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「ただいま」






 さらに五日後。警察が直接僕の家にやってきた。それまでの間も電話があって、任意で、と言われたがほぼ強制的に現場検証に二度召集された。その場では特に追及されたりすることはなく、僕は日常を過ごしていた。無実をあえて主張することはしない。無理だ。医療記録なんかもたどられたら言い訳なんてできやしない。いよいよ連行されるか、と覚悟を決める。ところが遺体遺棄事件と僕はまったくの無関係で、大変申し訳ないことをした、と言う。遺体の身元、僕の通っている大学、大学での研究、友人を含めた僕の身辺、そして僕につけていた監視の結果、不審な点、不審な行動がなかったとも言われた。怪我の件は何故か不問。これが一番不審なはずなのに、全く話題に上らなかった。

 初日に僕の取り調べをした刑事さんが玄関先で僕に謝罪し、ちょっとした菓子折りを手渡して帰っていった。


……想像はしていたが本当に監視がいたんだ。ドラマみたいだ。


 そう言えば怪我の事だけじゃなく原付を借りた事も話題に出なかった。高志は何も言わなかったのか……。


 僕は本当に、周りの人々に支えてもらっている。

 当然じゃないか。そう、当然のはずなんだ。当然じゃないと、いけないんだ。

 そう思うと、僕には言葉がないことに改めて気づく。




 その日の夜、ニュースを見ていた。


「次は、ひと月前に起きた女子高生行方不明事件の続報です。家族の祈りは、届きませんでした」


 僕の目は画面に釘付けだ。

 遺体発見現場の上空映像、モザイクつきだが彼女の通っていた高校の映像が流れる。

 そして被害者の写真。


 テロップとして出てきた名前は、大伴優奈。


……間違いない。

 インタビューを受けている人々全員が口をそろえて言う。あんなにかわいくていい子がどうしてこんなことに、と。

 そしてニュースはそのまま淡々と事実を伝えていく。


「……犯人と思われるグループは三週間前に三須浪みすなみ市で起きた爆発事故で全員死亡しており、被害者との関係などの調査は難航しています。またこの爆発事故はこのグループに対する怨恨の線が強く……」


 警察もやっぱりバカじゃなかったんだ。優奈の事件もかなり絞り込んでいたから、遺体の身元確認とともに僕は容疑者から外れた。このことに関しては一安心だ。ニュースは最後に彼女の葬儀の日取りを報道して別のコーナーに移っていった。





 部屋に戻って転がって考えていた。

 僕は優奈の葬儀に顔を出すべきだろうか。


 警察は遺体の身元などの情報を僕に伝えることはなかった。誰の遺体か聞くまでもなく知っているし、細かい住所だって彼女が協力的でいてくれるならすぐにわかる。そう無意識に認識していたから、僕も聞かなかった。そんな僕が、さも知っていました、といった感じで現れるのは不自然な気がしてならない。


「裕也さん」


 五日ぶりに声を聞いた。遺体発見から五日間、ずっと水の中から出てこなかった。ずっと寝ていたのか、それとも起きていても出てこなかったのかわからない。その彼女が久しぶりに口を開いた。


「連れて行ってください…… 最後にもう一度…… パパとママの顔を見たい……」

「……聞いてたんだ」

「連れて行ってください……」

「……一人でも、行けるだろう? 僕が行っても……」


 僕が行っても事実は何も変わらない。深く刻まれた傷が浅くなるようなことはない。もしかしたら余計に深くしてきてしまうことだって有り得る。……怖い。


「一緒に来てほしいんです…… 私一人じゃ…… 怖くて…… 行けなくて……」



……全く、僕は何度この子を失望させたら気が済むんだ。もう、腹を括った。

 僕には彼女に伝え、彼女を慈しむ言葉がない。だったら僕自身でみせよう。




 もう彼女を裏切らない。人を信じてもいい。

 これ以上辛く苦しい思いのない、心安らかな地に導いてあげる。

 だから、僕を信じてほしい。




 決して声にしない、無言の言葉。いつか彼女がそれを聞いてくれるまで、僕は……











 父に喪服と車を借り、優奈の住んでいた町に行く。優奈が道筋を教えてくれるがどこでどう人に見られているかわからない。あえて道行く人に聞き、店に入って尋ねた。

 優奈の家の近くに駐車できるところを見つけ、そこに車を停めて徒歩で向かう。彼女は今朝からずっと覚醒状態にあり、僕の後ろを歩いてついてきている。


「……歩いて帰りたいの。あの日も…… そうするはずだった……」


 首だけで振り返りちょっとだけ彼女に微笑み頷いて、また前を見て歩き続けた。



 彼女の家の前は白と黒の垂れ幕と提灯で飾られていた。お葬式の時によく目にするものと同じ物。そこに出入りする人たちの多くは涙し、浮かべている表情のすべては無念の極み。想像していたとおり優奈と同世代の女の子たちが多い。誰もが信じられない、と漏らしていた。

 これからの希望に満ち溢れているはずの彼女達。その一員だったはずの優奈。今はこのような悲しみに暮れているが、彼女達もいつかは喪が明け未来に向けて歩き出すのだろう。それを絶たれた優奈は今、友達を目にしてどんな気分なのだろう。


 以前調べた。「シェイド(Shade)」は暗がり、陰、そして亡霊を意味する言葉。そしてそのシェイドの亜種に付けられた「ブレイズ(Blaze)」は炎やまばゆさ、そして爆発と言った力強い言葉。優奈はその言葉に相応しいほどの力を持つ。

 だけど彼女の種族に与えられた名に隠された、もう一つの意味。今はそれが僕の頭を離れない。……悲しいほどに。



……「地獄」。



 一体今、彼女はどれほどの苦痛に囚われているのだろう。僕では、理解しきれない。






 優奈の死を悼む人々の間を抜けていくと、すすり泣きの中ぶつぶつ小声で話しているのが聞こえる。


「あらかじめ言っておくが……」


 聞きなれた僕の声。YOUだ。僕が意識していなくても勝手に口が動いて声が出る。いきなりやるのは本当に止めてほしい。しかもYOUが話している間は文字通り僕が口を挟むことができない。YOUが僕の身体に間借りしているのに。


「優奈、お前はすでにこの世界の魂に在らざるものだ。本来ならばここで己の死を見つめ、未練の大半を諦め、次なる世界へと旅立たなくてはならぬことを知る。そして、扉が開く」


 YOUから彼女に、またはその逆に話をすることは出会った時以来一度もなかった。別に敵対しているから、ということではないが、必要もなかったのだろう。


「……だが、お前は違う。すでにその自覚がある。だが扉は開かなかった」

「……」

「お前はそのままの姿で『はじまりのもと』には行けぬ……。有害なのだ」


 なんてことを言うんだ。僕がどれだけ強く念じてもYOUは聞かない。


「……お前を救い導くためにも、お前にレクイエムを受け入れてもらわねばならぬ」

「嫌…… 痛いのは、苦しいのはもう絶対に嫌……」

「痛むのはほんの一瞬だ。それ以上の心の痛みを受け続けて、お前は永遠に漂うというのか……? 見ろ、周りの者を。この者達はお前の友人、お前の親類、お前と縁のある者達だろう? それらの誰一人お前に気付かぬ。そこは、永遠の孤独ではないのか」


 YOUなりの説得らしい。どこか冷たく聞こえるが僕には反論できる点がない。だけどレクイエムによって導かれるというのは、シェイド、ブレイズとして再び死ぬ、ということだ。そのことを直感で悟っている彼女は、頑なにこばむ。


「このままではいずれお前の残された心もすべてが歪む。そうなっては……」


―……YOU、もう止めてくれ。ここで彼女を刺激しても何にもならない。……それに今日はこの子の言うことを、全部聞いてあげたいんだ―


 これは譲れない。静かに、強く念ずる。どうか聞き入れてくれ、と祈るように。


「……わかった。騒がせてすまなかったな」


……YOUが謝るなんて初めてじゃないだろうか。戸惑うじゃないか。

 YOUが僕の口を使って喋っていたこともあって入れなかったと言う事もあるが、ここに来てやはり一歩が踏み出せない。玄関の前で立ち止まる。だけどもうここまで来てしまった。引き返すことなんてできるわけがない。


 それに、覚悟を決めただろ? 僕が優奈をこんな地獄に落とし込んだんだ。そして彼女を救い上げるのは僕しかできないんだ。


 大きく一呼吸して僕は敷居をまたぎ、優奈の家の中へと入る。














……



 ただいま、と声がした。とてもちいさく、……とても寂しそうに。







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