5 メナの力
店から帰る途中で夕食を済ませて家に着いたオルテとメナは、リビングでゆっくりとコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
オルテの家は貴族が住む区域にある一軒家で、三階建ての屋上にはテラスがある。
一階がキッチンやリビングに風呂場などがあり、二階と三階はそれぞれの自室や空き部屋があった。
屋上テラスは晴れた日には良い日光浴の場で、周辺風景を楽しみながら食事も出来る。
「そう言えば、コアトは出てきませんね」
「んー? まぁあいつは気まぐれっていうか、神々は基本俺以上に自由だからなぁ。何かあれば勝手に出て来るさ」
「慣れたとは言え、そんな感じですね。と言っても、オルテが聞いてる事は全部知っているんでしょうが」
「ま、心は読まれないが、基本隠し事は出来ないから諦めだ」
言いながらオルテがコーヒーを飲んでいると、家の裏口が開く音が聞こえた。
すると全身を黒いマントで多い、目深くフードを被った人物が入って来る。
「お? 珍しいな。サボリに来たのか?」
「最近会ってませんでしたね。ゆっくりしていって下さい」
入って来た人物にオルテとメナが気さくに声を掛けた。
「本当ならそうしたいのですが、今回は早急なお願いに来ました」
丁寧な言葉使いで答えた人物はフードを取る。
金髪の短髪で20代半ばに見えるが、どこかまだ幼さが残る端正な顔立ちの青年だった。
「お前がそう言うって事は、面倒事か? フェイ」
フェイと呼ばれた人物はアグナード帝国の現皇帝「フェイ・アグナード」で、オルテとメナの親友であり、クーデターを一緒に成した戦友でもある。
フェイは近くの椅子に座ると神妙な顔つきで話を始めた。
「ある店がテロリストに占拠されました」
「そりゃまた物騒だな。最近は大きな事件は無かったから珍しい。で、どこを誰が占拠したんだ?」
「商業区にある複合店舗で、厄介なのが現在そこにはレトツールの魔法爆弾が展示されています」
どこか聞いた事のある内容に、オルテとメナはお互いを見ると、今日行った場所ではないかとフェイに伝える。
「驚きました。まさかお二人が行っていたなんて」
「まぁ、お誘いがあって偶然なんだが。それで相手の要求は?」
そこでフェイは大きく溜息を吐いた。
「私に皇帝を降りて、自身を指名するようにと」
「それは無理だろ。ってか、皇帝は指名制じゃないのに相手はバカなのか?」
「実際そうなのかも知れませんね。首謀者は『ジョージ・フィッシャー』という、帝都に居た元貴族です。クーデターの後、最低限の金銭を持たせて帝都から追放しました。どうやらそれを根に持っているようです」
オルテたち反乱軍のクーデター成功後、不正が軽微で生き残っていた人物は、ある程度の資産を没収し、まっとうに生きるよう伝え帝都から追い出していた。
それは生きる最後のチャンスでもあったが、たまに昔の貴族生活が忘れられず、逆恨みでフェイに恥をかかせようと嫌がらせをしてくる人物がいる。
ただし、それが国民を巻き込むほどのテロ行為は珍しかった。
「俺たちが動かなくても騎士団でも良いんじゃねぇのか?」
「それが、自分は爆弾の起動方法を知っているから言う事を聞かないと爆破する、と言ってます。そこでレトツールに詳しいメナさんと、最悪の場合の為にオルテさんの力を借りたいと思いまして」
「ただの元貴族がそんな事知ってるとは思えないんだけどなぁ」
「それでも万が一があります」
「で、皇帝陛下は俺たちにどういう解決を望むんだ」
何かを試すようにオルテがフェイに問う。
暫くすると、幼く見える顔からは不釣り合いなほど、鋭い視線がオルテとメナを見つめた。
「犯人は皆殺しにしてもらいます」
「理由は?」
「今回は大勢の民の命が危険に晒されており看過できません。中途半端に情けを見せると同じような者が現れる可能性がある。愚か者には命でその罪を償ってもらいます」
「……いいだろう。確かにあの爆弾が起動すると面倒だしな」
「店の外に犯人が逃げた場合は、こちらで対処します。あと、店の損壊に関しては気になさらなくても結構ですので、思い切りやってくれて構いません」
「それなら、私も久しぶりに遊べそうですね」
「お前はほどほどにな。間違っても倒壊はさせるなよ。それで人質は?」
「偵察部隊の報告では、店員たちが真っ先に一般人を避難させたようで思ったより少なく、爆弾の近くで結界の中に閉じ込められているようです」
「分かった。じゃあ、一仕事しに行くか」
「そうですね。さっさと終わらせて、たまにはフェイとゆっくり話でもしましょう」
オルテとメナは飲みかけのコーヒーを一気に飲み干すと、フェイと一緒に席を立つ。
そして表に止めてある馬車に乗り込み、現場へと急行した。
******
オルテたちが現場に付くと、建物の周辺には騎士が配置され、近くの住民はすでに避難させていた。
物々しい雰囲気に、夕方ルシスと別れた建物とはまるで別の物に見える。
「オルテさん、メナさん。良く来てくださいました」
馬車から降りると、近くに居た男性騎士の一人がオルテたちに頭を下げて挨拶をしてきた。
オルテたちも軽く頭を下げる。
「状況はどうなってる?」
「現在建物の外には数人の見張りを置き、他は中で人質を盾に閉じ篭っています」
「あの爆弾、本当に犯人は動かせそうなんですか?」
「それは不明ですが、帝国の技術者たちでも起動出来なかったので、ただの脅しではないかと。ですが用心に越したことはありません」
「犯人の数は?」
「偵察班の報告では20人ほどだと。爆弾が展示されている所に犯人も人質も集まり、人質は手枷をされた状態で、魔法の結界で閉じ込められているようです」
メナが建物を入り口を見ると、出入り口の前と建物の二階に数人の人影が見えた。
「確かに外に何人かいますね。建物上部に居る者が持っているのは、狙撃型魔導銃ですか」
レトニアスから持たされたのは生活に必要な物だけではなく、一部の武具もあった。
魔導銃は自身の魔力を銃弾として打ち出す武器だが、魔力が弱くても魔石を装填する事で使う事も出来る。
魔法が不得意でも、魔力が使えない場所でも使え、汎用性の高さから大陸では広く扱われていた。
通常の火薬を使う銃もあるが、威力は魔導銃の方が高く暴発の危険が少ないため重宝されている。
「武具屋でも売っているとは言え、あいつら何もんだ?」
「すでに調べは済んでいます。どうやら指名手配犯や殺人などを犯した重罪犯罪者の集まりなようです」
「なるほど。だから、フェイは見せしめに殺しても良いと考えたようですね」
フェイの要望にオルテとメナは納得していると、男性騎士が口を開いた。
「陛下はクーデター時、自らその手を汚してでも今の帝国に変えてくれました。今回の判断を過激と言う者もいますが、自分は陛下を判断を尊重しています」
「……あいつは良い部下を持ったな。後は任せろ」
オルテは男性の肩を軽く叩くと、建物の入口へメナと向かった。
建物の入り口は閉められ、門の前には剣と鎧で武装した男性が三人。
その建物の二階の窓には魔導銃を構えている男性が二人、銃口をオルテとメナに向けていた。
オルテが片手を上げると、男たちに気さくに話しかける。
「よぉ、クズ共。元気にしてるか?」
「あ? なんだてめぇは!」
喧嘩腰のオルテの言葉に、男たちの剣と銃口が一斉に向けられた。
「おっと、皇帝陛下の使いの者だ。お前たちの要求に対する答えを言いに来た」
「なんだ。ようやく皇帝を辞める気になったのか。これで俺たちも約束通り貴族になれるぜ」
男たちは愉快そうに笑う。
「じゃあ、伝言を伝えるぞ……『馬鹿は死ね』だそうだ」
「は? ……!」
言い終えた瞬間、オルテの後ろから二発の銃弾が放たれ、男二人の眉間を貫いた。
悲鳴を上げる間もなく、二人の男性は地面に倒れる。
オルテのすぐ後ろには両手に拳銃を構えたメナが居た。
「て、てめぇ!」
近くに居た一人の男がオルテに斬りかかろうとするが、それよりも早くメナが動き、剣でその首を一閃する。
赤い飛沫を撒き散らして胴体が地面に崩れ落ちた。
一瞬の出来事に建物の二階に居た二人の男が一斉にメナに向けて魔法の銃弾を撃ち込む。
「弱い……その程度の魔力では私の髪一本切れませんね」
魔法の銃弾はメナに当たったが傷などは無く、まるで身体に吸収されるように消える。
燃費が悪いメナの身体には、大抵の魔法攻撃は逆に吸収する機能が備わっていた。
同型にある標準装備で強力過ぎたり、特殊過ぎる魔力は吸収出来ない。
その機能は魔法が得意だったリアネム神教国への有効な対処法でもあった。
「な、なんだあれは……」
「さて、狙撃とは何か教えてあげましょう。バッキューンとね」
メナが右手を水平にすっと動かすと、両肩にカニの爪の様に二股に別れた金属が現れた。
それはゆっくりと回転を始めた瞬間、細い一本の光線が放たれ遠くに居た男二人の眉間と心臓を貫く。
何が起きたのかも分からず、絶命した二つ死体が窓ガラスを割りながら外側の地面へと落ちる。
「さて、これで5人か」
オルテが冷静に言った時、騒ぎを聞きつけた男たち6人が入り口の扉を開けて出て来た。
「これは一体なんの騒ぎ……って、こりゃなんだ。死体だらけじゃねぇか!! おい、お前! 中へ知らせに行って来い!」
男たちの一人が慌てて店の中へ走り去る。
「いらっしゃいませ。面倒ですので、まとめてドカーンとなってもらいます」
メナが男たちを見ると、その手には大人の腕程はある、長く大きい筒状の武器が握られていた。
「はい、ド~ン」
筒状の武器から丸く青い魔力弾が放たれ、男たちの中央まで行くと大きな爆発音を立てる。
男たちと周辺の遺体をまとめて吹き飛ばし、建物の入り口も見事に粉砕された。
「久し振りにその武器を見たな。なんだっけ?」
メナと一緒に入り口から店へ入りながらオルテが聞く。
「飛んでいたのがスカイビット、爆発したのがロケットランチャーですよ」
「そうそう、そうだったな」
「出そうと思えばもっといろいろ同時に出せますけどね。それが私の『レーヴァテイン機構』の力です」
「確か『様々な物理的形状を超え、不確定を確定させる力』だったか?」
「そうです。私や同型にはトニス様が作った特殊機構がそれぞれ組み込まれています。これもその一つです……さて、展示場に着きました」
会話をしながら爆弾のある展示場に着くと、そこでは爆弾を背後にして10人ほどの武装した男性が横に広がって立っていた。
男たちの中央には他とは違い、派手な装飾を付けている服を来たオールバックに髭を生やした中年男性がおり、オルテたちに気付くと嫌味な笑いを浮かべる。
「ようこそ、私が偉大なジョージ・フィッシャーだ。ここでお前ら皇帝の犬を殺して、次は妙な気を起こさせないようにしてやろう!」
『……』
意気揚々と口上を述べるが、無言のオルテたちの視線は別の所にある。
「オルテ先生、メナさん。さっきぶりね……できれば助けてくれない?」
その傍には、ジョージによって剣を首元に突きつけられて人質になっているルシスの姿があった。




