1 オルテとアイラの距離感
朝、目覚めたメナは暫く目を開けて見慣れた天井を見つめていた。
その視界はぼやけている。
「……」
目元を触れ、自分が泣いている事にメナは気付くと、上半身を起こした。
「昔の夢……久しぶりですね」
呟いて涙を拭うと、朝食のパンを焼いた匂いが鼻に着いた。
「今日はフロンでしたか。彼女は誰かと違って呑み込みが早いですね」
背伸びをすると、寝間着から普段着に服を着替える。
その時、部屋にある鏡で自分の顔を見た。
「問題なし。泣いた跡なんて見せたらオルテになんて言われるか」
そう言ってメナは笑顔を作った。
そして部屋を出て、一階のリビングへと向かう。
リビングでは、すでにオルテが座りながら何かの書類を見ており、フロンは朝食の用意をしていた。
すでにフロンが引っ越して来て一ヶ月が経ち、すっかり生活に馴染んでいる。
フロンが来て変わったのは生活水準だった。
前から不便な事はないが、調理具や食材など、フロンは新しい物や美味しい物を値段に糸目をかけず買ってくる。
フロン曰く「折角なんで好きな事をしたいっす」との事だった。
「おはようございます」
「おはよう」
メナはオルテの横に座り挨拶をする。
オルテは横に座ったメナを見て、少しその顔を見つめた。
「……何かあったか?」
「え?」
突然の問いに、メナの心臓が跳ねた。
「いえ、何も。どうしてです?」
「……なんでもないならいい。それより、フロンの朝食がそろそろ出来そうだ」
オルテが言うのと同時に、お盆にベーコンエッグを乗せたフロンがキッチンからやって来る。
テーブルには焼いたパンとジャムにバター。ベーコンエッグにサラダが並んだ。
「あ、メナさん、おはようございます。丁度出来上がった所っすよ」
「美味しそうですね。本当に料理も掃除も上手くなりました」
「いやぁ、あれだけメナさんにしごかれたら嫌でも上手くなります」
メナに気付いたフロンが笑顔で挨拶し、メナはフロンの料理を満足そうに見ていた。
当初、フロンは家事がほとんど出来なかった。
だが一緒に住む以上は最低限出来ないと駄目だとメナに言われ、徹底的に家事を教わる。
時に血反吐を吐きながらもメナの徹底した教育により、フロンは家事の楽しさに目覚めた。
「もう俺、何もしなくてもいんじゃね?」
「何もしないなら、何もあげないっすよ」
「そうです。一緒に生活しているんですから。なんなら再教育してもいいんですよ?」
メナがニッコリと笑ってオルテを見る。
その笑顔に、かつてオルテがメナから受けた教育を思い出した。
『掃除とは、ゴミを右から左へ移すのではなく、綺麗にする事を言うんですよ?』
と、銃を突きつけられての教育を。
「待て、分かったちゃんとやる。ったく、フロンが来て楽できると思ったのに」
「メイドを雇えばいいじゃないっすか」
「んー、まぁなんつうか。あんまり知らない人を家に入れたくねぇんだよな。落ち着かない」
「ちょっと分かるっす。別にその人が悪いって訳じゃないんですけどね。こう、知った顔だけの方がゆっくり出来るっていうか」
「んだな。よし、冷める前にさっさと食うぞ」
三人は手を合わせ、いただきますを言うと食事を始める。
メナの量だけは通常の二倍近くあるが、それは魔力補給の為だった。
いざとなればオルテが供給すればいいが、普段は食事だけで賄うためどうしても量が多くなる。
「美味しいですね。トゥルンとした卵の半熟具合と言い、ワシャワシャしたサラダも新鮮でドレッシングも合ってます」
「卵は今朝生みたてをわざわざ配達してもらったっす。野菜も無農薬の所からで、こだわりの一品ですから。商会でも人気なんですよ」
「手広くやってんなぁ」
「うちなんてまだまだっすよ。豪商には程遠いですから。これからです!」
勢い良く大きな胸を張りフロンが自慢げに胸を叩くが、少し咳き込み吐血した。
フロンは苦笑しつつ、オルテとメナは小さく笑う。
そして食事が終わり、食後のコーヒーを3人が楽しんでいる時、オルテがフロンに聞いた。
「フロン、今日は学園に行くのか?」
「今のところ単位も大丈夫なので行かないです。今日は部屋で売り上げの確認と、商会の方に顔を出そうかと。先生たちは?」
「私たちは行こうと……」
「俺たちは今日はサボリだ。なんか面倒くさい」
メナの言葉を遮るように、オルテが言う。
「面倒くさいって、自由ですね」
フロンが呆れた目付きになった。
「そこが自由学園の良い所だ。学園は単位があれば基本自由だし、教師もそうだしな。つっても俺は特別で好きにさせてもらってるが」
「……」
オルテの言葉をメナは無言で聞いている。
「じゃあ、私は一度昼頃商会へ行ってきます。あ、片付けしなきゃ」
フロンは食器などを洗いにキッチンへ行った。
それを見てメナが口を開く。
「オルテ」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
「……なんの事だ? 折角だからお前もゆっくり休めばいい。なんならどこか買い物にでも行くか?」
「いいえ、家でゆっくりましょう。貴方と二人で」
メナがテーブルの下でオルテの手を握った。
オルテは書類をテーブルに置くと、片手で器用にめくりながら目を通していく。
「あの、お二人さん。いちゃつくのはいいんすけど。もうちょっと隠れてもいいんじゃないですか?」
いつの間にか戻って来たフロンが、溜息をついて椅子に座る。
咳き込みそうになったオルテだったが、メナは笑顔のままだった。
「いいじゃないですか。貴女も初物をオルテにあげたんでしょう?」
今度は盛大にオルテは咳き込んだ。
そんな様子をメナとフロンは楽しそうに見ている。
「フロンからは、いろいろ話を聞いてるので。フロンもこっちへどうぞ」
照れながらもフロンはメナとは反対側に行く。
オルテを挟んで座ると空いてる手を握った。
「……書類が読めない」
「めくってあげましょうか?」
「もういい」
オルテは小さく微笑んでいるメナに軽い溜息を吐く。
その時、フロンが遠慮がちに口を開いた。
「あの、嫌じゃなかったらで良いんですけど」
「どうした、急に改まって」
「その……オルテ先生とメナさんってどうやって知り合ったのかなぁって。あ、本当に嫌なら話さなくてもいいっすよ!」
そう言うも、フロンは興味津々という表情で二人を見ている。
「そうだなぁ……」
オルテはメナを見た。
メナは少し考えた表情して、すぐに笑顔になる。
「別にいいですよ。フロンは家族も同然ですし、話さなければ気になるでしょうしね」
「本当に良いのか?」
「ええ、構いません。折角のサボリ時間。昔を思い出すのもいいかと」
「お前が良いなら別に俺は構わないが。じゃあ……」
「待って! 今は駄目っす! 夜……そう、夜にしましょう! お菓子も用意してゆっくり聞きたいです!!」
オルテの言葉を遮ると、フロンは立ち上がる。
「すぐに今日の用事を済ませて来るんで、それまで二人はゆっくりしていて下さい!」
フロンは笑顔で言うと、慌てて自分の自室へ行って準備を済ませ、そのまま出かけて行った。
そんな様子を見て、オルテが軽く息を吐く。
「慌ただしい奴だな」
「でも、あの子が来てから家は明るくなりましたよ」
「騒がしいって言うんだ。ったく、身体もまだまだ悪いのに」
悪態をつきながらも、心配してるオルテにメナが微笑む。
そしてメナはオルテの肩に頭をそっと寄せた。
「アイラ、何かあった時はちゃんと言え」
「言わなくても、分かってくれましたよ?」
「たまたまだ。何があった?」
「昔の夢を見ました。戦争の頃の」
「……そうか」
オルテはそれだけ言うと、メナの肩を抱き寄せた。
「すまんな。気の利いた事すら言えない」
「言葉はいりません。暫くこのままで」
「……」
メナは静かに目を瞑る。
今度は良い夢が見れそうだと、そうメナは確信していた……。




