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スキルで死んだ幼馴染を蘇らせたら、異常な愛で世界が終わった  作者: 辛子麻世
第2章 この世界が、彼女を許さなくても
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第10話 神の目

 ──空が、音もなく割れた。


 裂け目は稲妻のように走るわけでもなく、ガラスが砕ける音もない。

 ただ、世界そのものが裂け目を受け入れるかのように、静かに、必然のように開いていく。


 そこから差し込む光は、陽光でも星明かりでもなかった。

 色を持たず、温度を持たず、ただ見るためだけの光。

 それは、神域から垂れ落ちる“観測の視線”──この世界を構成する全てを無言で測る、冷たい眼差しだった。


 エルはその真下に立ち、動かない。

 白い肌に、亀裂の奥から零れ落ちる紅の花弁が、ゆっくりと舞い降りてくる。

 彼女の足元では、つい昨日まで枯れ草と土しかなかった地面から、草花が異様な速度で芽吹き、咲き乱れていた。

 廃墟だった教会は、まるで長い祈りの末に蘇った聖域のように輝きを帯びていく。


「リク……見て。空が、きれい」


 その声は、幼子のように無垢で、同時に底知れぬ熱を孕んでいた。

 彼女が指差した先──空の亀裂の奥、そこに“何か”がいた。

 形も輪郭もなく、それでいて確かに存在する視線。

 それは、人間が本能で理解してしまう“神の目”だった。



 * * *



 あの戦いから、一日が過ぎた。

 リクとエルは、山奥のひっそりとした小屋に身を潜めていた。


 夜は静かすぎて、外を流れる小川の音すら遠く聞こえる。

 だが、リクの胸の内には休まる瞬間などなかった。


「……なんだよ、これ……」


 息を潜めながら、彼は独りごちる。


 目に映る“世界”が、変わってしまっていた。

 空は鈍く銀白にくすみ、木々は色を失った灰緑に沈んでいる。

 何より、隣にいるエルの肌が淡く光を帯び、現実感を失わせる。

 まるで、全てが“神の観測下”に置かれた模型のようだった。


(……Rewriteの影響か……?)


 体の奥底で、熱とも冷えともつかない波が絶え間なく押し寄せてくる。

 それは痛みではなく、形を変えられていく違和感だった。

 ──神の視線が触れた場所から、ゆっくりと人間の枠が削がれていくように。


「大丈夫だよ、リク」


 隣からエルが微笑みかける。

 その笑顔は優しいはずなのに、リクの背中をひやりと撫でるものがあった。


「私が、全部守るから」


(……何かがおかしい)


 その瞬間、リクは悟った。

 エルの瞳の奥には、彼女のものではない**“別の何か”**が、じっと棲みついている。



 * * *



 同時刻、神域。

 黄金に輝く階段の上、無数の使徒たちが膝をつき、顔を上げられずに報告を重ねていた。


「報告。書き換え対象“エル”に、神格化の兆候を確認」

「観測対象リクの魂構造が不安定化。Rewrite使用者としての限界が近い」

「補正案:神の器としての適性評価を実施すべき」


 その言葉に応じるように、黄金の空間が波紋のように揺らぐ。

 輪郭のない影──いや、“神そのものの権能”の一部がそこに現れた。


 姿も声もなく、ただ世界を塗り替える圧そのものが降り注ぐ。

 思考より先に、全ての存在が理解してしまう。

 これが、神。


「Rewrite……次なる発動は、我の定義をも揺るがす」

「ならば、観測を超えて──干渉する」


 その宣告とともに、神域の空気がさらに重く沈む。

 絶対であったはずのものが、揺らぎ始める瞬間だった。



 * * *



 「リク……私、思い出したの」


 その夜、ランプの灯りの下で、エルがぽつりと呟いた。

 外は風の音ひとつなく、二人の吐息だけが小屋に満ちている。


「夢の中のこと……あれ、全部、私だった」


 リクは無意識に息を飲む。


「私ね、リクを何度も殺したの。何百回も。夢の中で」

「でも、現実では、リクは生きてる。……だから、嬉しい」


 その言葉を、彼は受け止めきれなかった。

 エルの目が、あの亀裂の向こうにあった“神の目”と重なって見えてしまったから。


 次の瞬間、喉の奥に鉄の味が広がる。

 彼は前屈みになり、口から血を吐いた。

 だがそれはただの血ではない──銀色の光を帯び、淡く揺らめいていた。


「リク……!」


 エルが椅子を倒す勢いで駆け寄る。


 そのとき、空間が音もなく“めくれた”。



 ──そこにいたのは、神だった。


 形を持たない“意志”が、世界律を歪めながらエルを見下ろす。

 ただ見られているだけで、鼓動が止まりそうになる。


「Rewrite。書き換えは、ここで終わりにしよう」


 それは命令ではなく、決定事項として響く。

 この瞬間、リクは理解した。

 次にRewriteが発動すれば、この世界そのものが書き換わる。

 そしてエルは──もう人ではなくなる。


 しかし、エルは静かに、ゆっくりと微笑んだ。


「……なら、リクが壊れる前に。私が全部、壊してあげる」


 その笑顔は、悲しくて、優しくて──そして、狂気を孕んでいた。

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