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第十話

 



「巫山戯るな!! 私はダンタリアン公爵家の当主だぞ! 貴様ァ! 見るからに低脳な癖に私の身体を乗っ取るとは何様だ!! そこに直れ! 貴様のようなふざけた人間は私直々に成敗してくれる」


 靄がかかった薄暗い空間にドチャクソ美形な貴族がいた。


 よくみたらヴィクトルだった。


 そして今の自分の姿を確認すると、そこにはスーツ姿の冴えないオタクな前世の姿の俺がいた。

 姿が見たいと思った瞬間、無の空間から鏡が現れた。便利な空間なのね、此処。


「うーん、やはりこっちの姿の方がしっくりくるなあ。懐かしい」


 中肉中背の平凡ルックス、どこにでもいるサラリーマン。


 やはり俺といえばこれだなあ。

 長身美形の公爵閣下なんて俺の柄じゃないね。


「しっかし、どこだここ……」


 あたりをキョロキョロと見回した。


 真っ暗な空間で足元はゴツゴツの岩肌だ。空は暗雲が立ち込めて時折不気味な色の稲光が走り、どこからともなく変な生き物の鳴き声だかうめき声が聞こえてくる、なんとも居心地も治安も悪い感じで、間違えても日本でも公爵邸でもなさそうだ。


 俺はルシたんとセレナさんと公爵邸の自室で家族並んで幸せに川の字になって寝ていたと思ったんだが、興奮して鼻血を出しすぎてあのまま昇天してしまったのかな?


 まぁいいか。俺が死んだってことはクソクソクソクソクソヴィクトルも死んだってことだし、クソ親父が消えたら残されたセレナさんとルシフェルで支え合って幸せになれるだろう。


 覗き見たヴィクトルの記憶を辿る限りあの家の癌はヴィクトルだけで、セバスチャンも他の使用人も基本的には真っ当な人物だ。

 ヴィクトルが怖くて母子を助けられなかった感じだし、彼らへの情状酌量は十分適応するだろう。


「聞いているのか低脳!!!!」


 真ヴィクトルは先ほどから唾を飛ばしながらブチギレているが俺の元には辿り着かない。

 何故ならヴィクトルはいま、崖のへりにぶら下がって今にも下に落ちそうになっているからだ。


 ははっ、ばかだなあ。しおらしく「助けてくれ」って言えばワンチャン助ける可能性があるかもしれないのに。


 あ〜、でもこいつのせいでルシたんもセレナさんもかなしくて辛い思いをしたんだっけ?


「やっぱりナシ。落ちろクソ男」


「!!!!」


 俺は伸ばしかけた手を元に戻すと、今にも真ヴィクトルが落ちそうな崖の下をのんびりと覗き込んだ。

 崖の底はだいぶ深く、うっすらと熱風が吹いてくる。

 下はマグマ? もしくは地獄の釜ってやつかね。ヴィクトルは倫理観も善性もないクソ野郎だから地獄行きでもなーんもおかしくない。


「おい! もし私を助けるならば、寛大な私は愚かな貴様にも慈悲をくれてやろう!!」


 そろそろ限界が近いのかヴィクトルは顔を真っ青にして、幾分怒りのトーンを落としながら必死な顔で話しかけてきた。


「へえ。慈悲って?」


「私の身体を奪った罰として一太刀で首を落として楽にしてやる!」


「あっそ、助ける気マイナスになったわ」


 俺はあくびをすると、興味のなくなったヴィクトルがぶら下がっている崖から早急に離れることにした。

 本当は掴んでいる手を踏みつけて落としたいけどあの感じだと自力で這い上がるのは不可能だろうし、わざわざ俺が手を汚す必要はないね。


 背後から「おい」とか「戻って来い」とか情けない声が届くが、俺には何も聞こえませーん。


 俺はこの空間に居続ける理由も真ヴィクトルを助ける理由もない。

 このまま死後の裁判を受けたとしても、こんな人間の屑をルシフェルたちの元に戻らせなかっただけでだいぶ善行ポイントが加算されるとおもいますよ。




「ァァァァ!!! ふざけるな!! 絶対に許さんからなゴミクズがァァァァ!!!」




 あら、ヴィクトル落ちたのかな?

 振り返ると崖下からものすごい怒声を叫びながら、さっきまでしがみついていた美形貴族が消えていた。


 あぁ、よかった。ヴィクトルは奈落に落ちたのでこれで正真正銘あの体は俺のものだね。


 やっぱり、まだまだ死ぬわけにはいかない。


 俺はルシフェルにこの世で一番幸せにするって決めたんだから。

 しわしわのおじいちゃんになるまで、この心身を息子に捧げさせてもらうぜ。


 あばよヴィクトル、なさけないお前に変わって俺がルシたんとセレナさんを幸せにするから、お前は指を咥えて地獄の底からみていろよな!!



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