がする方に、誘われていく。道を閉ざす襖のすべてを手にしている大鎌で切り裂いて進む。その瞳、表情は鬼気迫った。
コッチコッチ……
追っ手への恐怖が無いかのようにさらに誘う声。青年は表情を緩めず先へと進む。
何部屋か通過し、また別の部屋に入ったところでを何か動くものが一つ、隅で動くのが見えた。青年は眉をひそめ、さらに一段表情を引き締める。隅で動いた何かがゆらりと立ち上がった。それは青年よりもやや背の低い、痩せ型の成人男性だった。その動きは脱力しており、緩慢。一歩前に出るたびに首が据わっていない赤ん坊のようにカクカクと揺れる。
「……危険だな。ハンドラーか」
青年の頭に声が響く。
「ハンドラー?」
青年の声が部屋に静かに響く。
「その名の通り、支配し操るものだ。あれに襲われたのならば、もうあの者達は助からん。魂は囚われ、すでにこの世界には無い。躊躇わず始末しろ」
クスクス……
ガオー
低く呻く声とともに痩せ型の男性の両腕が上がる。マリオネットによく似ている。
苦渋の表情をした青年は右手だけで巨大な鎌を握り、男性の頭上を一閃する。途端に腕が落ち、畳の上に崩れた。
アーア
ソーレ モウ一回
先程からしている声とともに再び立ち上がり近づいてくる。さっきよりも動きが滑らかで、明らかに速い。人の姿ではあるが、その意思はここになく別の者が握っている。まさしく人の形をした繰り人形。
「捕まるな。本体がどこにいるかわからん」
頭に響く声に従って青年は距離をとり大鎌を構えなおした。それは操られているのではなく自分の意思で動いているかのようにすばやく的確に青年の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。青年は短く握りなおした金色の柄でその腕を払いのける。人形は払いのけられた腕とは逆の腕を伸ばしてくるが、大鎌の柄に再び払われる。それを何度も繰り返し、徐々に徐々にお互いの間合いが狭まる。後退していく青年は徐々に壁際に追い詰められていった。
人形が両腕を開き飛び出した。大鎌を持つ青年が床を転がるようにして避けると、ばすっと破れる音が室内に響く。体勢を整えた青年が振り向くと、人形が飛びかかったところの襖に大きな穴が開いていて人形はそこに居なかった。見失った人形がどこから襲ってくるか分からない。青年は今のうちに呼吸を整え、四方のどこから来ても良いように意識を張り巡らせる。
突然左側の襖が破れ、そこから腕が飛び出した。距離があったので掴まれることはなく、即座にその方向に大鎌を振る。しかし腕は大鎌が届く前に穴から引き抜かれ、広く真一文字に切り裂かれた襖の向こうには何も居なかった。再び闇に意識を張る。
数回大きく呼吸をする間があった。上方から上がった、みしっと言う音に気をとられた次の瞬間、木片を散らし、天井が砕けて人形が落ちてきた。その体格からは予想が難しいくらいに力が増し、着地と同時に叩きつけた腕の反動で畳がわずかに浮き上がる。前方に飛び込み前転して躱した青年が後方に向かって鎌を薙ぐ。人形はさらに低い姿勢をとってその鎌をくぐり、両腕をバネにして立ち上がろうとしたが、突然バランスを崩した。先程振り下ろした腕の関節が増え、あらぬ方向に曲がっている。
よろめいて立ち上がった痩躯の腹に、駆け寄った青年が利き足で蹴りを入れる。バランスの悪い姿勢にタイミングよく蹴り込まれたと言うのに、押し返されただけで人形は倒れることなく踏み止まった。咳き込むことも無い。だがほんの少しだけ動きを止めた。
その時を待っていたかのように青年は素早く一歩踏み込む。左足を軸に体を回転させ、右足でさらに踏み込む勢いをそのまま大鎌に乗せて相手の胸に刺し込んだ。
血が噴き出す代わりに光が数瞬、闇に包まれた部屋全体を照らす。光が失せるとともに痩せ型の成人男性は完全に倒れこんだ。
……アーア ゼンゼン動カナクナッチャッタ
スゴイネ、鎌ノオ兄チャン
楽シイネ。モットモット遊ンデクレルカナ……
無邪気な言葉が聞こえているはずがない。大鎌を手にした青年の顔は晴れず、口を真一文字に結んでいた。