第一話
短期連載です。100%ストレスフリーな話を書きました。
悪役ラスボスのパパになった主人公が開き直って楽しく生きるお話です。
頭が痛い。
そう思って目を開けると見慣れぬ天井が見えた、朧げな記憶を手繰り寄せ思い出す。
俺は信号無視のトラックに撥ねられて死んだ、日本人のどこにでもいるサラリーマン。
しかし、頭の中に覚えない記憶が頭の中に混在した。
それに、泣かされていた見慣れぬ部屋は目に入るすべてが豪勢で、俺の暮らしている安いボロアパートではないのは明らかだ。
だとしたら病院か? へえ、最近の病室はこんなに豪華なんだな。入院費用は運転手に請求してやろう、俺はしがない安月給の会社員。こんな豪華な個室で優雅に入院できる金があるなら我慢していた新作のゲーム機を買いたいくらいだ。
「旦那様!」
見知らぬ声がした。目線を向けるとロマンスグレーな紳士服の男性がこちらをみている?
はい? 旦那様?
なんのことかと呆然としていると、ふと部屋にあった鏡に写っている自分の姿が明らかに元の自分ではないことに気づいた。
「えっ」
鏡に映る俺はテレビに出てくる俳優みたいに整った顔のイケメンだった。
年齢は20代後半くらいだろうか? 少し顔立ちはキツめだが、高そうなスーツを着た眉目秀麗な美青年。トラックに撥ねられた俺は三十路の独身サラリーマンで、平凡な容姿で中肉中背、どこにでもいるオタク趣味の男だったはずなのだ。
生まれてこの方、配偶者どころか彼女だっていたことのない俺は『旦那様』なんて呼ばれる筋合いはない。
「セバスチャン」
俺の口が自然に執事の男性の名前を呼んだ。
初対面の筈だが、どうやらきちんと身体が持ち主の記憶を保っているようだ。
この白髪の執事の名前はセバスチャン。
ふむふむ、だんだんと体の記憶が俺になじみ始めたぞ。
此処は現代日本の東京ではなく、明らかに俺の住んでいた世界にはない王国。そしてこの部屋はこの身体の本来の持ち主の部屋、この身体の主の名前はヴィクトル・フォン・ダンタリアン。
「(!? ……マジかよ)」
俺は頭を抱え込んだ。
ダンタリアンといえば、俺のハマっているゲーム作品のラスボスキャラクターの家の名前だ。
俺の推しの名前はルシフェル・フォン・ダンタリアン。
俺がハマってやりこんだ乙女ゲー要素のあるRPGゲーム『Angel Angage〜天使の聖剣〜』のラスボスで、この世界の簒奪を狙って主人公と対峙する宿敵なのだ。
ルシフェルは銀髪赤眼の美男子で、剣技も魔法も世界最強。孤独の中で生きてきて初めて対等に向き合う主人公アンジェリカに執着を抱くが、ラスボスの彼はいにしえの悪魔と契約して得た闇の禁術を使い世界の支配と破壊を企み、良くて死の救済、最悪な場合その体を魔王に乗っ取られて永遠の闇に堕とされる悲惨な末路を迎えてばかりのキャラクターなのだ。
「(ルシたんが可哀想すぎて、なんとか救えないか全ルートや裏ルートもやりつくしたけど、主人公の剣に倒される王太子ルートが最期をアンジェリカに看取られるだけ一番ましなんだよな。公開処刑や魔王の器とかどのルートでもルシたんは悲惨な末路を迎えてばかりで目も当てられない……製作陣はルシたんに恨みでもあるのかね)」
そして現実から目を逸らしてたけど、俺は知っている。ルシフェルが完全なる闇に落ちるきっかけとなるいにしえの悪魔との契約。
父親であるヴィクトルは実の息子の手によって、その契約のための生贄にされてしまうのだ。
「(でもヴィクトルの記憶をのぞいてみたけどコイツ、奥さんを子供を産む道具としかみてないし、生まれた息子にさえ虐待みたいな教育をしてやがる。死んで当然のクズだな)」
ルシフェルの母は、ルシフェルが10歳の頃に病気で亡くなってしまうので殆ど情報がないが、ルシフェルの父はゲームにも少し出てきている。
典型的な悪役貴族で実の息子に情のかけらもない冷酷無慈悲なクソ親父だ。
コイツがルシフェルによって消された時はプレイしててスカッとした記憶もある。
でも、ヴィクトルは若い頃はこんな美形だったのね……ゲームに出てくるヴィクトルは肥満デブのハゲ親父だったから知らなかったぜ……ん?
「セバスチャン……ルシフェルはいま何歳だ?」
待てよ、このヴィクトルの容姿からして、今はゲームの時代からだいぶ前なんじゃないか?
「はい、お坊ちゃまは今年で5歳になられるかと」
「!」
5歳だと!? ゲームのルシフェルは確か20歳。まだ15年の猶予があるってことか!?
もしかしたらルシフェルの闇落ちを阻止すればゲームになかったルシたん幸せルートが開拓できるかもしれないってコト?
「旦那様……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。問題ない」
俺は寝台からいきおいよく飛び上がった。のんびりはしてはいられない! まずはすでに始まっているであろう虐待のようなスパルタ教育を速攻辞めさせよう。
ルシフェルは厳しく教育しなくても十分優秀だ。生きてるだけでえらい! 生きてるだけで正解正解大正解!
「ルシフェルは何処に?」
「この時間は訓練場にて剣術の訓練です」
「わかった」
俺はその勢いのままにドアを開いた。
「きゃっ!」
その時、部屋に入ってこようとした人物と鉢合わせになり扉の勢いに驚いた女性は通路の床に尻餅をついた。
「あぁ、すまない……ん?」
目の前の清楚な白いドレスに身を包んだ銀髪の女性を起こそうと俺は手を差し出すと、驚いた顔の女性は呆然と俺の顔を見上げている。
流れるような絹糸のような白銀色の髪の紫の瞳が宝石のように美しいお淑やかな印象の美人だ。
俺はこの女性とも面識はないが、またもや身体の主の記憶で彼女の名前がばっちりわかる。
この女性はセレナ・フォン・ダンタリアン。ヴィクトルの妻でありルシフェルの母親だ。
「閣下……あの……わたし、閣下が倒れたとお聞きして……心配で」
震えた声でそう呟くルシフェルのお母さん。ヴィクトルとは夫婦だというのに偉く腰が低いが仕方ない。この男は妻に用がある時以外は殆ど口を聞かないのだ。
しかも最悪なことにコイツは、先ほども言った通りこんなに綺麗な奥さんを世継ぎを残すための母胎としか見てない。ほんっとうに最低だ!!
「あぁ、ありがとう。もう大丈夫だセレナ。少し頭を打ったようだがきみの心配には及ばない」
「閣下……わたしのなまえを!?」
うるうると目に涙を溜めてセレナさんは震えだした。クソヴィクトルめ、こいつ、どれだけ奥さんにさみしい思いをさせてきたんだ!!
他人様の家庭のこととはいえ、全くもって許せない!!
だが、しかし……。
俺の目線は、無意識に勝手にセレナさんの胸部に向いてしまう。
仕方ない、俺だって一般的な健康な男。巨乳美人に魅力を感じてしまうのは……本能だ。
「?」
「(ヴィクトル……お前……巨乳好きだったんだな)」
俺はセレナさんを支え起こしながら、予想外の自分と冷酷悪役貴族の共通点にそっと胸を和ませた。
隠したって無駄だぞヴィクトル。お前の下賤な下心は全部まるっとお見通しだからな!




