第4話 審問騎士団との遭遇 後編③
兵士たちの喚き声が、森を不気味に反響していた。
女騎士は震える唇で祈祷を続けようとするが、声は途切れ、光は二度と宿らない。
庇う兵士も、もう立ち上がる力すら残されていなかった。
「……もういいよ」
エルが囁いた。
リクを振り返り、吐瀉物で濡れた頬を愛おしげに撫でる。
翠色の瞳は、恐怖も嫌悪も一切受け取っていない。
ただ「リクがそこにいる」という事実だけを、陶酔するように抱きしめていた。
「リクがやめてって言うなら……仕方ないな」
腕を下ろし、血に濡れた指を絡めるように彼の手を握る。
その一方で、女騎士と兵士へ向けた笑みは冷ややかに変わった。
「……でもね。もう二度と、私たちの前に立たないで?」
その声音には、甘さも優しさもなかった。
ただ静かな“絶対命令”がそこにあった。
女騎士と兵士は、互いに顔を見合わせる。
怯え、涙に濡れ、それでも二人は肩を支え合いながら立ち上がった。
血に濡れた足取りで、森の奥へとよろめきながら消えていく。
――残ったのは、リクとエルだけ。
静寂が戻る。
だが、それは安堵の沈黙ではなく、惨劇の後に訪れる異様な静けさだった。
鉄の匂いが濃く漂い、土は暗く濡れて、夜をさらに深くしていた。
「……エル」
リクの声は掠れていた。
吐き気の余韻で喉は焼け、心臓は乱打し続けている。
「なんで、こんな……」
震える言葉に、エルはただ頬を寄せて囁く。
「だって……全部リクのためだよ」
血に濡れた彼女の唇が耳元で笑う。
「リクが生きててくれれば、それでいいの。
ね、リク? 私、間違ってないよね?」
返せなかった。
否定すれば、その刃はまた誰かに向かう。
肯定すれば、自分の理性が壊れる。
どちらにせよ、もう戻れない。
だが――。
リクは、吐き気の残る喉で、かすれた声を絞り出した。
「……エル」
「ん?」
「……もう、手を……離すなよ」
一瞬、彼女の瞳が大きく見開かれ――次の瞬間、頬を染めて満面の笑みを浮かべた。
「……うんっ!」
血まみれの笑顔。
恐怖と愛と幸福が混じった、常軌を逸した輝き。
それでも、リクの心臓は激しく脈打ち、その手を握り返すしかなかった。
夜風が吹き抜ける。
星は曇りに隠れ、祈りの言葉を運ばない。
ただ二人の影だけが、深い森に寄り添って落ちていた。




