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「ゆーちゃん」






「……少し早かったかな」


 つばのない白い帽子を被った、少し短めの茶色の髪をした少女がつぶやく。左手につけた小さな腕時計に目をやって、その後きょろきょろとあたりを見渡した。


「ひさしぶりだもんね。それにちょっとキめてこいって。あはは、どこに行くのかな」


 独り言が少し多い。それだけ待ち人に会えるのがうれしいのだろう。


「はい、おっはよ!」

「ぅわぁっ!」


 背後から突然肩を叩かれ、少女は思わず背筋をのばした。


「感心感心。時間通り…… んー、ちょっと早めの到着ごくろう」


 少女の肩を叩いたのは背の高い女性だった。日本の平均的な成人男性と見比べても遜色ない。もしかしたら、彼女の方が高いかもしれない。


「お、おおおお驚かさないでくださいよ、声裏返っちゃったし! ……でも来たばっかりなのによくわかりましたね」

「ゆーちゃん可愛いもん。オーラが違うからすぐわかるって」


 ここは大きめの街の駅。日も落ちた今の時間、帰宅を急ぐ人々でごったがえしている。雑踏の中で長身の女性と会話している少女は本当に嬉しそうな顔をしていた。


「って言うのは、ウ・ソ! 三十分くらい前から居たんだよねー、降りてくる人がみーんな分かる位置にずっと。ゆーちゃんに会えるのが楽しみでさっ! で、ゆーちゃんが出てきたのを見つけてこっそり後ろに回ったってわけ」


 長い髪をなびかせ明るく笑う。すらっとした長身に、比較的小さな顔。いわゆるモデル体型の女性だった。美女と美少女がたわむれるその絵に、行き交う人々の視線がよく向けられていく。


「えー…… 嘘ですか……」

「拗ねない拗ねない。可愛いって所は嘘じゃないから!」


 そう言って自分よりもずっと背の低い少女を抱き寄せ、頭を撫でた。二人とも笑顔だ。特に包まれている少女の方はとても穏やかに嬉しそうで、再会を心から喜んでいることが見て取れる。


「ひぁっ?!」


 急に裏返った声を出し、長身の女性から離れる。両腕を交差し胸部を防御。顔から火を噴かんばかりに真っ赤になってどう反応したらいいのか分からず混乱しきっている。


「あれ? 成長した? 意外にあるね」


 ワキワキと右手を動かし、なめるような眼つきで少女の体を見回す。


「それじゃ、まだちょっと早いから少しうろついてから行こっか」


 女同士のじゃれあい程度のつもりなのだろう。そのまま何事も無かったかのように背の高い女性は少女の背後に回り、両肩に手をやって少女を押すようにして足を進めた。そんなことしなくてもちゃんと歩く、という少女の申し出を断り、しばらく押しながら歩いていく。





……背中を押す女の顔から、それまでの笑顔が消える。帽子を被った頭を見下ろし、不気味に口元をゆがめた。









……



 だんだん明らかになっていく夜の街は昼間とは違った明かりに満たされて、闇と光のグラデーションが美しい。太陽の下では隠されていたイルミネーションに彩られるショーケースの世界に少女は目を惹かれた。

 駅で待ち合わせた女性がよく行くと言うブティックに立ち寄り衣装を物色する。少女はその華麗さに心躍らせた。連れの女性は店員に、推薦などせず粗相しない限り好きに見せてやってほしいと頼み、気ままに彼女が商品を選んでいく姿に顔を綻ばせている。

 少女が心惹かれた服を手に取り体に合わせ、笑顔で鏡を見ていた。そしてやはり気になったのだろう。四、五枚連なるタグの中から値札を探し出し、確認する。そして肩を落とした。彼女の使う店と比較することさえおこがましい。気を取り直して、ほかの商品を見ていく。服のほかにも少数だがショールや靴、ブレスレットなども置かれている。しかしそのどれもが彼女の想像通りの価格。


「今のバイト、倍やったとしても無理…… です」


 そうぼやく少女の姿を見守っていた女性はけらけらと笑いながら近寄っていく。


「あたしだってそうそうほいほいと買わないわよ。結構吟味して、無理してんの、こう見えてもね」


 苦笑いを浮かべる女性をみて少女も安心したような笑顔を見せた。


「……折角だから、何か買ってあげようか?」


 その申し出に少女は嬉しそうに返事をした。しかしすぐに、それじゃあ、と物を選び出した女性を呼び止め、気持ちだけで嬉しい、と満面の笑顔で断った。


「私にはまだ早すぎるかな~、って。また今度、もうちょっと大人になったらお願い。ね」


 そう甘える少女の笑顔に、助かった―、と女性は正直な声を漏らした。



……



「ねね、ゆーちゃんってやっぱまだカレシいないの?」


 店を出て唐突に尋ねる。突然の質問に少々驚いて、答えるまでにちょっと間が空いた。首を縦に振る。


「もったいないねぇ」


 並んで歩いていた女性は少女の前に出て、両手を少女の肩に乗せ、目を輝かせまじまじと少女の瞳を見つめて言った。


「どーだね、オジサンにその純潔を任せてみては!」


 一瞬きょとんとした。その後どうしても押さえ切れなかったため、大きな声でお腹を抱えるようにして笑った。それを見て背の高い女性もにへら、と顔を崩した。

 しばらく談笑しながら街中を歩く。道行く男に声をかけられる事があったが、長身の女性が適当にあしらい追い払う。夜に私服姿で街を歩くことのない少女は、初めての経験に戸惑いながらもこの時間を楽しんでいるようだった。


「はい、ここね。そろそろ人も入ってきてるから、より雰囲気あるんじゃないかな」

「……私、入っても大丈夫なんですか?」

「だーいじょうぶ大丈夫。平然としてたらわっかんないから。……それにオトコに連れられたゆーちゃんくらいのコ、結構来てるのよ~?」


 背の高い女性がそう案内したのは、あるビルの地下にある少し広いバーだった。今日はここで月に一、二度開かれる会員制のパーティーがあるのだと言う。奥のテーブルで向かい合わせて席についた。


「……大人なムードでしょ?」


 素直に頷く。薄暗がりの屋内で、カウンターの後ろのグラスや瓶の並べられている棚が、周囲よりも少しだけ明るい照明に少し下から照らされて輝く。椅子もテーブルも店内の空気に相応しいように深い色をした木製の物に統一されていた。落ち着いた大人の雰囲気に好奇心あふれる目つきで店内を見渡していた。連れの女性が飲み物を注文する。少女が耳にしたことの無い名前。おそらくアルコールが入っているだろう。


「まだ私未成年ですけど……」


 そんな少女の良識は却下され、そのまま注文が通された。却下されたがしばらくごねた。だがそれも根拠の無い自信で押し通されそうになる。そんな押し問答を繰り返しているうちに注文した物が届く。自分の前にあったコースターの上に置かれた。


「でも……」


 最後の抵抗。


「いーって、いーって! きれいでしょ? 飲んだことないっしょ? 黙ってたらわかんないって。だから、ほら! ほっとんどジュースみたいなもんよ、おいしいから!」


 強引に勧める。受け取るしかなかった。無色透明な底からだんだんと色を濃くしていく赤紫の層が鮮やかなカクテル。グラスに注がれたその美しい景色を前に、興味はあるのだがなかなか前に進めない。


「なーんてね。こんな可愛いコ、ここで酔わせてどーすんのよ。あたしが席外したりなんかしたらあっという間にこわーいお兄さん達の餌食&オカズにされちゃうって。だから、はいこっち」


 そうおどけながら少女に自分の前に置かれたグラスを手渡す。だが、それも訝しんでしまい飲もうとしない。


「信用無いなー。マスター、これ入ってないって言ってあげてよ」


 カウンター奥で客をもてなしているのはまだ若く、背の高い女性とほとんど変わらない年齢と思われる男性だった。彼がノンアルコールであることを保証する。多少苦味があるが、使っている柑橘類のソースに加えられた皮の風味だとのことだ。

 連れの女性は最初に渡したカクテルのグラスの中身をすっかり飲み干していた。その姿と人当たりの良さそうなマスターの笑顔を見てある程度安心した少女も自分の分をおそるおそる口にした。

 ……確かにこれはノンアルコールのソフトドリンク。それもさわやかで、おいしい。わずかな苦味もこの程度なら気にならない。これならば遠慮は要らない。一気に飲みこそしなかったが、グラスの半分くらいがやや渇いていた彼女の喉を潤していく。




「あ…… あれ? ふらふら、し て……」


 そのままテーブルの上に突っ伏した。コースターに置いたグラスがコトンと軽く音を立てて倒れ、残っていた飲み物がテーブルに広がる。体を起こそうとしてもうまくいかない。戸惑いと混乱のみがそこにある。




「あ…… れ?」


 そんな少女の様子を見て、向かいの席の者が口元を歪めながらゆっくりと立ち上がった。



「ようこそ。あたし主催のパーティーに……」




 それを合図とするかのように、周囲の男女が全員立ち上がり彼女達を囲む。

 少女の意識は深い沼に沈むかのように薄れていった。











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