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スキルで死んだ幼馴染を蘇らせたら、異常な愛で世界が終わった  作者: 辛子麻世
第2章 この世界が、彼女を許さなくても
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第9話 Rewriteの副作用

 夜明け前の空は、濁った墨をそのまま溶かし込んだように、重たく沈んでいた。

 雲は低く垂れこめ、わずかな風すら湿り気を含んで肌にまとわりつく。

 鳥も虫も声を潜め、森全体が息を止めているかのようだ。


 リクは、その静寂のただ中で、肩を大きく上下させながら荒い息を吐いていた。

 冷たい空気を吸い込むたび、肺が痛み、吐き出す息がやけに熱く感じられる。

 視界の先に広がるのは、死を思わせるほど動きのない森──だが、彼が本能的に恐れているのは、その外ではなく、自分の内側だった。


(……寒い……)


 全身を包み込むような震えが、止まらない。

 背骨の奥から、細かい氷の刃で撫でられるような冷えが這い上がってくる。

 なのに、額や背中はびっしょりと濡れ、汗が止まらない。

 その汗が風に触れた瞬間、皮膚が痛いほど冷え、さらに震えが増す悪循環。


 頭の奥では、何かが規則的に響いていた。

 それが自分の鼓動なのか、それとも──自分の声ではない誰かのささやきなのか、もう判別がつかない。


(これは……なんだ……?)


 指先が自分のものではないように遠く、手を握ろうとしても鈍くしか動かない。

 肌が、内臓が、骨が、すべて“この世界の規格”から外れてしまったかのように軋む。

 自分という存在が、世界から切り離され、異物として浮かび上がっていく感覚。


「リク……!」


 湿った土を踏みしめる軽い足音。

 駆け寄ってきたエルが、膝をついて彼の顔を覗き込んだ。

 両手で彼の頬を包み込むが、その手は氷のように冷たかった。


「高熱……? でも……体温が下がってる……なに、これ……」


 額に触れたエルの指が、微かに震える。

 彼女の表情に、初めて見る影──“恐怖”が差し込んでいた。


「……ごめん……エル……これ……Rewriteのせいだ」


 声はかすれ、呼吸の合間に途切れ途切れに言葉がこぼれる。


「俺が……お前を……“死ななかったことにした”から……その矛盾が……俺を、世界から……」


 その先を言おうとした瞬間、喉の奥が塞がれたように声が出なくなる。

 視界の色が音もなく反転し、世界の輪郭が遠のいていく。

 音も匂いも、すべてが水の底に沈んでいくようにぼやけた。


「リク!? ダメ、待って! お願い……死なないで!」


 エルの叫びは、必死さと切迫感で震えていた。

 だが、その声すらも薄い膜越しに聞こえるように遠くなる。


 そして──暗転の中で、確かに声がした。


「……おまえ、必要ない」


 その声は、他でもない──“リク自身”の声だった。


「Rewriteに“主導者”は要らない」

「書き換えられた存在が、すべてを背負えばいい」


 冷たく、感情の欠片もない声。

 その宣告が、意識の灯火を完全に吹き消していく。



 ──目を開けたとき、そこは白一色だった。


 雪でも霧でもない。

 ただ、色も温度も匂いもない“無”の白。

 上下の感覚すら曖昧で、足元にあるはずの地面すら実体を持たない。


 その空間の中央に、エルが立っていた。

 彼女は笑っていた──だが、その笑顔には均衡がなく、何かが歪んでいた。


「……来ちゃったんだね、リク」


 声は優しげだが、その奥には甘く粘つく熱が潜んでいる。


「大丈夫。私がいるから。全部、私がやるから」


 足元が音もなく崩れ始める。

 それは穴に落ちる感覚ではなく、“存在”そのものが下から剥がされ、剥き出しにされていく感覚だった。


「リクが壊れるなら……私が代わりにRewriteを使う」

「私が全部、書き換える」

「あなたが、苦しまない世界を──」


 エルの瞳が、強い光を帯びる。

 その奥で、かすかに別の意志が瞬いた。

 それは彼女のものか、それともRewriteが生み出した“何か”なのか。


「神がどうとか、もう関係ない」

「私が、リクの神になる」


 その宣言とともに、白い世界に黒い亀裂が走る。

 空間がひび割れ、そこから紅い花弁のような光が溢れ出す。


 彼女のRewriteが再び起動したのだ。

 神の定義すら書き換える、常軌を逸した再構成の力。


 その余波は、神域の外まで波紋となって広がり──



 ──遥か、空の上。

 “それ”が、目を開けた。


「……干渉、確認」

「対象:エル。状態:Rewrite適合体」

「進行度:危険域」


 冷たく、巨大な意志が、ゆっくりと世界に降りてくる。

 その眼差しは、慈悲でも憎悪でもなく、ただ“観測”そのもの。


「観測を開始する」


 こうして──神すら測りかねる少女の愛と狂気の観測が、静かに幕を開けた。

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