第4話 審問騎士団との遭遇 後編②
血の匂いが森を満たす。
生き残った数人の兵士は、震える声で祈祷を唱え続けていた。
しかし祝詞は途中で途切れ、震える声は掠れ、光はどこにも宿らない。
その中で――ただ一人、女騎士が槍を握り直した。
血に濡れ、涙で滲む視界の奥で、それでも彼女は叫ぶ。
「たとえ――異端でも……守るのが、騎士の務め……ッ!」
祈祷の光が一瞬だけ刃先を包んだ。
女騎士は叫びとともに突撃し、槍の穂先をエルの胸に突き立てた。
だが。
――メキィッ。
折れたのは、槍の方だった。
穂先は無惨に曲がり、女騎士の両腕に衝撃が返る。
骨が悲鳴を上げ、彼女は膝から崩れ落ちた。
「……うそ、だろ……」
膝をついた女騎士を、隣の若い兵士が庇うように抱き寄せた。
震え、怯えながら、それでも彼は彼女の前に立つ。
「やめろ……! もう、やめてくれ……!」
その姿を見たエルは、一瞬だけ目を細め――ふ、と口角を上げた。
「……そっか。二人は、恋人なんだ?」
赤黒い血を滴らせた手を口元に当て、子どものように小首をかしげる。
背後の兵士たちが息を呑む。
「ふーん……だったら、見逃してあげてもいいよ?」
女騎士と兵士が驚き、顔を上げる。
その視線の先で、エルは楽しげに微笑んだ。
「だって、カップルなんでしょ? カップルなら……キスぐらい、できるよね?」
吐き気がするほど甘ったるい声色。
血の匂いが混じった森に、あまりにも不釣り合いな響きだった。
「……っ!」
女騎士が絶句する。
兵士は青ざめ、震える手で必死に首を振った。
「ふ、ふざけるな……! 俺たちは……」
言葉を遮るように、エルが一歩踏み出す。
血塗れの裸足が、落ち葉を踏んでしっとりと音を立てた。
「ねえ、してよ? そうしたら、二人とも殺さないであげる」
にこりと笑う。
その無垢さが、残酷さを何倍にも引き立てる。
背後の兵士たちが錯乱したように叫んだ。
「やれ! やれよ、早く! キスすれば助かるんだ!」
「頼む! 死にたくない……!」
命乞いと同じ声量で繰り返される“キスコール”。
女騎士は顔を真っ赤にして震え、庇う兵士は唇を噛み切るほどに食いしばる。
リクは胃の奥が反転するような感覚に襲われ、ついに吐いた。
酸っぱい液体が喉を焼き、地面に落ちる。
「……っ、ごほ、ごほ……!」
「リク?」
エルは振り返り、血と涙と吐瀉の混ざる彼を見て――うっとりと笑った。
「……そんなリクも、大好き」
吐いたリクの頬に触れ、赤黒い手で優しく撫でる。
その仕草が、兵士たちには悪夢にしか見えなかった。
――狂気と愛。
その狭間で、森はまだ終わらない惨劇の余韻に震えていた。




