表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/69

「夜行(やぎょう)」





 朝から空気に感じる熱も弱くなり、見上げれば空高く筋を引く雲が目立つ。力強く緑を放っていた木々や草花もさすがに疲れてきたのか少しその色を薄くして、ところどころに乾いた部分を作っている。虫の音もがちゃがちゃと騒がしかったものから、澄み渡って凛とした涼しさを運ぶものへと移り変わってきた。


 だんだんと秋を感じるようになってきた。大学もすっかり後期が始まっている。だけど授業はまったくと言っていいほど無くなった。これじゃあ夏休みとほとんど同じ生活だ。ゼミと家の往復ばかりで、たまにある授業が息抜きみたいなものだ。本末転倒な気がする。

 大分卒論の方にも目処が立ってきて、僕はまた就職活動を再開した。一社として採用通知をもらえていないし、今までずっとやってこれなくて相当ギリギリ、むしろアウト。振り返れば振り返るほど、事故に遭うまでの自分の行いが悔やまれてならない。


 収入の無い仕事の方は優奈に会った時以来、ずっとマジメに続けている。たとえどれだけ疲れていたり、時間が押していたりしても。彼女のように見捨てられる者を出さないように。

 面接の時間に間に合わなくなったこともあった。チャンスを失うことは残念だが、比較の対象に挙げることなんかできない。


……偽善にみえるかもしれない。

 僕だって本当なら自分の事を考えた行動をしたい。だけど、誓ったんだ。

 やせ我慢と言われてもいい。取り返しのつかない裏切りをした僕ができるせめてもの罪滅ぼしは、このくらいのことしかない。


 優奈の遺体を引き揚げてから二ヶ月。この間で導いたのは変性前の人達が十六人、シェイドが二人。三日から四日に一人くらいのペースだ。初めの頃は二、三ヶ月くらいで三人とか四人とかだったことを考えると、相当に多くなってきた。前は二、三週間で十人以上導いた事があったが、これは対象者が増えてきた、と言う事よりも僕の意識が変わって避けて通ることをしなくなり、遭遇する機会が増えたと言うことだろう。確か三須浪を中心にしたこの地域の総人口は五、六十万くらいあったはず。その人口からすれば微々たる数だが、僕が遭遇するだけでもこの量。知らないところで起きていることも数多いであろう事を鑑みると、僕が想像していたよりも遥かに多い非業の死に愕然としてしまう。世界中がそうなのか、それともこの国だからこうなのか。それは知る由もない。


 考えてはいけない。考えれば心が潰される。思考を麻痺させてやらなくては、僕の何かが壊れてしまうような恐怖に駆られる。だけどまだ、僕はこの手の大鎌を棄てるわけにはいかない。



 優奈は今も僕達と一緒にいる。僕があれほどの失望を彼女に与えたと言うのに、優奈は憑いたまま。

 あの日、彼女に言った。このまま家族の傍で、また僕が来るまで一緒に居たらどうかと。彼女はその時僅かに迷いを見せた。しかしきっぱりと言い切った。


 いつか、自分の手で壊してしまうことが怖い。だから憑いていく、と。


 最期まで自分を愛した家族への慈しみを持ち続けている優奈に、僕は改めて自分の過ちに打ちひしがれた。

 でもこれはチャンス。彼女がレクイエムを受け入れる勇気を持つきっかけは失われていない。だから僕はレクイエムを手にし続ける。たとえ膨大な非業の死を目の前にしたとしても、まだ壊れるわけにはいかない。その使命を持つ以上、僕は立って生きる。

 だが難点があった。優奈の覚醒と休眠は僕たちからでは干渉できないことだ。僕たちが導きに出かけたとしても、彼女が偶然覚醒状態でなければ、僕達がどのようにしているのか彼女が知ることはない。

 それから、彼女が起きていても彼女が僕たちをサポートしてくれることは無い。シェイドを相手にした時彼女は起きていたのだが、レクイエムの当たらないくらいの距離から、ただ浮いて見ているだけだった。


……もともとサポートを期待しているわけではないし、彼女自身がレクイエムに対して恐怖を抱き、僕達の行動を信頼してはいない。凍りついた心を溶かすのを急ぐつもりはない。彼女が自分から出てきてくれる、その日を待つ。だから、今は見ていてくれるだけで良い。



 ところでレクイエムの刃は全体が薄桃色になってきた。何だかかわいい感じだ。業の力が結構貯まってきたらしい。今の状態で全快の何分の一になるのだろう。これまでで一体何人分やってきたのかよく覚えていない。

 それにしても半年を越えてまだ完了しない。運の要素も強いがもっと精力的にやっていかないと、もし就職できても続けていることになるだろう。そうなるとまたしてもいろいろな信頼を失ってやっぱり窮地に立つ。嫌だ嫌だと駄々をこね、途中でサボったりした結果がこれだよ!


 あえて就職浪人を選ぶか……。でも就職浪人すると後々厳しい世の中だし(ネット情報)……

 それじゃあ大学院? 院試はとうに募集の終わってるところが多い。春にも試験をしている所を探すにしても、果たして今の状態で勉強できるだろうか。それに合格したとしてもこれ以上両親に世話を焼いてもらうのも……。学費を自分で稼げるかわからないしな。っていうか、稼げるくらいならそこに就職しろと言う話だ。

 最終手段は卒論を落とす、または休学届出して来春から大学五年生。


……駄目だ。どの手も悪手にしか思えない。「人生オワタ」、とどこかから聞こえてくる。


 頭が痛くなる一方だ。




 稼ぐといえば、普通の魂を導くのとシェイドを導くのでは、シェイドを導く方が相当に業の力を稼ぐことになるという。あの苦労を考えたら正当な報酬といえるだろうけれど。少なくとも二十倍、高いと五十倍くらいにはなるそうだ。力が強くなったものほど当然高い。ブレイズなんていったらもう破格。


……でも、そのために導くつもりは毛頭ない。








 そんなことを思い返し、両脇に広がる咲き誇るコスモス畑を見ながら歩く。だんだんはっきりしてくる首筋がひやりとするあの感覚。これをYOUは遥か遠くから感じ取っているのだから、本当に信じられない。全快のYOUは一体どれほどの存在だったのだろう。


「ここだ」


 頭の中で僕の声が響く。目の前にあるのは人が住まなくなってからしばらく経っていそうな古びた家。大き目の和風の家だ。ここに来る用事はさっきまでなかった。

 卒論の関係で遠出するようになって、最近は行ったことのないところにぶらりと出かけるのが趣味になった。いつもは利用しない路線の電車に揺られている途中、YOUが察知した。できるだけ近くの駅で途中下車してYOUが感じる方へと向かう。随分遠くて、一時間は歩いてきた。大分涼しい季節になったとはいえ、日中の日差しを受け続けるとなるとまだまだ暑い。疲れた。見知らぬ土地で方角しか分からないのだから、バスやタクシーを使って行けるかわからないので、仕方なく歩くことにしたのだが、これからも移動手段を考えないといけない。自分用の車があれば便利なのだが、あいにく僕は持っていない。近い将来原付を持つようにしよう。


「時間が経っているかも知れぬ。十分に気をつけろ」


 建物のサイズに加えて庭が広く、入り口は長い垣根の向こうの方だ。門の前には先客がいた。作業着を着た男性二人。恰幅のいい人と、痩せ型の人。中年の上司と新入りの部下、と言った関係だろう。なにやら大きめの紙を広げている。それを折りたたみ、恰幅のいい上司が胸ポケットにしまいこみ、中に入っていく。


 まずい。あの中はシェイドの巣。僕は慌てて走り出した。


 門をくぐり、庭を駆ける。人がいなくなってほったらかしにされた庭は雑草が生い茂り、庭木の枝葉は好き勝手に伸びている。ちゃんと手入れされていれば和風の家屋にマッチした心落ち着く姿であっただろうに。

 そんなことより、まだ領域に入り込んだ感覚がない。僕が庭に入った時にはすでに二人の姿はなかった。中に入った二人がシェイドに見つかり危害を加えられる前に何とかしなければならない。最悪目の前で……


 引き戸になっている玄関に手をかけた瞬間、無音の世界が広がり、目の前が闇に包まれた。








……



 意識ははっきりしている。だが、何も見えない。触れるものも無い。もともと音も無い。二本の足で立っている感覚だけはある。自分がどうなっているのかわからない。真っ直ぐ立っているはずなのに身体の平衡感覚がはっきりせず、ふらふらする。気持ち悪い。


 レクイエムを引き抜き、杖代わりにしよう。

 地面に柄尻をつき立てたその時、闇が開けた。


……ここは家屋の中か。日中だが雨戸が閉めきられ、真っ暗だ。かすかに日の光が入り込んでいなければ、何も見えないかもしれない。あたりを見渡すが、僕の周囲に先ほど僕が手をかけた玄関は見当たらない。引きずり込まれ、どことも知れない部屋に飛ばされたようだ。僕が居る部屋は畳敷きの八畳ほどの部屋だ。少しかび臭い。よく目を凝らすとクモの巣も十分に張っている。

 先に入った人達も僕と同様どこかに飛ばされているのだろう。彼らを早く見つけ出す、または何か起きる前に本体を導かなくては。



 襖を開けると、そこは板目の廊下。すでにここはシェイドの腹の中。どこから何が起きるかわからない。いつものように集中し感覚を研ぎ澄ませ、部屋の外に出た。





































 クスクス……








 クスクス……







 来タヨ……




 来タヨ……






 オトモダチガ五人モ来タヨ……




 三人ダヨ……?




 ソンナコト無イヨ、五人ダヨ……






 二人タリナイヨ、オカシイネ。……アア、ソウカ。アノオ兄チャン、三人ダ







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ