おっさん プロローグ
リムロス大陸にある右半分を収めているアグナード帝国。
複数の種族を治めているが、各種族の自主性も尊重しながら上手にまとめ上げ、200年あまりの月日が流れていた。
しかし200年という月日は欲に溺れ、腐るには十分な長さだった。
皇帝ニーゼンの貴族絶対主義的な悪政で多くの者が苦しんでいたが、その日は帝国にとって時代の転換点となる。
帝都にある皇帝が住むエグジスタ城。
その謁見の間では、至る所が血と死体で満ち……そして玉座には、全身を貫かれた跡がある皇帝ニーゼンが、断末魔の表情で死んでいた。
死んだ皇帝を一組の男女が冷めた目で見つめている。
「終わりましたね」
青髪のロングボブに、黒い色の服を来た20代半ばに見える女性が、軽く息を吐いて言った。
ジト目でズボンの上からスカートを履いており、所々は血で汚れているが、元々服の色が黒いせいか目立たない。
「そうだな。俺の復讐はこれで終わり……どれだけ殺したんだろうな」
その隣に居る40代に見え、どこか覇気の無い表情の男性が静かに目を瞑る。
黒髪の短髪には所々に白髪が混じり、白いシャツに黒いズボンを履いていた。
防具のような物は一切なく、服には切り裂かれた場所や刺されたような跡だけが残っている。
「良いじゃないですか。世の中のゴミが減った。それだけでしょう」
謁見の間には皇帝を含め十数人の死体があるが、その外では数百から数千……もしくは万単位は下らない人数を男性は同時に一瞬で殺していた。
「ま、後はあいつが帝国を変えてくれれば良いだけだ」
軽い笑みを男性は浮かべて女性を見る。
その時、二人の背後から声が聞こえて来た。
「オルテさん! メナさん! 大丈夫ですか!?」
金髪の短髪で20代に見える男性だが、顔が幼く見え実年齢よりも若く感じる。
赤色に金色の刺繍が入った気品ある服を着ており、片手には一本の仄かに赤く光る魔法剣が握られていた。
「フェイか。そっちの別れは済んだのか?」
オルテと呼ばれた男性がフェイを見る。その服の所々は破れて血に染まり、至る所に傷があった。
「はい、最後は穏やかに逝きました。時間をくださり、ありがとうございます」
「彼は多くを背負い過ぎました。ですが、最後はフェイさんに看取られて満足だったと思いますよ」
フェイと一緒に来た30代に見えるエルフの男性が、フェイを宥める様に言う。
銀髪のポニーテールに緑のローブ姿で、その手には一本の木の杖が握られている。
「ありがとう、エノクさん。そうだといいのですが……」
と、そこでフェイは玉座で死んでいる皇帝に視線を向けた。
「父上、どうしてここまで落ちぶれてしまったのか。皇帝の証すら持たずして」
フェイがその手に持っている赤く光る魔法剣を見る。
それこそが歴代皇帝が持つ「クリフアンス (信念)」という、魔法剣であり、人物によって形状や能力が異なった。
フェイが持つクリフアンスは赤い色をし、諦めない限り「折れる事も砕かれる事も無い」能力を有する。
「一つ言っておくが、落ちぶれたのは皇帝だけじゃねぇ。そいつの周りで甘い汁を吸っていた奴全員だ」
オルテが吐き捨てるように言う。
「ここへ来る前に連絡がありました。帝都だけでなく大陸の至る所で父上と同じように死んだ者が出たとの事です。流石オルテさんの力ですね」
「俺というよりも、コアトの力だがな」
「そう言えば、コアト様はどこに?」
「やる事やったら消えたよ。相変わらず気まぐれな奴で困る」
「後で改めてお礼言わないといけませんね。コアト様の力がなければ、ここまで徹底的には出来なかった」
フェイの言葉にオルテは少し間を置くと、重く口を開いた。
「俺を酷い奴だと思うか?」
「いえ、自業自得です。父上も他の者も、自分たち以外の命など虫けら以下だと思っていましたから。ただ、本当に終わったんだなと思いまして」
「これからだろ? 帝国を良い国にしてくれよ。フェイ皇帝陛下」
「それは皆が認めてくれてからですが、必ず平和で幸せな国にしてみせます」
その場にいた全員がフェイを見て笑顔になる。
その時、オルテが何かに気付いた様に声を上げた。
「あ、大変な事に気付いてしまった……」
「何に気付いたんですか?」
エノクが大げさに言うオルテに聞く。
「今までは皇帝に仇名す反乱軍の一員だったけど、それが終わると俺、無職のおっさんだったわ」
「ああ、確かに貴方は定職にはついていませんでしたね」
「明日からどーすっかな。お金もそんなねぇし。まずは職探しからか。無職は世知辛い」
肩をがっくりと落としながらオルテが言うと、フェイは慌てて口を開いた。
「ま、待って下さい! 私が皇帝になった暁には、功労者であるオルテさんには爵位として公爵を授与しますし、それにこの後も大変なんですから力を貸して下さいよ!」
ファイの言葉を聞いてメナが公爵になるオルテを見る。
「爵位を貰うのは良いですが、だからといって屋敷でふんぞり返ったオルテを見ると、ムカツクので首をシュパっとしたくなりますね」
「そんな理由で人の首を跳ねんでくれ。が、正直他の貴族との語らいなんぞつまらなそうではある」
「それは……そうですね。えーと」
フェイが言葉に詰まっているとエノクが溜息を吐いた。
「だったら、フェイが作ると言ってた学園の教師でもさせてやればいいでしょう。元々は魔法や機械知識を教えていたそうですし」
「そ、そう! それですよ! 教師としての仕事をしていれば、貴族としての仕事を断る理由にもなります。ですが、これからの私を見ていてほしい。私が父上のような暴君にならないために」
「もし、そうなったらどうするんだ?」
どこか真面目な口調になったオルテにフェイは向き合う。
「その時はいつでも私を殺して下さい……これがその覚悟です」
「っ!」
と、おもむろにフェイは魔法剣でオルテの心臓を突き刺した。
一瞬だけ血が出たが、フェイが剣を引き抜くと傷口も血の跡も何もなかったように消える。
「これで貴方はいつでも私を殺せる。これが私の答えです」
「全く、どいつもこいつも簡単に俺を殺す。まぁいい、分かった。お前が皇帝である以上、俺も帝都に居てやるよ。その後の事は知らんが」
「ありがとうございます」
笑顔でフェイが答える。
その時、城の内外からフェイを皇帝と呼ぶ声が大きく聞こえ始めた。
フェイは皇帝の一人息子であり、悪政に終止符を遂げたのはその身内だった。
「ほら、呼ばれてるぞ。堂々と胸張って行って来いよ」
オルテがフェイの背中を押すと、どこか恥ずかしそうに笑いながらエノクと一緒に謁見の間を後にする。
オルテとメナが残され、オルテは大きく溜息を吐いて玉座に座る元皇帝の死体を見つめた。
「……こんな事しか出来ない俺を蔑んでくれて構わない。だが、お前たちの無念は晴らしたぞ」
悲し気に呟くオルテの片手をメナがそっと握る。
「さぁ、私たちも行きましょう。今日から新しい日々の始まりです。オルテ・グレアム公爵」
「お前にそんな言われ方すると寒気がする。ま、行くか」
オルテもメナの手を握り返すと謁見の間を出て行く。
その日、古い帝国は終わりを告げ、新皇帝フェイ・アグナードの名の元に新しい帝国の日々が始まった。




