第2話 Rewrite発動 前編
──夢であってほしかった。
森の縁。湿った土の匂いが鼻を刺し、遠くでカラスが一度だけ短く鳴いた。
リクは、震える指先を握りしめたまま、目の前の少女を凝視していた。
銀髪の少女――エル。
けれどその瞳は、淡く濁った水の底に沈んだみたいに焦点を結ばず、感情の光が置き去りにされていた。
「リク、大丈夫?」
耳に届いた声は、いつものように柔らかい。
だが、その足元には、まだ温もりの残る魔獣の死体が転がっている。
首は不自然にねじ切れ、肉片が散り、鮮血が黒い水溜まりをつくっていた。
「……お前、さっき……死んだはずじゃ……」
さっきまで、この腕の中にいた。
呼吸は途絶え、胸は陥没し、心臓は沈黙し、手は氷のように冷たくなっていた。
名前を呼んでも、瞼は二度と開かなかった。
間違いようがない。あれは確かに“死”だった。
──なのに、今、彼女は生きていて、リクを見つめ、口元に微笑を浮かべている。
「ねえ、リク。……私、生きてるよ。リクが呼んでくれたから」
その微笑みに、痛みも困惑も一切なかった。
ただ、静かに、当たり前のように――“死の否定”だけが残っていた。
「だから、私……リクのために、なんでもするね」
ぞわり、と背筋が泡立つ。
愛を告げる言葉のはずなのに、響きは祈りに似て、ひどく無機質だった。
これは“蘇生”じゃない。
彼女は生き返ったのではなく、別の形で――再構成された。
──《Rewrite》。
あの瞬間、頭の奥で焼きつくように鳴った異質なスキル名。
対象の存在定義すら塗り替える。
死という概念を否定し、「生きていること」に“してしまう”。
馬鹿げている。……でも、否定できない。
自分は確かに、彼女を“戻してしまった”。
けれど、そこに立つのは、もう“普通のエル”ではない。
それを証明するかのように――
森の奥から、再び咆哮が轟いた。
体長が牛ほどある角付きの魔獣が、鼻息荒く、地面を砕きながら突進してくる。
「リク、下がってて」
エルは一歩、前へ。素足のまま、何の武器も持たずに。
その足裏が土を踏むたび、周囲の空気は目に見えない圧で重くなっていく。
森全体が息を止めたみたいに静まり返った。
魔獣が跳ねた、その瞬間――
ぐしゃっ。
風を裂く破砕音。次の瞬間には、魔獣の頭部が形を失っていた。
骨も肉も脳漿も、何もかもが粉砕され、雨のように地面へ降り注ぐ。
巨体は崩れ落ち、土煙だけが二人の間に漂った。
気づけば、エルはもうリクの正面に戻っていた。
血の滴る頬に髪が張りつき、唇だけがふっとやわらかく笑う。
「大丈夫。もう、怖いものなんてないよ」
仕草は確かにエルのものだった。声も、顔も、立ち姿も――すべてが“彼女”のまま。
……だが決定的に、何かが違う。
この少女は、もう人間ではない。
いや、“人間という定義から逸脱した存在”になってしまった。




