フロン プロローグ
帝都に本店を置くヴェルナ商会。
帝国の他の領地にも小さいながらも店舗を持ち、売り物は食べ物から服飾など、幅広い商品を取り揃えている。
竜族のフロン・ヴェルナという20代前半の女性が会長で、若くして成功し男爵の爵位も持っていた。
「いっらしゃいませー! 今日はドワーフ鉱山で取れた鉱石を加工した、指輪やネックレスなどがお得っすよー!」
「あの、ちょっと指輪を見たいんだけどいいかな?」
一人の男性客がフロンに声を掛ける。
男性の方に振り返りると、赤いセミロングの髪と、来ているポケットの多い緑色のコートが揺れた。
耳の上辺りから角があり、尖っていて危ないのでリボンのついた角カバーをかけている。
全体的に大き目のダボっとした水色などの明るい服を着ていた。
「勿論です! 誰かにプレゼントですか?」
「ちょっと恋人の誕生日にプレゼントで」
「それはいいですね! きっと喜びますよ。予算はどれくらいでしょうか?」
「実は急な支払いがあってあんまり余裕が無くて……」
男性がどこか恥ずかしそうに予算をフロンに言う。
それを聞いたフロンは手早く数品の指輪とネックレスを取り出して見せた。
「恋人さんの好きな色とか形とかで選んで下さい」
「いろいろありがとう。これなんかいいな……あ、でも手持ちが」
男性が表情を暗く落とす。
フロンはそれを見て紙に値段を書き、男性に見せた。
「ん~、そうっすね。じゃあ、この価格ではどうでしょうか?」
「え? これなら買えるけど、大丈夫なんですか?」
「勿論、タダじゃないです。その代わり条件があります」
「条件」
「はい!」
と、不安そうに言う男性に、フロンは笑顔で続ける。
「もし、恋人さんが気に入ったら、ぜひ我がヴェルナ商会で買ったと宣伝して下さい!」
「そんな事でいいの?」
「そうですね……欲を言えば、うちをご贔屓にしてくれればそれで満足です! 口コミは大事ですから!」
「……分かった。必ず彼女や、友達にも店の事を教えるよ」
「ありがとうございます!」
フロンが頭を元気良く下げる。
「あ、指輪だけどサイズが分からないかも……」
「大丈夫です。当店はドワーフ技術で魔法加工されているので、自動的に指の大きさになりますから」
「それは良かった」
フロンは手慣れた手つきで指輪を包むと、袋に入れて男性に渡す。
「こちらをどうぞ。中に他の商品カタログと、ちょっとしたクーポンも入れて置いたので、ぜひ良ければご利用下さい!」
「ありがとう」
満面の笑みを浮かべて男性に渡すと、男性は何度もお礼を言って店を離れていた。
自分が売った商品を嬉しそうに持ち、男性が帰って行く後ろを姿をフロンは見つめる。
「恋人かぁ……一度でいいから、私も恋したかったなぁ」
遠い目で男性を見つめるフロンの瞳はどこか諦めに満ちた声で呟き、その時口元から一筋の血が流れた。
「今回はお客さんが帰るまで、なんとかもったっすね……」
来ているコートのポケットからティッシュを取り出すと、手慣れた手つきで血を拭いて行く。
「フロンさん! ちょっと向こうでトラブってて、助けてもらっていいですか?」
その時、従業員の女性がフロンに声を掛け、フロンの口元に血が出ている事に気付いた。
「あ、何時ものですか?」
「うん、だから心配しないで。問題が起きたんですね? すぐ行きます!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。いつもの事っすからね!」
元気よく大きな胸を張ってフロンが言うと、女性店員が小さく笑う。
「フロンさんは身体が大変なのに、いつも元気ですよね。凄いです」
「違うっすよ。従業員のみんなが頑張ってくれるから、私も頑張ろうって思うんです。さ、行きましょう!」
「はい!」
そしてフロンは女性店員と笑顔で一緒に歩き出した。
******
その日の夜。一人の女性が机の上のある明かりだけを頼りに、一つの書類にペンを走らせていた。
「……」
部屋は薄暗く、明かりは机の上にあるライトが、ぼんやりと書類と女性の表情を照らしている。
無言でペンを走らせる表情は暗いというよりも無表情であり、何を考えているのか分からない。
やがて最後に自らの名前を署名する。
『フロン・ヴェルナ』
書き終えるとペンを置き、大きな溜息を吐いた。
「オルテ先生とコアト様の力があれば……うまくいけば私の願いは叶う」
フロンはふと目の前にある窓から外を眺める。
そこには今まで生きて来た中で、何度も見た事のある三日月があった。
その欠けた様に見える存在に、まるで自分のようだとフロンは自嘲気味に笑う。
「私が死ぬか両親が死ぬか……いっそみんな死んでもいい。私の居場所はもう無いんだから」
誰にも届かない呟きは薄暗い部屋の中で闇に吸い込まれるように消え、フロンは何気なく背伸びをする。
その時、パキっと嫌な音がフロンの脇腹あたりから聞こえた。
「いだっいたたたた! 肋骨が折れた……」
フロンは右脇腹を抑えて悶絶する。
だがすぐに何事も無かったように軽く息を吐いた。
「ふぅ……治った。こんな身体ともうすぐお別れっすね。ホント、どうしてこんな目に」
そう言うと、自分の両手をフロンは見つめる。
「こんな身体に産んだ両親が悪いのか、私の運が悪いだけなのか。最後くらい良い事があってもいいのになぁ……」
暫く目を閉じて、まだ自分が健康だった頃の両親の顔を思い出した。
10年以上前の事だが、まるで数百年は前の様に思えるほど懐かしく、そして悲しい光景を。
思い出を振り払うように頭を軽く横に振ると、今度は首からゴキっと音が聞こえた。
「うっ……もういいや。寝よう」
首を片手で抑えながら、フロンはベッドへ身を投げて横たわる。
目を閉じていると首の痛みもすぐに消え、やがて泥の様な深いまどろみの中へ意識を沈めて行った。




