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YOU -the song for death-  作者: れいちぇる
おまけの章
25/69

「みえる人」

 第五章のおまけです。三年前に投稿していた「YOU」には入れていなかったエピソードです。いつか「YOU」シリーズとして投稿しようかな、と思っていたのですが、挿話としてこのタイミングで。

 それではどうぞ。




「シャワー浴びてる時にさ、いや別にお風呂で頭洗ってる時とかでもいいんだけど、……な~んか後ろが気になることって、無い?」


 あるある~

 いんや。あーでも……ないことは、ないか


「大抵そういうのって気のせいに決まってるんだけど、うちのお兄ぃの時はそうじゃなかったのよね……」


 まったく、こいつらいつものん気だよな。夏場に怪談話ってそれはそれはスタンダードで結構なことだ。だけど俺は嫌いだ。


「その日、特に何か特別な日ってことでもなくて、むしろ大安でさ。すっかり油断してたらしいの」


 別に仏滅とか赤口の時でも気ぃ張らないんじゃね?


「ゆう君はそういうこと言って話の腰を折らないの。そんなだから…… 止めとく」


 ナイスアシスト。さすがは裕也。空気読めよ。俺が止められた続きを言ってやる。そんなだからもてないんだぜ、お前。


「……で、続きね。その日お風呂でシャンプーしてる時にやっぱり後ろが気になったらしいの。まぁ、私が脱衣所兼洗面所に出入りするし、覗いたりすることがあるからまた香奈かな、くらいにしか思ってなかったらしいんだけど」


 ってお前、その歳になって兄貴風呂覗きって…… 全員気付いてるが何も言わない。

 それにしても何度目だ。今年に入ってからも性懲りもなく怪談話に花が咲くのは。

 俺は嫌いだ。怖いから、とか自分の身に置き換えてしまうほど想像力が豊かだから、とかそういう理由じゃない。もっと複雑だ。


 関係ないものまで来るからだ。


 話の続きも気になることは気になる。だが巻き込まれたら面倒だ。止めさせようとしても結局隙を見て再開される。もう諦めている俺はそっと退席する。



「……で、気付いたの。背中を流れるのはシャンプーの泡じゃない。もっとヌルっとした…… それにしっかりした形のあるものだ、って。

 それが何なのか確かめよう、って背中に手を回したら丁度背中を伝う物とぶつかったんだ。お兄ぃよりもむしろそのぶつかった物の方が驚いたみたいで、勢いよく背中から離れたんだって。バッてお兄ぃが振り向いたらね……」










「お風呂場のタイル壁から、肌色の蛇みたいなのがぬるぅって生えてて、その先に付いた人の手がお兄ぃの背中をずっと撫でてたんだ……。見られたことに気付いてすごい勢いで付け根の染みに吸い込まれて、その染みはすーって移動して消えちゃったらしい。





 以来家のお風呂場はお兄ぃがきれいにするから染みが一切ありません。ちゃんちゃん♪」












……



「帰ってきたな~」


 さっきの怪談話の、俺の退席後の要点を裕也が話す。裕也はアタマがいいくせに使う方向をいつも間違えている。マジメに正規のルートで考えようとするよりも、どこか違うポイントを探す。もうこれはクセと言った方がいいかもしれない。その洞察力を、空気を読むことに向けるべきだ。少しでいいんだ。

 それに数学が出来ないから文系で行く、とか言っていたが、こいつの根っこは理系だ。理系の俺が言うんだから間違いない。数学の成績が低迷するのはお前が変なルートで答えに行こうとするからだ。ぐちゃぐちゃになるんだ。王道で行けよ、普通に。


 どうやらさっきの風呂場云々のことでこの近くに何か来た、という事はないようだ。至って平静。気にしすぎるのも良くないとは思う。だけど、そういう体質なので完全に気にしないでいられないのが現実だ。





 夕暮れの帰り道。剣道部に入っている俺は稽古後の汗をさっさと落としたくて足早に家に向かっていた。そう言えば昼間の話の舞台は風呂場、だったな。想像したりする程度で同じケースに出会うって事は今まで一度もなかったから今日も平気だろう。それにしても知らない腕に背中を流されるなんて気味が悪いなんてものじゃないな。

 そんなことを考えながら交差点で信号待ちをしていた。向こう側にも一人、小学生の女の子が信号待ちをしている。



 青。



 当然一歩を踏み出す。女の子はそこから足を踏み出さない。どうしてだろう。気にするな、という方が無理だ。横断歩道の真ん中辺りまで来たとき、女の子がこっちを見た。にたぁっと口角を上げる。


 途端に冷や汗が噴き出す。

……気付くのが遅れた。この子、厚手の長袖を着ている。








……



 足早に家を目指す。くそ、嫌な汗だ。前出くわしたのがかなり前だから警戒していなかった。昼間感じたのは虫の知らせ、とでも言ったところか。無視するんじゃなかった。足早に家を目指しているが、その道筋はいつもよりも遠回り且つ複雑だ。

 おそらく無駄だとは思う。どうしたわけかああいう連中は俺がどこに居るのかわかるらしく、捲くことができたためしはない。




「おかえり、タッ君。ご飯の前にシャワー浴びちゃいなさいー」


 母さんが台所の方から声をかける。しっかりと扉を閉めた俺はなるべく平静を装って適当に返事をする。


「タッ君は止めてくれって言ってるだろっ ……タオルある?」

「乾かしたのが畳んであるわよー。まだしまってないから縁側においてあるからー」


 相変わらず間延びした語尾。いつもと変わらない家。ちょっと落ち着いた。

 タオルを取りに縁側へ向かう。そこから外を見渡してみるが、小学生くらいの女の子はどこにもいなかった。逃げ切れた、なんて甘い。今日これからしばらく油断できない。


……くそ、本当に嫌な汗だ。




 例えこれからしばらく嫌な感じが広がると分かっていても、風呂上りはやはり気持ち良い。新しいシャツとトランクスに着替えて扇風機の前で転がっていた。


「タッ君~。お風呂の窓、ちゃんと開けておかないとダメでしょー。湿気が逃げないわよー」


……しまった。開けてなかったな。夏場はただでさえムシムシして、カビがるんるんする季節だと言うのに。






「こんな中途半端にあけてー。覗きでもするつもりだったのー?」



……。なんだって? 開いてる? 俺は開けてない。開けてないぞ。


 この日の晩も、前と同じでほとんど眠ることが出来なかった。







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