第14話 Rewriteの器
──深夜。森の外れを撫でる風が、草の穂先を静かに揺らしていた。
外の世界はひどく静かで、それゆえに、室内の空気の重さが際立つ。
それは、夢のような時間だった。
けれど、夢はやがて終わりを告げる。
「……ここは……?」
少年──リクは、うす暗い天井を見つめながら、ゆっくりとまばたきをした。
首筋にまとわりつく汗は冷たく、脳の芯にはまだ焼けるような熱が残っている。
こめかみを押さえると、脈動が指先に伝わり、吐き気にも似た倦怠感が胸を圧迫した。
視界の端に、誰かの影がある。
ノアだった。
金色の髪が月光を受けてゆるやかに揺れ、その瞳は夜の湖面のように深い。
椅子に腰掛けたままの彼女は、疲労の色を隠しきれない顔で、それでもわずかに安堵を滲ませていた。
「……ノア、なのか……?」
かすれた声で呼びかけると、ノアは小さく頷いた。
「……よかった。目が、覚めたんだね」
その声には、以前よりも柔らかな響きがあった。
神の使徒としての“定義”が剥がれたことで、抑圧されていた感情が表に出始めているのかもしれない。
⸻
だが、次の瞬間──リクは眉をひそめ、こめかみを押さえた。
「……あれ……? なんだ、これ……俺……なんで二人いる……?」
ノアの瞳がわずかに鋭さを増す。
「……二人? 誰と誰が?」
「わからない……でも……自分の中に……もうひとり……“Rewriteを望んでる俺”がいる……」
その言葉に、ノアは目を細め、表情を読み取ろうとした。
それは危うい直感だった。
彼女は既に、リクの中に別の“意思”が芽吹いているのを感じ取っていた。
⸻
そのとき、静寂を破る音がした。
軋む蝶番の音とともに、扉が開く。
入ってきたのは──エルだった。
「リク……!」
瞳が潤み、声は震えていた。
駆け寄る勢いのまま、彼女はリクの手を両手で包み込む。
その瞬間、空気がざわめいた。
リクの背後で、黒い光がゆらりと揺らめく。
「ッ──!」
ノアの指が反射的に剣の柄を握りしめる。
現れたのはエルではない。
それは異質な存在感──空間の縫い目から滲み出す“別の気配”。
黒い神衣に包まれ、顔の輪郭すら定かでない異形。
その足取りは音もなく、しかし存在感だけは圧倒的だった。
──神罰代理官。
低く、冷ややかな声が響く。
「対象確認──Rewriteの器、覚醒段階:Phase1」
「神域より命令──器の回収、および異端存在の消去を開始する」
言葉に感情は一切なく、光の矛が静かに構えられた。
⸻
「……来る」
ノアが剣を抜く音が部屋に響く。
その横顔には、もう“使徒の無感情”はない。
「私はもう神の使徒じゃない。……でも、この戦いは私の戦いだ!」
紅の花びらが、足元から舞い上がる。
エルの視線が鋭く光り、空気が軋んだ。
「リクを殺させはしないよ」
そして──
「……僕も、逃げない」
リクがゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、二重の光──自分と“もうひとりの自分”が宿っていた。
「Rewriteが暴走するなら、僕が止める」
「僕自身のRewriteで」
⸻
神の定義から外れた三人が、同じ方向を見据える。
この瞬間、戦いは“世界律”ではなく、“意思”で選ばれた。
そして、さらに遠くから、その光景を覗き込む存在があった。
ミレイ。
黒いローブを風に揺らし、森の外から静かに呟く。
「Phase2に入った……。このままRewriteが器に適合したら──」
「この世界……ほんと、面白くなる」
その唇が微かに歪んだ。
それは、神の理からも外れた、得体の知れない笑みだった。




