2 私が最弱女王っす
エノクからフロンの居場所を聞いていたオルテとメナは、フロンが受けている授業が終わるまで待っていた。
やがて出て来たフロンに声を掛けると屋上へと場所を移す。
少し前にオルテと話をしていたフロンだが、少し前とは違う雰囲気を感じ、別れた時の様な元気はない。
屋上は学生や教師にとって憩いの場であり、天気の良い日は特に多くの人で賑わっている。
昼前とあって人はまだ少なく、設置されているテーブルやベンチの空きは多い。
四人掛けのテーブルにオルテたち三人は座ると、どこか緊張した面持ちをしているフロンに、オルテが口を開いた。
「なぜ呼ばれたのか分かるか?」
「……それは、あれを見たからですか?」
「そうだ。俺に白決闘を申し込んだらしいな? どういう事か説明しろ」
オルテの問いに、フロンは気まずそうな表情を浮かべる。
「どういう事も何も、そのままの意味です」
「お前は死にたいのか? つっても白決闘だから俺が勝って終わりを宣言すれば終了する。お前は死なないし、ただ恥を晒すだけだぞ?」
「正直、いつ死んでもおかしくないんで、恥なんてもう私にはありません」
「その竜族にしては変わった体質の事か?」
フロンはぎこちなく首を縦に振った。
「小さい頃は普通だったんですが、10歳くらいの頃から妙に身体が弱くなってきました。今じゃちょっと無理しただけで、骨は折れる、肩は外れる、筋肉痛になる、少し吐血する。散々っすから」
「病院で何か言われていないのですか?」
見た目は健康そうなフロンにメナが聞くと、フロンは首を横に振る。
「病院では魔力が高い事以外、異常は無いと。だから両親も匙を投げて諦めたんです」
「諦めたって何をです?」
「私の事、そのものっすよ。一年くらいいろんな病院に行きましたが、噂が立つのを嫌がって行かなくなりました」
「でも、貴女はヴェルナ商会の会長。いえ、今のヴェルナ商会は貴女が大きくしたと言ってもいい。男爵の爵位もある。いないと成り立たないのでは?」
メナの言葉に、声は大きくないが心底可笑しそうにフロンが笑った。
「大丈夫っすよ。私がオルテ先生に決闘を挑んで名誉の死を遂げると言ったら、流石竜族だ! って、大喜びしてましたから」
「……お前の両親はアホなのか?」
呆れたようにオルテが言う。
「アホなのは私の身体。竜族だからすぐに怪我は治るけど、いつまでこんな事が続くのか……正直辟易してます」
「他に似たような奴は?」
「今の所いないって医者からは聞きました」
「しかし、お前が居なくなって商会が上手くいくとは思えないがな」
「問題ないですよ。だって、私が決闘を申し込むと言った翌日、こっそり養子を探してましたから。商才のある子でも探してるんでしょうね」
「……」
「遺言書もすでに書いてあるし、両親としては私が死ねば、厄介者が居なくなってハッピーって事っす」
フロンは穏やかな笑顔だが、淡々と告げた。
まるで他人事のように話すフロンを、オルテとメナは静かに見つめる。
やがてメナは何かを言いたげにオルテへ視線を移し、それに気付くと、軽い溜息を吐いた。
「フロン、お前ちょっと今から俺の研究室へ来い」
そう言うと、オルテは強引にフロンの手を握り立たせる。
「え? ちょ、ちょっと何をするんですか!」
「黙れ、拒否権は無い。強制連行だ」
オルテはメナを見て頷く。
するとメナはフロンの身体を物を運ぶように脇に抱えた。
「じっとしていてください。下手に動くと身体がメキョっとなりますよ」
「いや、待って! すでになんかミシミシ言ってる!! く、砕ける。砕けちゃうっすぅ!」
「ならその前にさっさと行くぞ」
そして両手と両足をジタバタさせるフロンをメナが抱えたまま、研究室へと戻って行った。
オルテの研究室についてようやくメナから解放されたフロンは、近くの椅子に座りながら自分の脇腹を撫でていた。
「それで、私はここで何をするんですか?」
オルテが床に魔法で何やら魔法陣を書き始めている。
「検査だ。本当にただ魔力が高いだけか、俺が調べる」
「そんな事、出来るんですか?」
「ただのおっさんに見えても、魔力や魔法の解析は得意ですからね。機械系にも強いですし、意外とやるもんですよ」
メナがオルテを手伝いながら、褒めているのか、けなしているのか分からない事を言った。
やがて魔法陣が書き終わると、オルテはフロンに声を掛ける。
「フロン、そこに立って暫くじっとしていろ。それだけでいい。ああ、あと……」
「ここに立つだけでいいんすね?」
と、フロンはオルテの説明途中で魔法陣の上に立つが、
「え? きゃぁあ!」
次の瞬間、魔法陣から魔力が上空に向けて吹き、フロンのスカートがめくり上がった。
オルテとメナの目の前で、フロンの赤い下着が露になり、フロンは慌てて魔法陣から出る。
感情が高まって人化魔法の一部が解け、フロンのお尻から赤いドラゴンの尻尾が顔を覗かせた。
「へ、変態教師! なんて事するんですか!!」
「フロン、今貴女の後ろが大変な事になっていますよ?」
「え? あぁああ!!」
尻尾でお尻当たりのスカートが完全に捲れ上がり、オルテからは見えないが、背後にいたメナからは丸見えになっている。
尻尾のある種族は基本的に魔法で尻尾を消しているか、尻尾を通す場所がある服を着るかだった。
ただ細い尻尾ならいいが、ドラゴンの様に太いとどうしても不便な事が多くなるので、基本的には魔法で消している。
耳や角などの身体の一部に関しても、大きさや長さによっては人化させるか消すかで対処していた。
「な、なんで私がこんな目にぃ……慰謝料を請求するっす!」
尻尾を消すとスカートを必死に抑え、涙目で頬を染めてているフロンが、恥ずかしさに震えながら抗議をする。
フロンの言葉にオルテをやれやれと首を横に振った。
「最後まで人の話を聞かなかったお前が悪い。魔力が吹き上がるからスカートを押さえろと言おうとしたのに……しかし、良い趣味してるな」
「可愛い顔に似合わず、すけすけの赤色シアーの下着とは攻めますね」
メナは頷きながらわざと口に出して説明をする。
「い、良いじゃないっすか。どんな趣味をしたって」
「可愛い見た目とは違って大人な趣味してんだな。次はスカートを押さえて乗ってくれ。すぐに終わる」
「可愛いなんて褒めても、騙されないですからねっ」
愉快そうに笑いながらオルテがフロンに言うと、どこか不満気にフロンはスカートを押さえて魔法陣の上に立った。
一瞬だけ魔力の風が吹き上がると、やがてフロンの頭上に光の輪が現れ、足元まで光を照らしながら降りていく。
それが終わると、オルテの前に置かれた書類へ自動的に魔法のペンが走り、何かを書き始めた。
「……」
自動書記で書き終わった書類をオルテは無言で真剣に目を通していく。
その表情は段々と険しくなっていった。
「フロン、お前が最後に病院へ行ったのはいつだ?」
「最後ですか? 多分11歳くらい? 10歳で変になって一年くらい病院を回ったけど、結局は良く分からないって事に」
「薬とかは?」
「最初は何か飲んでましたけど、効果が無かったので止めました。それからは特に何も」
「そうか、分かった……」
書類から目を離さずにフロンとの会話を終えたオルテは、メナに視線をやる。
「メナ、これを見てみろ」
「どんな結果が出たんですか?」
メナも書類を見ると、オルテと同じように険しい表情に変わっていった。
「あ、あの。私やっぱり凄い病気か何かなんですかね?」
恐る恐るフロンが二人の表情を見て尋ねる。
書類を机に置くと、オルテはフロンを見た。
「お前の決闘だが、数日中に答えを言う。少しだけ待ってくれ。それでいいか?」
「あ、はい。出来れば受けてほしいですが」
「もし俺が断った場合、お前どうするつもりだったんだ?」
「それはまぁ……どうせ両親は養子を入れたいだろうし、適当に家を出ようかなと」
「一つ聞きたいが。決闘をする理由はその身体というよりは、両親のせいか?」
「……」
フロンは答えず、顔をうつ伏せた。
「お前はこのままで本当に良いのか?」
「じゃあ、私はどうすればいいんですか? 見捨てられ、必要とされず、無かった事にされようとしているのに」
「最後の質問だ。簡潔に答えろ。生きたいか、死にたいかどっちだ?」
「……生きたいです」
永遠にも感じられる数秒の沈黙の後、フロンは小さな声ではあるが、ハッキリと答えた。
「そうか、もういい。なんにせよ待て。数日以内に必ず返答する。帰っていいぞ」
「はい……。その、すみません」
なぜかフロンは謝ると、肩を落として研究室から出て行く。
「彼女の身体。いえ、魔力構成はどうなっているんですか? メチャクチャですね」
フロンが去った後、書類を見たメナが驚きながら言う。
「これは医者の分野じゃねぇ。どちらかと言えば魔法研究機関などの仕事だな。そして俺はこの魔力構成を知っている。少し帝都を離れるぞ」
「どこかに行くのですか?」
「竜の首都『メリオン』へ行って竜王アレンに会う。竜族の領地『カドミテイラ』に行くぞ」
「彼と会うのも久しぶりですね。しかし、それほどの事なんですか?」
「何、今回の件について話をしにな。そんなわけでちょっとした旅行に行こうか」
「良いですね。最近あまり帝都を離れていませんし。エノクとフェイには私から伝えておきましょう」
そしてオルテは書類を封筒へ入れると、メナと一緒に研究所を出て行った。




