第3話 異端と村の断罪
村に戻ったのは、夕暮れが山の端にかかる頃だった。
西の空は朱に染まり、屋根瓦や井戸の縁に長い影を落としている。
いつもなら、子どもたちが駆け回り、井戸端で女たちが洗濯物をたたみながら笑っている時間帯だった。
だが、この日は違った。
道は静まり返り、戸口の奥で人影がさっと消える。
窓越しにこちらを見た顔が、すぐにカーテンの影に隠れる。
耳に届くのは、自分たちの足音と、遠くで鳴く鳥の声だけ。
まるで、ふたりが“人ではないもの”に変わってしまったことを、村の全員が知っているかのように。
「ねえ、リク。……みんな、なんか変だよ?」
エルが小首をかしげる。
銀髪が夕陽を含んで淡く光り、笑みはいつものように穏やかだった。
だがリクの胸には、鈍い重みが沈む。
この村は、もうエルを“人間”として見ていない。
いや、それどころか――“異端”として恐れている。
(Rewrite……やっぱり、あのスキルは……)
人の理を越えた力。
自分はそれを使ってしまった。
彼女を、生きていることに“してしまった”のだ。
エルは、もう元には戻れない。
そしてその事実を、村の誰もが直感で悟っている。
──その証拠に。
「エル姉ちゃ――」
井戸端から駆けてきた子どもが、声をあげかけて止まった。
血のにおいを纏ったエルに目を向けた瞬間、その顔は強張る。
次の瞬間、悲鳴を飲み込み、仲間と一緒に背を向けて走り去っていった。
「……あ」
エルは伸ばしかけた手を宙に止めた。
笑顔のまま固まり、ほんの一瞬だけ、その瞳に寂しげな影が差す。
「……やっぱり、私……」
零れた声を、リクは思わず強く手を握って遮った。
「エルは悪くない」
その言葉に、彼女はぱちりと瞬きをして――すぐに、ふっと笑みを深めた。
握られた手を強く、強く握り返す。
「……うん。大丈夫。リクがいれば、それでいいから」
子どもたちの逃げ去った方向など一瞥もしない。
翠の瞳はただリクだけを映していて、そこに恐怖も不安も欠片すらなかった。
──日常は、もうどこにもなかった。
⸻
夜。
村の広場。囲炉裏の火が静かに揺れ、赤い光が老人たちの顔を照らす。
輪になった影が声をひそめ、吐く息に混じって呪詛のような言葉が落ちる。
「神に背いた」
「あれは死者ではない」
「魔の力だ。断じて許されぬ」
その響きは冷たく、だが確かな“断罪”の意志を孕んでいた。
⸻
翌朝。
村の掲示板に、一枚の布が貼られていた。
ざらつく布地には、かすれた赤茶色の文字。
『異端の疑いがある者は、神聖教会の審問官のもとに送ること』
その下に記された名。
――アマギ・リク
――エル・シェルファリア
「…………」
背中を氷水で叩かれたような感覚が走る。
村人たちの視線が、じわじわと突き刺さる。
誰も声をかけない。ただ黙って“当たり前”のように見下ろしていた。
「リク。……逃げよう?」
隣のエルがそっと囁いた。
怯えも怒りもない表情。
けれどリクの手を握る指先だけが、かすかに震えていた。




