「立会」
桜も開花し、満開まであと少し。
現在新しい学期。
つまり僕の大学生活最後の年。就職先は決まりません。
ですが、この冬から春の間にも三人分、僕は仕事をしました。
本当なら、僕のこの仕事なんてない方がいい。
人死にが起きたという事なんだから。
仕事を見つけたのは全部街に出て行った時だ。すでに街に行くのが嫌になっている。
だけど行くしかないじゃないか。就活だってそこを中心にしているし、別件の用事だってあるんだ。どうしたって人が溢れる中に身を投じなくてはいけない。まったく、煩わしい限りだ。
……一人目はショーウィンドウに映っていなかった人。この人は見つけた時からなんだか暗い表情をしていたから、予感はしていた。僕に見えなくなった状態なのだから何らかの形で亡くなる。この人はおそらく自殺だろう。
しばらく後をつけていったが、僕に気付く様子もなかった。暗い顔のまま口を開くことも無く、静かに自分の死に場所へと向かう。
……そうだと分かって僕はその後を尾行る。まったく、悪趣味なんてもんじゃない。気分がどんどん悪くなる。
……
結局最後まで僕は彼の言葉を聞くことは無かった。
揺らがなかった。
止めることなんて叶うはずがない。最期に顔を上げ、あざ笑うかのように周囲を見渡す。
そして踏み切りに飛び込んだ。
僕以外にも見ていた人たちは多数。絶叫が響き渡り、付近は混乱に満たされた。僕の他に動く人はなく、仕事をするには邪魔がなかったのが幸いだ。もちろん僕だって十分に混乱していたのだが、どんな形であれ必ず迎えるとわかっていたから動けただけだ。
轢かれた彼は存外踏切の近くに居た。跳ね飛ばされた直後に路線脇の柵を突き破るようにして引っかかっていた。よく聞くように五体が飛散して…… ということは幸いなく、原型を留めてくれていた。
車輪とレールに挽き潰された左半身と、鳩尾から下以外は。
左腕と下半身はどこに行ったのだろう。
探す気なんて起きるわけがない。
ある人は路上のホームレスの人と口論になって、胸と腹を何ヶ所も刺された。前のように電車の窓に映っていなかった人だった。
……電車はホントにいけない。不特定多数を一度に、しかも確実に観察することができてしまう。僕も窓を見ないように見ないように努力しているのだが、元来の性質なのか違和感に気付いてしまう。気付いた後はYOUが必ず催促してくる。前回もそうだった。響くような声は本当に頭に痛い。それに耐えかね渋々足を向けている。
……
些細なことだったのに。
ワンカップ片手にフラフラ歩いていたホームレスのおじさんがぶつかってしまった。ぶつかった相手の服をワンカップにまだ入っていた酒で汚してしまった。
たったそれだけ。
殺し、殺されることに大きな理由なんて要らないらしい。
刺されたスーツ姿の男性につばを吐き、酔っ払ったままの浮浪者はほろ酔い加減でその場を去っていく。捕まえることもできそうだったが、かつてと同じくそんな暇なんて無い。
そもそも僕まで刺されたら……。折角拾った命をまた粗末にするような行為は避けておきたいと言うが本心だ。
うつ伏せで倒れていた会社員を仰向けに起こして上着を脱がせる。着ていた白と青の細かいストライプのワイシャツは、もともとの生地の柄の面積の方が小さくなっていた。慌ててシャツも脱がせたが傷が多すぎる。僕の手で押さえきれない。
「誰か! 誰かお願いします! 手伝ってください!」
……だけど誰も来てくれない。
時間と場所が悪い。道を挟んで向こうにはすぐ公園があって、夜だというのに微妙に人影はある。僕の声が届いていないとは思えないが状況は見えないだろうし、面倒事そうなので関わりあいたくない、と言うのが一般的な反応なんだろう。
どうすることもできない僕はまた救急車を呼び、結局参考人として連れて行かれた。
……
……一番ショックだったのは就職活動で出て行った日。
帰りの時に乗ったエレベーターでの事だった。扉が閉まったときに気がついた。
「うへぇ……」
思わず声が漏れる。扉が鏡のようにぴかぴかだ。入った時にも居たし、そして僕の後ろに気配はある。
だけど、前を見れば僕の後ろに誰もいない。
……最悪だ。
その人は降りた後しばらくは何ともなかった。だが、突然狭い路地に引きずり込まれた。
本当にびっくりした。まわりにも結構人がいるが、特に気付いていない。どうして気付かないんだ。
さすがに助けようと思って僕も追いかけたが、走り出すまでのほんのわずかな時間で見失った。大慌てで警察に連絡。やってきた警官に背格好や服装の特徴を伝え、僕の連絡先を教え、そこから先は警察に任せた。
……
午後三時には終わっていると言うのにもう夕方だ。なんだか帰るに帰れない。そんな気持ちで街を歩いていると、YOUの声がする。方角を伝えると、また聞こえなくなった。
夕闇が足早に伸びていく。言われた方に結構歩いた。橋の下に放置されている車がある。上の橋は線路のようだ。
すごく嫌な確信とともにその車に近づく。
車の中に人の気配はない。鍵もかかっている。
薄暗いこの時間、さらに薄暗いこの場所で、もっと薄暗い車中をよく見ると、大きな何かが中にある。動かない。反対側にまわり込んで覗き込む。
……エレベーターの中で見た女性だ。
衣服は裂かれ、暴行を受けたあとの様だった。首に深い切傷(?)が見える。薄黄色だったはずのスカーフと、その上から首を絞めている布が赤黒くなっている。
……むごい。相当怖かっただろう。
こんな密閉空間だが、レクイエムにはまったく関係なくてよかった。向こうが一体どんな世界なのかは知る由もないが、少なくとも彼女をこんな恐ろしい現実に留めておくことの方が、よっぽど気の毒だ。
僕が大きく振りかぶり、刃を振り下ろしたのとほぼ同時に、上から轟音が響き渡る。
……
……それにしてもとんでもない運命を背負ってしまった。自分が事故に遭ったことで、まさかこんなことになろうとは。
一人で全部やることになるかと思っていたが、少しはYOUが手助けしてくれるようだ。僕が見失った時は彼が方向を教えてくれる。
……最初に僕が認識しないとダメのようだけど。
やはりあらかじめ僕が認識することが前提なのか、普通一般に老齢や病気で亡くなる人たちのことには、YOUはまったく関与しない。かなり近所で二件葬儀があったが、姿はおろか声もなかった。亡くなったということがわかっているのに、催促されることもない。
……ひょっとして自然死の場合はやらなくてもいいのだろうか。
それなら初めての時から今日までの数ヶ月、全部で六人というのも少し納得だ。いくらなんでもこれだけの人口で六人分しか死神の仕事がないってことはおかしいだろう。安心だ。
……
……でも冷静に考えれば、そうなると立ち会わなくてはいけないのはすべて凄惨な現場。
いつまでやらなくてはいけないんだ