1 オルテの授業・開始
帝国でのクーデターで前皇帝ニーゼンが倒れ、その息子であるフェイが新皇帝になって五年の月日が流れた。
フェイの政策でニーゼンの悪政は全て排除され、新しい法律も次々と周囲の意見を取り入れて作られる。
すでに今の帝国には五年前の面影はほとんどなく、問題はあっても昔の様に弱い者が一方的に搾取され、殺されるような事はほぼなくなった。
帝国でかつて反乱軍に居たオルテ・グレアムはクーデターから一年後に設立されたフィオラ自由学園で教師、用務員、研究者と特別講師の肩書きを持ち、好きな事をしていた。
そしてクーデター前からのパートナーであるメナは、用務員兼オルテの助手をしている。
「毎回思うが、準備ってのは面倒だな」
真ん中分けの黒髪に少し白髪が混じり、白いシャツに黒いズボン。
どこか覇気のない表情をしている男性がぼやく。
講義室で自ら行う講義の準備をしている「オルテ・グレアム」だった。
「何を言ってるんですか? マイクをパパっと準備する程度で。ほら、時間も押してるんですから、チャチャっとやりますよ」
すぐ側で、青色のロングボブで少し垂れ目。
黒い色上着やスカパン(スカート イン パンツ)を着た女性。
メナがテキパキと動きながら、マイクやスピーカーの調整をしていた。
フィオラ自由学園は年齢が16歳以上なら種族、性別、職業を問わず人数制限はあるが基本的には誰でも入学でき、卒業もしたい時にすればいいという、普通の学園とは一風変わっていた。
24時間営業で一年に特に休みはなく、好きな時に来て学べばいいという一見楽に見えるが、一年間に在学に必要な単位がないと即退学になる。
教師も同様に単位があり、一定期間授業をしないと単位が足りなくなりクビになる。
自由だが責任を問われる学園でもあった。
そしてオルテは授業をせず好きな事をしていると、学園長であるエノクにたまに授業をしろと泣きつかれ、久しぶりの教壇に立つ準備をしていた。
「んー、こんなもんでいいだろ。なんかあったらその都度調整って事で」
「その時は自分でしてくださいね?」
「……その時は、どうかお願いしますメナ様」
わざとらしくオルテが仰々しくメナに頭を下げる。
そんなオルテを見たメナは軽い溜息を吐いた。
「仕方がないですね。あ、そろそろ開けますよ。外で学生が待っています」
オルテが頷くと、メナは講義室のドアを開ける。
珍しいオルテの講義を受けようと次々と人が入り、講義室はすぐに満席になった。
中には壁にもたれて、立っている人も居る。
本来なら満席の時点で入室禁止なのだが、オルテの存在が特殊な事により特別認められていた。
オルテが教壇に立つと、メナは持っていたマイクをオルテに渡してテストをする。
「あー、テステス。後ろまで聞こえてるか? 聞こえてるならピョンピョン跳んでみろ」
オルテの意味不明な確認方法に周囲は小さく笑うと、最後尾にいる人物が数人素直にその場で跳ねる。
オルテという人物を知っている者からすれば当たり前で、逆に知らない新入生などは驚いていた。
「OKだ。よし、じゃあ授業を始める。知っている者には復習になるが、今回は歴史などについて話そう。魔力を内包した魔石を使った道具や、この世界の歪な科学力についてだ。もっとも有名なのはこれだ」
と、オルテはポケットから大人の手の平くらいあり、液晶画面がある機械を一つ取り出した。
「これは100年ほど前から存在する通話機能付き録画端末装置。通称『レトフォン』だ。この画期的な機械は一人一台持つ事が大陸では義務とされている。そして今の世界ではありえないオーバーテクノロジーになる」
レトフォンを見せながらオルテは説明を始める。
「このレトフォンはレトニアスという国が作成した物。通称『レトツール』と言われている。現在レトニアスは200年ほど前にリアネム神教国と戦争し敗北。その土地や技術はリアネム神教国の物になった」
オルテの説明に何人かは頷きながら聞いていた。
「その後、生活に便利な物だけは積極的に情報を開示、作成して今に至るというわけだ。魔法による記録映像などもあるが、これは自分の魔力を消費しないなどの利点がある」
オルテはレトフォンを操作すると、学園の中庭で取った花壇の静止画像と動画を見せた。
「さて、このカメラという機能だが、出た当初は画家から反発があった。絵描きにとっては天敵とも言えるからな。だがそれも長くは続かない。なぜなら映像や動画は紙などに写せないからだ」
一通り見せるとレトフォンから画像を消してポケットにしまう。
「端末同士なら半径1メートル内でデータの送受信は出来るが、画家の絵のように大きく描いたり、その人が持つ独特のタッチなどは不可能。結局は違いが明確になり丸く収まったってわけだ」
そこでオルテは周囲を見ると、目の前に居た一人の男性を指差した。
「お前、リアネムとレトニアスの戦争。通称リアス戦争でもっとも特徴的な事はなんだ?」
「え!? そ、それは……両方とも神が居た……事でしょうか?」
不意に問われた男性は、多少しどろもどろになりがながらも答える。
「そうだ。リアネムにはリネ様という『再生と循環を司る神』が、レトニアスにはトニス様という『知識と知恵』を司る神が居た」
オルテが答えた男性を見て頷いた。
「同時に神をその身に宿して力を授かった者『神宿り (かみやどり)』がそれぞれの国のトップにおり、レトニアスの神宿りは敗戦時に死亡、トニス様は行方不明になっている」
男性は間違っていなかった事にどこかホッとしたような表情になる。
「そして世界には様々な神が居る……そう、お前たちの目の前にもな。勿論、俺の事じゃないが。コアト、挨拶でもしてやってくれ」
オルテがそう言うと、その身体から光の粒子が現れ人の形になった。
軽いウェーブの掛かった金髪ロングに少し垂れ目。
20代後半に見える若い女性で、灰色の簡素なワンピースを着ていた。
周囲が一斉に騒めき出し、女性はオルテの後ろに周るとそのまま背後から抱きしめる。
そして教室にいる学生たちを一瞥すると口を開いた。
「仕方ない。新参者もいるようだしな。私は『復讐と報復』を司る女神コアトだ。初めての奴は覚えておくといいぞ」
神は単独でも活動出来るが、時に自分の力を付与する為に何者かに宿る事がある。
それらの人物を総じて「神宿り」と呼ばれていた。
そしてオルテがそれに該当する。
「俺は神宿りで、制限は受けているがコアトの力を使う事が出来る。能力は言葉通り復讐と報復だ。そこのお前、俺の事は知ってるか?」
一人の女性に声を掛けると、返事をしがなら首を縦に振る。
「よし、じゃあそのままでいろ。今から魔法で攻撃する。断言するが、被害は一切無い」
と、オルテは手で魔法の弾を作成すると思い切り女性の胴体に当てた。
女性は驚く事も避けようとする事もせずそのまま当たるが、少し身体が揺れただけで何も起こらない。
「これが俺の力になる。俺は攻撃をされた相手にのみ、反撃が出来る。簡単に言えば、俺を殺すほどの攻撃を加えれば、無条件で相手を殺せる。逆に何もしていない相手には何も出来ないって訳だ」
初めてオルテの能力の見た学生は驚きの声を上げていた。
その様子を見たコアトが満足そうに続けて言う。
「これはオルテが知る範囲で明確に攻撃命令をした者、協力した者も含まれる。うっかりこいつの前で攻撃に賛同なんてしたら、同じ目に合うから忘れるなよ」
「他に何かコアトからあるか?」
「ある」
コアトは即答する。
「新参者に言っておく事がある。大事な事だ、良く聞け」
そしてオルテを抱き締めている手を強めた。
「こいつはすでに私の物だ。別にハーレムを作ろうが子供を何十人作ろうがどうでもいいが、最後には全てが私の物になる。私こそが真の正妻である事を忘れないように、以上」
『……』
すでに知っている者はクスクスと小さく笑い、知らない者は理解に苦しんでいる。
するとそこまで無言でオルテの近くに立っていたメナが片手を前に出すと、一瞬で拳銃がその手に現れ、コアトに向けた。
「コアト、毎回その挨拶はどうかと思います。貴女を知らない人は困惑しているでしょう? あと、オルテに絡み過ぎです。そのこめかみをズドーンとしますよ」
一瞬何が起きてるのか分からない表情をする者もいるが、それはいつもの見慣れた光景でもあった。
「私がそんなのでどうにかなると思っているのか?」
「思いません。ですからこうしましょう。オルテ、代わりに死んで下さい」
「え? ちょ、まてっ」
オルテが慌てて止めようとするが、メナの銃口がオルテのこめかみに向けられる。
そして無造作に放たれた一発の銃弾がオルテを頭部を無慈悲に貫いた……。




