9 裁判っす
二日経った朝、竜の首都メリオンでは、極秘裏にフロンが被告人となった特殊裁判が開かれていた。
傍聴席には誰もおらず、裁判長席には黒衣をまとったアレンが座っている。
その左右には二人ずつそれぞれ違う色のローブをまとった計四人の人影があった。
赤、青、緑、黄色とそれぞれの属性の竜族の長たちであり、急遽開かれた為、本来の数よりは人数は少ない。
一方フロンは被告人席で顔をうつ伏せている。
「これより、フロン・ヴェルナに掛かっている、神の力を利用した両親の殺害容疑の裁判を始める」
普段とは違い厳かなアレンの声が、静かな法廷内に響いた。
両親が死んだ事自体は決闘制度により罪にはならないが、問題は神の力を利用しようとした事もある。
「容疑は至って簡単だ。フロン、お前はオルテの神の力を利用して両親を殺そうと考えたか?」
「はい、その通りです……」
「理由は?」
「神の力であれば、確実に殺せると思ったからです。ただ、それが私になるか、私も両親も死ぬか、あるいは誰も死なないのか。それは運に任せる他ありませんでしたが」
「神の力を他者が利用する事は、極刑に当たる事は知っていたか?」
「知っていました。どうせ死ぬ気だったので、どうでも良い事です」
どこか開き直ったフロンの態度に、長たちが騒めき始める。
だがアレンだけは冷徹とも言えるほど、落ち着いていた。
「すでに判決は出ている。お前は明日、公表され処刑される」
「見せしめですか?」
「そうだ。神の力を利用して生きていられては、また同じ事をする者が出るかも知れない。徹底する必要がある」
「そうですか……」
「反論は?」
「ありません」
「お前は馬鹿なのか?」
「え?」
不意にアレンの口調が変わり、フロンは驚く。
「誰がお前を助けた? 誰がお前に生きる機会を与えた? 誰がお前の両親を殺した? 誰が……その全てを背負うのか分かっているのか?」
「……あ」
アレンに言われ、フロンはオルテの事を思い出した。
「お前はあいつの想いを裏切るのか? 生きたいんだろう?」
「それは……」
言葉を続けようにも、全ては遅すぎた。
判決は最初から出ており、覆る事は通常ありえない。
フロンはその時初めて、自分が両親と同じで自分の事しか考えていなかったと気づく。
胸中はオルテへの後悔で一杯だった。
「もう……終わった事です。私が何を言っても結果は覆りません。刑を大人しく受けます」
「本当にそれでいいのか?」
「もし許されるなら……死んだ後、オルテ先生にごめんなさいと伝えて下さい」
「異議あり!!」
フロンが震える口調で告げた時、裁判所の扉が勢い良く開き、オルテとメナが現れた。
「え? せ、先生?」
フロンが二人を見て目を丸くする。
「いやぁ、これ一度言ってみたかったんだよな」
「確かに、法廷なんてそうそう立つ事ありませんからね」
オルテたちは裁判所にも関わらず、いつもの調子で会話をする。
「ここがどこか分かっているのか? いくらお二人でも許されんぞ」
二人を見た青いローブの年老いた男性の声が響く。
「まぁまぁ気にすんなよ。俺とあんたらの仲じゃねぇか。話を聞いていたが、フロン。お前の発言には異議しかねぇ」
「先生……どうして?」
オルテとメナはフロンに笑顔を向けると、挟むように立つ。
「弁護人みたいなもんだ。さて、まずこれを見てもらおう」
オルテは持っていた鞄から書類の束を出すと、アレンたちとフロンの前に魔法で移動させた。
「それはフロンに対する周りの人の感想だ」
アレンたちとフロンが書類に目を通していく。
『学園ではいつも困っている時に助けてくれる。本人はすぐに怪我するのに』
『商会で働けて満足している。厳しいけど、間違った事は正すし、意見もキチンと聞いてくれる』
『恋人にプレゼントする指輪をこっちの事情で安くしてくれた。お陰で喜ばれて感謝しかない。今度は恋人と一緒にヴェルナ商会を利用したい」
そこにはフロンという人物に対する感謝の言葉がいくつもあった。
「……言いたい事は分かります。ですが、だからと言って判決を覆す理由には成りません」
緑色のローブから落ち着いた女性の声が聞こえた。
「分かっている。それはお前らじゃなくて、フロンに見せたかったんだよ。フロン、お前を心配してくれている人、待ってくれている人がいるぞ。いいのか、ここで終わっても?」
「でも私は先生の事を……」
「仮に極刑を免れたとして、責任を取れるのか?」
赤色のローブから威厳ある女性の声が聞こえた。
「事は竜族だけではなく、帝国や下手すれば大陸全体の問題になるのですよ」
黄色のローブの静かな男性の声が聞こえた。
オルテはそれらの声を聞き終えると、フロンの肩に手をそっと置く。
そしてさっきまであった軽口ではなく、真面目な口調で答えた。
「俺が全て取ろう。こいつに関しての責任、命、生き方……それでどうだ?」
「厳密に何をするんだ?」
アレンがオルテに問う。
「フロンには俺と一緒に住んでもらう」
「うぇえ!?」
突然の思いもよらない提案に、フロンが何とも言えない声を上げた。
「そこで体調の経過を見つつ生きてもらう。もし何かあった場合は、コアトの力で即殺そう」
「なるほど」
「それにお前ら極刑だというが、その時にフロンの力が暴走したらどうすんだ? 例え殺せても間違いなく甚大な被害が出るぞ。そもそもこいつの原因は……」
「突然来て、そんな勝手な事を……っ!」
青色のローブの人物が口を挟みかけた時、一発の銃弾が頬のすぐ横の壁へ打ち込まれた。
「幼い頃に習いませんでしたか? 人の話は最後まで聞くようにと。次、彼の話の邪魔をすると当てますよ」
そこには狙撃銃を構えたメナの姿があり、表情からは冗談でない事が伺える。
裁判所内は静まり返ると、フロンが遠慮がちに口を開いた。
「結局、私の原因って一体なんだったんすか?」
オルテたちが来て安心したのか、フロンの口調は普段通りに戻っていた。
「お前はアレンと同じ破壊を司る『厄災竜 (やくさいりゅう)』だ。アレンや長たちには、すでにその事は伝えてある」
「え!? 私が竜王様と同じあの?」
「そうだ。全ての竜族の始祖。今の竜族はそこから枝分かれして各属性になった。だから全ての竜人は厄災竜になる因子を持っている。可能性は限りなく低いがな」
「でもどうして私はこんな身体に?」
「年月だよ。アレンはすでに200歳を超えているし、他の厄災竜も軽く三桁はいってた。だがお前は10歳という異例の若さで能力に目覚めたからな。肉体が単純についてきていない」
「じゃあ、あの時先生が何年か経ったら普通になれるって言うのは本当なんですか?」
「可能性の話だが、限りなく当たっていると思っている。俺を信じれられないか?」
オルテの言葉にフロンは首を激しく横に振る。
それを見てオルテは微笑んだ。
「と言うわで、後はフロンがどうしたいかだけだ。俺みたいなおっさんと一緒に住む事になるが……どうだ? お前の居場所を作ってやる」
オルテの言葉に、フロンの瞳が徐々に滲んでいく。
「……は、はい! 私は生きたいです! 勝手かもしれないけど、まだまだやりたい事がいっぱいある……私は、オルテ先生と一緒に居たいです!」
そして泣きながら言うフロンの頭を、オルテとメナが優しく撫でる。
『私も責任を持つ。これで終わりにしないか?』
不意に裁判所全体に女性の声が響くと、コアトが金色の髪をなびかせながら、アレンとフロンの中間に光の粒子と共に現れた。
「コアト様!?」
アレンを含め長たちが一斉に立ち上がろうとするが、コアトがそれを制止する。
「そのまま楽でいい。久しぶりだな、アレンに長たちよ」
「コアト様もお変わりないようで」
立ちこそしなかったが、アレンたちは深く頭を下げた。
「私が保証しよう。もしフロンの力が暴走しかけたら被害を出す事無く殺すと。ここはオルテのわがままを聞いてやってくれないか?」
「……コアト様がそこまでおっしゃるのであれば、我々としても異論はありません」
アレンが長たちに目配せをすると、全員が頷いた。
軽く息を吐いたオルテがコアトを見る。
「全く、最後で良い所だけ持っていきやがって。だが助かったよ」
「何、新しいおもちゃ……ではなく、住人が増えるんだ。悪い事じゃない」
「今おもちゃって言いませんでした!?」
「気のせいだろ? さぁ、引っ越しの準備もあるだろうから、さっさと行け。私は少しアレンたちと話がある」
コアトはオルテたちを手でしっしと払う。
素直に従い出て行こうとした時、アレンがフロンを止めた。
「フロン、良い思い出ばかりではないだろうが、ここはお前の故郷だ。いつでも帰って来い」
「……」
「そしてその時は必ず俺に言え。オルテたちの恥ずかしい話を聞きたいからな。旨い酒とつまみを用意しておこう」
アレンがにっと笑い、フロンもつられて笑って頷く。
話が終えると、オルテたちは裁判所を出て行った。
青いローブの年老いた男性が静かに口を開く。
「彼らにはすでに十分背負っていただいた。これ以上はと思っていたが……結局また頼る事になるとは。本当に申し訳ない」
それは心痛な面持ちで放たれた言葉だった。
「気にするな。それがあいつの望んだ事だ。お前たちはお前たちの責務を全うすればいい」
そして暫く無言の後、コアトがアレンに尋ねる。
「最近の帝国内で起きている件、どこまで掴んでいる?」
「共通点はレトツールが主に使われている事でしょうか。あとクライスは誰かに扇動されていたようです。いくらかの金銭も受け取っていたようですが」
「そうか。これはオルテたちにも言っていないが、あいつがメナと初めて会った時、私はトニスと会っている」
「!! トニス様にですか!? リアス戦争後ずっと行方不明の?」
「ああ。どうやら今起きているのはそれ関係みたいだな。事と次第によってはお前たちにも動いてもらう。他の長たちにも伝えておけ」
コアトの思いがけない言葉に、アレンたちは神妙に頷いた。
「リアス戦争のような大戦が起きるのでしょうか?」
「起きないように、あいつ (トニス)が動いているんだろう。起きたとしても表ではなく裏だ。そしてその時は帝国の者たちは責任を取らなくてはいけない」
「承知しております。我々は罪を償わなくてはいけない」
「ま、そんな事が起きない事を望むがな。話はそれだけだ。ついでだ、何か聞きたい事はあるか?」
「オルテについて一つ」
「なんだ?」
アレンは何かを考える様に目を瞑る。やがてコアトを見つめた。
「なぜ、あいつはあそこまでするのでしょう? 今回も、あの時の前竜王様の件も」
「あいつは悲しいほど弱い。だから自分が傷付かない様に、自分を傷付ける。それだけだ」
そう答えたコアトの顔は、どこか悲し気に微笑んでいる。
「そうですか……。あいつは難しい生き方をしますね」
「では、私もそろそろ去ろう。ああ、そうだアレン。最後に言いたい事があった」
「なんでしょうか?」
「私の恥ずかしい話だけは聞かないようにな?」
どこか楽しそうにコアトが笑う。
「それは残念です。楽しみにしていたんですが」
アレンも釣られるように笑うとコアトは姿を消し、フロンの裁判は終わりを告げた。




