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「何かいる」



 お婆さんを導いた後、そっとその場を離れた僕はそのまま歩いてバス停に戻る。

……次のバスが来るまで五十分。いや、あの事故があったのだから多分来ないと考えた方がいい。このバス停に降りた時に決めたように歩いてお寺に行くことにしよう。今は昼の二時前。到着するのは三時を過ぎるだろう。もう一度連絡を入れ、遅れる旨を伝えたところ快く受け入れてくださった。

 汗を拭いながら到着したのは蝉時雨の山の中、竹林に囲まれる不思議な雰囲気の寺院だった。蒸し暑い夏なのに笹の葉が立てる爽やかな音がとても心地よく、自然と心が落ち着いてゆくのを感じる。自分を見つめなおすのにすごく良さそうだ。

 そんな中でちょっと気味の悪い写真をカバンに忍ばせ今日も取材。お話を伺った最後に写真を渡す。予定よりも一時間以上遅れた上に、こんな仕事も頼むだなんて重ね重ね失礼な人間だ。それなのに嫌な顔一つせず、おくびにも出さず、丁寧に受けていただいた。下げた頭があげられない。


不躾ぶしつけで本当に申し訳ないのですが……」

「いえ、いいんですよ。でもまぁこう言った相談にいらっしゃる方、少ないもので……。普通にお焚き上げによるご供養をさせていただくことしか出来ませんが、それでもよろしいですか?」


 もちろん構わない。少し興味があったので見せてもらえるかと頼んでみたのだが、この場でお経を詠んですぐ焼いてしまう、というスピード作業ではないようで後日になるそうだ。今日のところは、と丁重にお断りされた。それなら仕方ない。僕のようにその場で導くこととは状況が違うのだろう。ニ、三日後連絡をすれば見せてくれると言う。それならそうさせてもらうことにしよう。


「あ、三岳さん。それから……」


 帰る直前に呼び止められる。




……



 境内を出て、ケータイを手に取る。マナーモードを解除しようと画面を開くと留守番電話のアイコンがついていた。誰だろう、と思いながらケータイを操作する。


 2件の新しいメッセージがあります、1件目のメッセージです、とテンプレートな案内があった後再生が始まった。



「……あ、ミッキー。今お寺? 後でかけなおすわ。ごめんな」


 保存するか、と聞かれたが当然NO。


……2件目のメッセージです




「……あ、み、ミッキー。あ、あ… … な、 …かん、うま …言 … …ん。… … い気 … ち悪…… と…… く ……わ ……ら来… … くれ…… かな。ほ…… ……むわ。こ……」



 ぶつっ 保存する場合は、1を……




 何だ今の。ものすごくノイズが走っていてよく聞き取れなかった。もう一度再生して聞き直そうとしたが、次はすべてがノイズに置き換えられてしまっている。



 なんて言っていたのかさっぱりわからなかったが、放っておくわけにはいかなさそうだ。

……それだけは間違いない。







……



「ここだけどよ……」

「ん、さんきゅー」

「何で俺じゃなくてお前に電話いくんだよ」

「気にしない気にしない」

「なるっつーの」

「直接お前に言えないことなんじゃね? もともと僕を経由するつもりだったとか」


 釈然としない感じのままカレシが呼び鈴を鳴らした。

 我ながら苦しい言い訳だ。彼女の住まいを僕は知らない。約束していたが高志を頼らざるをえなかった。写真の話は伏せてある。


「アキ~。俺だよ、開けろよー」


 がちゃんと鍵が開けられ、少しだけ軋む音を立てて戸が開かれた。扉の向こうには長い日々病気にさいなまれていたかのような彼女がいた。顔は青ざめ、少しやつれたようにもみえる。今日の午前中ゼミ室にいた僕のところを訪れた時はあんなにけらけらと能天気な様子を見せていたのに。


「何でタカシさんが来とるの……?」

「俺が来ちゃいけねぇっつーの? 何かあったのか、てかなんで毛布被ってるんだ?」


 夏だというのに彼女は頭から毛布を被って縮こまっている。……あの写真がらみの何かがあったのだろうか。……嫌な感じはある。だが領域に踏み込んだ気配は無い。シェイドやブレイズによるものではなさそうだ。それだけで少し安心だ。

 目の前にいるのが高志で、一番信じている者に抱えられてほんの少しだけ気が抜けたのだろう。ふらっとして身体を預けてしまった。



……高志の顔つきがなんだか険しい。


「な、車いこ。ここじゃお前キツいだろ。……よくここに一人で居られたな」


 小さく頷く彼女を抱えるようにして部屋から引きずり出す。高志は彼女の背後、つまり屋内をずっと睨み続けている。毛布の中身がしっかり出てきた後、僕に頷き扉を閉めさせた。





 あのメッセージを聞いた後、時間の猶予はあまりないと感じた僕はお寺でタクシーを呼んでもらい、最寄駅まで戻った。そして急いで自分の家に帰って父の車を借りてきた。現在夕方六時前。もともと帰ってくる予定の時間よりもちょっと早い。その代わり費用はかかった。お金で時間を買う、そんなことをお父さんが言っていたと思うが、どういうことなのかちょっと理解できた気がする。

 僕が運転席に座る父の車の後部座席で、高志はずっと大丈夫だったかと彼女の体をさすって気遣い続けている。その間中もずっと彼女の部屋の方への警戒は怠る様子が無い。僕としてはそっちの方が気味が悪い……。それに、何があったのか、それが一番気になるはずなのに聞く素振りがない。まるで知っているかのようだ。



 聞かれていないがアキちゃんはぽつりぽつりと話しだした。


 ゼミ室に来て僕に会った後、帰宅してから彼女の部屋がどうもおかしいらしい。ずっと誰かに見られているような感覚があったり、得体の知れない音が頻繁に立ったり、一人しか居ないのに耳元で何かに囁かれるといった怪現象に見舞わられていたそうだ。挙句少しでもベッドの上から離れようとすると寒気が襲い、足がすくんでしまってその場に縛り続けられてしまった。


「怖かったんやもん…… 動けんかったもん……」


 可哀想なことにずっと震えている。がんばって部屋を出たらよかったのに、という空気を読まない事を言わなくて正解だった。

 そして高志を連れてきたことは、間違いなく正しかった。高志じゃなかったら彼女をあそこから引っ張り出すことは出来なかっただろう。すがりついて嗚咽をこぼしている。


「悪ぃ、裕也。今日コイツ俺んちに泊めるわ。送ってもらえねぇかな」


 お安い御用だ。二人を乗せたままギアを入れた。










……



 相変わらず部屋がちらからないように心がけている高志の部屋のベッドの上で、今もカタカタ震えている。相変わらず顔面蒼白で、せっかくのかわいい顔が台無しだ。高志がずっと付きっきりでなだめていた。日も沈みきって闇が深くなった頃、比較的落ち着いてきた。彼が僕に話がある、と彼女の傍らから立ち上がろうとすると無言で服の裾を引いて傍に居ることを要請する。

……ったく、高志にはもったいないかわいい子ですよ、ええ。


「……ここまで憑いてこなかったから安心しろって」


 今、何て言いました?

 高志がため息をついて僕の方を見る。


「見えるんだわ、俺」

「へ? 何言ってんの?」


 即座に聞き返してしまった。


「だから、みえる人なんです」


 五年も付き合ってきて初めて聞きました。今の僕もみえる人の一種ではありますけど……

 困惑する僕をみて、ちょっと自嘲するような顔をした。


「でさ、居るんだわ、コイツの部屋に。すぐに引き払った方がいいんだけど、一度戻ったら今度は憑いてくるかもしれないだろ? 俺が行って何とかしてくるべきなんだろうけど……。どうしたらいいんだろうな……」


 本当に困ったようにつぶやく。僕らはまだ何も言っていない。二人の写っていた写真に起きた不可解な事象も、そのことについて僕が彼女から相談を受けていたことも。

 嘘や見栄から来る台詞とは思えない。……この五年の間、今まで口にしなかったと言う事実が更に僕を納得させる。




「僕が行ってこようか? そう言うことにはめっきり鈍いもんだしさ。確認とか、物を運び出すだけだったら向こうもあんまり相手にしてこないんじゃないかな」


 似た様な立場にあるとはいえ、あまりに特殊すぎて信じてもらえないだろう。混乱させるだけだ。だから僕は嘘をつく。

 原因を取り除いてきてやる。今の僕は誰よりも死に近い。YOUも居るし力もある。多分高志が行くよりも有効に対処ができる。ただ、高志に見えていたモノが僕には見えていない。シェイドではないが、危害の度合いを測れないのが非常に危険だ。


「……いや、いい。アキがもっと落ち着いたら俺が何とかするわ」


 わずかに思考を巡らせたようだが、どうやら彼の中では答えが決まっている。まったく、こう言う性格なのはわかっているけど、少しは頼れよ。……今までの僕を見てるから、余計に頼れないのかもしれないけど。

 それに、僕がしようとしていることを高志に見られるわけにはいかない。教室でレクイエムを出していた時も何も言わなかったから、レクイエムは高志にも見えないはずだ。だけど何か不測の事態があっても困る。あえて僕一人で行かなくてはいけない。


「だーいじょうぶだって。気にすんな。着替えとか要るだろ?

……あ、お前彼女にワイシャツ貸したりとかして、ちょっと萌え~なシチュ作ろうとかしてんじゃね?」

「一人じゃ危ねぇって言ってんだよ!」


 わざとおどけて大したことないと印象付けようとした僕に対して怒声を上げる。その様子に彼女だけでなく僕も驚いてしまった。……こんな風に声を荒げるのは本当に久しぶりだ。高志の態度が、今僕たちが居る状況に冗談が通じないことを教える。


「……ごめん。はじめてなんだ、こんな身近な人に憑いてるの……。俺にだったら何とかなるけど。どうしたらいいのかわかんねぇんだわ。焦ってもイラついてもどうしようもないのにな……」



「だったら、余計ここに居ろって。僕に任せとけ」


 態度を改め、真正面から彼ら二人を受け止める。なおの事退けない。ここは僕が行く。確実に魂を導く力のある僕ならば……







 高志さんの彼女の名前は「千秋」です。彼女の友達が「『チアキ』は言いにくい!」と言いだして、みんなから「アキ」と呼ばれるようになりました。で、高志さんはそのまま呼びなれた「アキ」で通しています。


「安芸」じゃないです、念のため。怒られる前にthe☆言い訳。ご迷惑おかけいたします。

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