第63話西の野に沈む太陽
阿蘇山中岳中央火口。
「ふぅ……そろそろあがろうか」
湯だまりは強酸性。50〜60度と人間が入るには熱すぎるエメラルドグリーンの湯から顕となる水滴のついた見事な肌色の肢体を披露する。
タオルなどはなく、熱した鉄に水を落としたように肌に残る水滴はジュッと蒸気として消し飛ばす。
千早の青摺りの代わりに、左の脇腹にワンポイントの鮮やかな赤い牡丹の吉祥文様と流水鶴の入った黒のタンクトップに、腰で締めた緋の行燈袴というアンバランスな衣装を身に纏って、紅の髪をたなびかせるまま。
「……西の野に陽炎の かたぶき見えて返り見すれば 月立つぬ。真っ昼間から何ぞを詠むやら」
キセルからうまい煙を燻らせ、山の頂から高原を見渡し一服する。
「紅葉狩りをしにきたっけな? 教育すら受けられなかったから、か恥ゆしや。酒でも持ってきてくれたの。赤葉 柳一……」
火口の監視所 兼 避難所から伸びる監視路をバイクで登ってきた男がいた。
赤とオレンジ色の落ちゆく紅葉色の短髪、背中に牡丹と左足にまとわりつく流水鶴の柄が入ったバイクスーツに身を包んでいるが、ジャラジャラとアクセサリーを身につけているわけでもなく、たったひとつ、首から開いた胸元まである純金の鎖のネックレスをかけている。
特異者 赤葉 柳一。
赤葉はバイクを降りるとグローブを外しながら女に近づく。
その手には、10本すべての指に環がついていた。
「よぉ……エロいねえちゃんが裸で大自然に身を委ねてるって公園管理部から通報があったんだ……オンロードのままここまでブッ飛ばしてきたのによ」
赤葉が女に向かって軽口を叩いたところ、別のエンジン音が監視路の方を登ってきた。
「赤葉さん! 火口はいま立入禁止ですよ!?」
「アキラ、おまえついてきたのか」
赤葉のバイクより一回り小さいバイクに跨って、赤葉の部下アキラが合流する。
花木の方に合流しろって置いてきたはずなんだがな……この命令違反常習者。
「有名な特異者とこんな辺鄙な温泉地で会えるなんてラッキーたい」
「ここが温泉地か。ねえちゃん肌ガッサガサだったりしない?……しねぇか、見事な肢体だ」
「わたしは地元民ばい。ただ温泉をたのしみにきただけったい。お、いまのっぽいぽい。間違えた。いまのぽいったい」
「下手くそ。教わらなかったのか?」
「たいとばいをつけてればいいんだろうがばい!!!」
赫い輝きと共に、女の纏う熱が高まる。
「やっぱガサガサつっつーじゃねぇか。化けの皮が剥がれてんぜ。おじょうちゃん」
「こんなババア掴まえておじょうちゃん扱いしてくれるなんて紳士だね、柳一くん」
「よく言われる。そして自己紹介をありがと、ババア」
「……そうだね。その扱いの方がわたしもやりやすい」
なんて心悲しい目で見てきやがる。
「柳一くん。あなたはどうしてここに?」
「花木 開。ホントは通報がある前から火口の側で待機してたんだ」
「春瀬か……勘所がいい。そのとおり。あの子はダメだ。人格とか人柄とかの前に、もうこの世界にいてはいけないとわたしは思う」
「おれは弱いものイジメをするのも、するやつもキライだね」
「わたしは強者を好み、弱者を嫌う。強者を好むことができるのは、己が強者である所以だ」
……リサさん。変わっちまったもんだ。
鶴松青摺紋様の千早の代わりに、背中に吉祥百花の牡丹文様が咲き誇る黒法被に腕を通して整えられた姿。
似合いすぎててスッゲェカッケェ……けど、この人を止めなきゃいけねぇ。
「アキラ。下がってな」
「お供します!赤葉さん!」
「おい!この子には手出し無用だ!」
「いいよ。因縁もない子だ」
「……アキラ。ネックレスやら預かっておいてくれ……お前の命の次くらいにたけぇんだ、これ」
「赤葉さん……わかりました」
「わかるよ。着飾りたい気持ちは痛いほど。でも外しちゃうんだね。人間だってアクセつけたらテンションあがるだろ」
「デートの前に悪いな。でも安心しなまだいっぱい身につけてる」
赤葉は指に嵌まった指環を両手を掲げてみせる。
「それは武器だろ」
「あなたを殺すアクセサリーだ。だが火群 燎燦! 身なりの話ならオレはお前に言いたいことがある……」
「焼きぃ入れるぞ爆弾小僧。だがわたしもだ……柳一……だれに断ってその髪色にしてんだ……?」
赤葉とリサの頭に高熱が昇る。
「「ケツに火ぃつけろや! キャラがかぶってんだよ!!!」」
髪色がかぶってやがる。灯る燈篭の牡丹みたいな紅をしやがって!向こうは生まれ持っての地毛かもしれねぇが知ったことか。オレだっていまはこれが地毛なんだからよ!!!来週また染め直すけどな!!!
「はっ──?」
初手、リサの照準が向けられた指先から剣のように空を貫いた特大バーナーが、赤葉もろとも包み焼き焦がす。
赤葉は自分の特異の性質上、遅れをとった。
「初手で大火力してんじゃねぇぞババア!!!」
──あ?どこいった?
「きみに流されることくらいわかってるってーの」
赤葉が目の眩みを払いながら見回すと、リサはバイクのターボスイッチに指をかける寸前だった。待て、それはオレのバイク!!!
「パクってんじゃねぇクソババア!!?」
……盗まれた。
「赤葉さん!」
「アキラ!まわせ!!!」
赤葉はアキラのバイクに後ろ向きで飛び乗る。
くそが。マジンのくせにいきなりあんな馬火力でくるかふつう! 特異者の異象を知ってるくせに、目眩しのためだけに、ダシ抜いて花木を手にかけるために──。
「よっぽど焼けるじゃねぇか! ならこうするしかねぇよな ! アキラ、ハンドルはなすんじゃねぇぞ!!!」
赤葉はバイクで後ろを向くと、翳した手から黒い球体を生み出して地面に落とす。
「灌熯!」
球体は赤葉の異象操作と同時に激しく煌めいた。衝撃が身を貫く中、爆風でバイクを後押しする。
「やっぱり燎真のカスタムは最高だ。喜兵衛もいい仕事してる。わたしにもピッタリだ……いらない枯れたもんが出てきやがった。ガスにやられた……」
背後の爆発音にも耳を傾けず、リサは目を擦るわけでもなく、ただエンジン室を燃やし続ける。




