婚約破棄された公爵令嬢は遠国の皇太子から求婚されたので受けることにしました
「セアル! お前との婚約を破棄する!!」
ロット王立学園の卒業パーティーも半ばが過ぎ、婚約者であるカシューヤッツ王太子殿下が現れるや否やわたくしに婚約破棄を言い渡しました。
「殿下、お戯れを」
「別に戯れてはいない。 お前との婚約を破棄するといったのだ」
カシューヤッツは侮蔑をするような目で見てきました。
(どうやら本気のようですわね)
このまま引き下がっても構わなかったのですが、理由だけでも尋ねることにしました。
「理由をお聞きしてもよろしいかしら?」
「いいだろう。 フォン」
フォンと呼ばれた女性がカシューヤッツのうしろから現れました。
「紹介しよう。 俺の新しい婚約者のフォンだ」
「・・・」
フォンはわたくしを見るなり怯えた顔をしてカシューヤッツのうしろに隠れました。
(誰? あの娘?)
初めて見る娘にわたくしは戸惑いを隠せません。
「フォン、大丈夫だ。 俺が君を守るから」
「・・・」
カシューヤッツの言葉にフォンはただ首を縦に振るだけです。
「セアル、お前が彼女を虐めているのは知っている。 俺もこの目で目撃したからな」
やってもいない罪状に疑問を感じたわたくしはカシューヤッツに確認します。
「それは本当にわたくしだったのですか?」
「遠くから見ただけだが、その腰まである紅い髪をした者はこの学園にはお前しかいないからな」
顔も見ていないのにわたくしだと断言するカシューヤッツ。
(なんて短絡的な・・・腰まである紅い髪のかつらを用意すればなりすましなど簡単にできるでしょうに・・・)
わたくしは呆れるほかありませんでした。
「どうやら納得したようだな」
カシューヤッツはわたくしが同意したと勘違いされたようです。
ふと、フォンと目線が合いました。
するとフォンは嘲笑するように口角だけ上げてます。
周りをよく見るとこの場にいるほとんどの者が嘲笑っていました。
(なるほど。 大半はグルなのね)
こうなると否定するのもバカバカしいとさえ感じました。
(反論しようとしてもどうせ聞き入れてくれないでしょう。 なら、こんな茶番さっさと終わらせてお父様に報告しに戻りましょう)
わたくしはカシューヤッツに対してカーテシーをします。
「畏まりました。 婚約破棄、謹んでお受けいたします」
そこで終わればよかったのですが、あろうことかカシューヤッツの取り巻きの貴族子息の1人が進言しました。
「殿下、婚約破棄だけでは殿下だけでなくフォン様の御身にも危険が生じる可能性があります」
「そうだな・・・セアル! お前を国外追放とする!!」
突然の国外追放宣言にわたくしは驚きました。
「殿下、それはドラグガード公爵家がゴバッド王国には不要という意味ですか?」
わたくしに兄弟姉妹はおりませんし、ドラグガード公爵家には分家や親戚筋も存在しませんので、このままでは必然と廃爵になるでしょう。
「ドラグガード公爵家がどれほど重要な役割を担っているか知らないが、王家に盾突くなら容赦なく切り捨てるぞ」
カシューヤッツの言葉からは本気でドラグガード公爵家を潰す意思を感じました。
(これは・・・何を言っても無駄ですわね)
これ以上話を拗らせる前にわたくしは承諾することにしました。
「婚約破棄並びに国外追放、謹んでお受けいたします」
「ふん、それでいい。 一月時間をやろう。 それまでにお前の家族や住み慣れた地に今生の別れをしておくんだな。 それが済んだら荷物を纏めてゴバッド王国から出ていけ」
「畏まりました。 それでは失礼いたしますわ」
わたくしはカシューヤッツに対してカーテシーをすると今度こそ会場から出ていきました。
(時間は限られている。 急がないと)
わたくしが廊下を歩こうとするとうしろから声をかけられました。
「セアル」
振り向くとそこには青髪イケメンが立っていました。
「! これはセリュウ皇太子殿下!!」
セリュウ皇太子殿下。
遠国セラフィークス皇国の第一皇子にして皇位継承権第一位の皇太子です。
国外で見聞を広げるためゴバッド王国に留学に来ました。
セアルと同じく今期の卒業生であり、卒業後は帰国予定です。
わたくしは慌ててセリュウに対してカーテシーをします。
「そんな畏まらなくてもいいよ」
「それでわたくしに何用ですか?」
本来なら軽く談笑をするところですが、時間が惜しいので本題を切り出すことにしました。
「単刀直入に聞くけど僕の国に来ないか?」
「え?」
「『龍』の末裔である君を僕の国に迎えたい」
『龍』とはドラグガード公爵家に伝わる異名です。
その昔、ゴバッド王国を建国する際にドラグガード家の先祖が多大なる功績をあげたことから当時の国王が公爵の地位と『龍』という称号を与えたのが始まりです。
以降、その子孫たちを『龍』の末裔と呼ぶようになりました。
「僕の母国であるセラフィークス皇国は『龍』をずっと欲していた。 だけど、産まれてすぐにこの国の貴族たちと婚約をしてしまうので僕の祖先たちはいつも涙を呑んでいた」
「それなら力尽くで奪えばよかったのでは?」
「はっはっはっ、君はずいぶんと意地悪なことをいうんだね。 そんなことをすれば『龍』の逆鱗に触れてしまう。 恐ろしくてできないよ」
どうやらセラフィークス皇国は何かしらの方法で『龍』の情報を得て徹底的に調べたのでしょう。
セリュウがわたくしたち『龍』のことを熟知しているのが何よりの証拠です。
「今回もすでにこの国の王太子であるカシューヤッツと婚約されていたから正直諦めていたんだ。 でも、先ほど彼が君に婚約破棄を宣言して国外追放までしてくれた。 おかげで僕にもまたとないチャンスが回ってきた」
「それで今ならわたくしを手にすることができると?」
「そんな驕ったりはしていない。 僕は君の意見を最大限尊重する。 その結果、僕の誘いを断っても素直に受け入れるよ」
わたくしはセリュウに対して背中を向けます。
「それではわたくしの心は動かなくてよ」
先ほどまでのセリュウが語ったことはおそらく本心でしょう。
ですが、それはあくまでも国として皇太子として『龍』を欲しているということです。
そこにセリュウ本人の本音はありません。
普通の方ならここで『なぜ理解してくれない!!』と憤るところでしょう。
しかし、セリュウはほかの方たちと違いました。
わたくしの前に回り込むと膝を突いて右手を取ったのです。
「セアル、君を愛しています。 僕と結婚してください」
「わたくし、先ほど傷モノになったばかりですが、それでもよろしいのかしら?」
セリュウは笑顔で応じます。
「君が欲しい。 誰にも渡したくない」
その回答にわたくしは笑顔で応じます。
「わたくしでよければ喜んで」
セリュウはわたくしの右手の甲に口づけをします。
それから立ち上がるとわたくしをお姫様抱っこしました。
「セリュウ殿下?!」
「時間がないのでしょう? 僕がお連れします」
それだけいうとセリュウは廊下を駆けました。
階段を降り、建物を出て、あっという間に馬車止めに到着します。
セリュウはわたくしを地面にそっと下ろしました。
「さぁ、着きましたよ」
「セリュウ殿下、ありがとうございます」
そこにわたくしたちの姿を見たのでしょう。
使用人たちがやってきました。
「お嬢様! どうされました!」
「殿下! 何事ですか!」
セリュウが手を前に出して制すると使用人たちは沈黙しました。
「今からドラグガード公爵領へ戻ります」
「詳細はのちほど話す」
わたくしたちが手短に話すと使用人たちは何もいわずにそれに従います。
そして、それぞれの馬車に乗り込むとドラグガード公爵領へ出発しました。
卒業パーティーから3日後───
わたくしはセリュウを連れてドラグガード公爵領の館へと帰宅します。
玄関を開くとそこには老執事とメイドたちが待機していました。
「お帰りなさいませ。 セアルお嬢様」
「「「「「お帰りなさいませ。 セアルお嬢様」」」」」
「ただいま戻りましたわ。 セバンス、お父様は今どこにおりますの? 急ぎ報告したいことがございますわ」
セバンスと呼ばれた老執事がすぐに対応します。
「旦那様なら執務室でお仕事をされております。 ところでそちらのお方はどちら様で?」
「こちらは遠国セラフィークス皇国第一皇子セリュウ皇太子殿下ですわ」
わたくしがセリュウを紹介すると老執事とメイドたちはすぐに頭を深く下げます。
「これは失礼いたしました」
「頭を上げてください。 僕の方こそ急な来訪で申し訳ない」
「謝罪はその辺で。 今はお父様に会うのが先決ですわ」
「こちらでございます」
セバンスの案内を受けて執務室へと向かいました。
部屋に到着するとセバンスが扉をノックします。
コンコンコン・・・
『誰だ?』
「旦那様、セアルお嬢様をお連れしました」
『入りなさい』
セバンスは扉を開けるとわたくしとセリュウは中に入りました。
お父様は書類から目を離して顔を上げます。
「セアル、戻ってきたか・・・と、そちらは誰かな?」
「初めまして。 僕はセラフィークス皇国第一皇子セリュウです」
「! これは失礼しました。 私はドラグガード公爵家現当主ガリュースと申します」
お父様は席を立つとセリュウのところまで歩き、頭を下げました。
「お父様、何やら難しい顔をしておりましたが、何か問題でも?」
「ああ、その・・・」
お父様はそこでセリュウを見ました。
「お父様、もしかするとそれはドラグガード公爵家のことでしょうか?」
「! セアル! なぜそれを?!」
「やはり、そうでしたの・・・実はわたくしの要件もそれですの」
「その話詳しく聞かせてもらえないか」
わたくしたちは部屋にある応接用のテーブルに座りました。
お父様のうしろにはセバンスが控えております。
「まず、初めにわたくしの身に起きたことをお話します。 3日前にロット王立学園で行われた卒業パーティーでカシューヤッツ王太子殿下から婚約破棄並びに国外追放を言い渡されました」
「何?」
お父様は眉を動かし、セバンスは驚いています。
「それは本当か?」
「事実ですわ」
「僕がいうのもなんだけど、とんだ茶番でしかなかった。 同じ頂に立つ者として恥ずかしい限りだ。 あんなのが次代を担うとなればこの国の未来は無いだろう」
「なるほど・・・それで合点がいった」
お父様は席を立つと執務机にある書類を手に取ります。
席に戻るとそれをわたくしに差し出しました。
わたくしは黙ってその書類に目を通します。
そこに書いてある内容は王家への不忠やほかの貴族たちへの圧制、それを踏まえた上で貴族として相応しくないから廃爵にすると書かれておりました。
読了するとお父様に書類を返します。
「随分と自分たちに都合の良いように解釈されているみたいですわね」
「我がドラグガード公爵家は王家だけでなく多くの貴族たちからも嫌われているようだ」
お父様も突然の状況に頭を悩ませていたのでしょう。
そこでセリュウの存在に気付いたのかお父様は謝罪します。
「セリュウ殿下、お見苦しいところをお見せしました」
「別に気にはしてないよ」
「それでこれからのことについてお話したいことがあります」
お父様は襟を正すとわたくしを見ます。
「わたくしはセリュウ殿下に嫁ぎ、殿下の母国であるセラフィークス皇国へ向かいます」
「! セアル、それは本心か?」
「はい。 お父様」
わたくしはお父様の目を見てはっきりと断言しました。
「ドラグガード公爵、僕はあなたの娘であるセアルを愛しております。 どうか僕たちの婚姻をお認めください」
「当代の『龍』からすでに許しを得ているのであれば、私からいうことは何もありません」
お父様は顔を綻ばせるとセリュウに頭を下げました。
「セリュウ殿下、娘を・・・セアルのことをよろしく頼みます」
「はい。 セアルを必ず幸せにすることをここに誓います」
セリュウから断固とした意志を感じました。
「それでお父様はどうされるのですか?」
「まずはドラグガード公爵領内にいるすべての者に今の状況を説明する。 そのあとについては個々の判断に任せる」
「そうですわね。 ここに残るのも出て行くのも個人の自由ですわ」
わたくしもお父様の意見に賛成です。
何も知らずに巻き込まれるのは耐え難いことですから。
「それが終わったら私は最後までここに残り、この国と共にする」
「お父様!」
お父様の覚悟を・・・この国の行く末を見届けると聞いて、わたくしは思わず叫んでしまいました。
「セアル、よいのだ。 これは私なりのけじめだ」
「よくないですわ! お父様も一緒にセラフィークス皇国へ行きましょう!!」
「僕もセアルと同じ意見だ。 あなたがいなければセアルが悲しむだろう」
「しかしだな・・・」
渋るお父様にわたくしは命令します。
「『龍』が命じます。 ガリュース・ドラグガード、わたくしと共にセラフィークス皇国へ来なさい」
わたくしの我儘にお父様は苦笑いします。
「当代の『龍』の命であれば仕方がない。 ガリュース・ドラグガード、お供いたします」
お父様はわたくしに対して深々と頭を下げます。
「時間もないことですし、急いで領民に説明しましょう」
わたくしたちは十数日をかけて領内の町村を回り、現在の状況を説明します。
お父様が領主でなくなったと聞くや否や領民たちは態度を一変させて下に見るようになりました。
なかには『この領から出て行け』という者まで現れます。
時代が変われば人も変わります。
いくらご先祖様が偉業を残しても今住む者たちが恩恵を受けているわけではありません。
「やれやれ、この国の民たちは『龍』の偉大さをわかっていないようだな」
「それは仕方ないでしょう。 『龍』を知るのは本来我が一族と王族だけですから」
「とにかく義理は果たしましたわ。 わたくしたちも急いで国を出る準備をしましょう」
ドラグガード公爵領の館に戻ったわたくしたちは館に仕える使用人たち全員を呼んで現在の状況を説明します。
領民たちと違い、皆ドラグガードに敬意を持っていました。
お父様はその場で今までの働きに応じてお金を渡していきます。
全員に配り終わるとお父様とわたくしは感謝の意を込めて皆に頭を下げました。
それからわたくしたちは急いで旅支度をします。
残された時間で国外に出なければなりません。
準備ができたわたくしたちはセリュウの案内によりセラフィークス皇国へと旅立ちました。
◆◇◆ カシューヤッツ視点 ◆◇◆
王城の一室。
俺は自分を支持する貴族たちと会合を開いていた。
「殿下、ただいま入りました情報によりますとドラグガード公爵家がゴバッド王国を出国しました」
「そうか、これで俺とフォンの仲を邪魔する者はいなくなったな」
「左様ですな」
俺の笑みに貴族たちも釣られて笑う。
「それでドラグガード公爵の領地のことですが・・・」
「貴公らで好きにするがいい」
「ありがとうございます!!」
思い通りに事が進んだことを喜ぶ俺と貴族たち。
「それにしても『龍』だか何だか知らないが、目障りな一族であったな」
「殿下、『龍』とはなんですか?」
聞いたこともない単語に貴族の一人が俺に問いかける。
「ドラグガード公爵家を指す言葉だそうだ。 王家に残る古い文献ではゴバッド王国を建国する際の立役者だったらしい。 まぁ、今となっては当時を知る術はないがな」
「どうせドラグガード公爵の一族が大言壮語で誇張したのでしょう」
「そうです。 当時のドラグガード公爵が王家を取り込む、いや、乗っ取るために使ったのでしょう」
「なんとも浅ましい一族ですね」
憤慨する貴族たちを俺は落ち着かせる。
「もうよいではないか。 ドラグガード公爵家をこの国から追い出しのだからな」
「そうですな。 今はこれからのことを考えなければなりませんな」
俺たちは今後のゴバッド王国について話し始めた。
◇◆◇ セアル視点 ◇◆◇
ドラグガード公爵家が国外追放されたあとのことです。
途中、わたくしはセリュウと共に隣国の標高の高い山にいました。
峰からゴバッド王国を見下ろしています。
「セアル、こんなところで何をするんだい?」
「これからゴバッド王国内にある不要となった楔を取り除きます」
「楔? たしかゴバッド王国を建国する際にセアルの先祖が大地に打ち込んだものだよね?」
「その通りですわ。 それ以降楔が解けぬよう管理するのが『龍』の役目でした。 とはいえ、楔を維持するのに身体への負担が相当かかります。 なので、ドラグガード家では代々生命力溢れる若者が『龍』に任命されてきました」
それを聞いてセリュウはなんとなく理解したようです。
「では、ドラグガード公爵がセアルのことを当代の『龍』といったのは」
「わたくしが12歳を迎えた時に先代であるお父様からその力を引き継いだのですわ」
お父様から『龍』を引き継いだ時のことは今でも鮮明に覚えています。
ですが、今は思い出に浸る時ではありません。
ゴバッド王国との縁を断つのが先です。
「さて、話はこれくらいにして始めます」
わたくしは一旦目を閉じて深呼吸します。
次に目を開くとその目はまるで龍のような目になっており、身体の至る所に痣が浮き上がっていました。
「これが『龍』か・・・」
「そうです。 正しくは『龍脈を制する者』ですけどね」
わたくしは左手を翳します。
「『大地に打ち込みし楔を今ここに開放する』」
パキンッ!!
わたくしの声に反応して何かが破壊された音が聞こえました。
しばらくするとゴバッド王国の大地が突然激しく揺れ始めました。
それと同時に地の底から龍の咆哮のように唸るような音があちこちから聞こえてきます。
「『龍』が暴れてる・・・」
「今まで悪い気の流れを抑えるための『楔』を解放したのです。 ゴバッド王国内のすべてを破壊し尽くすまで終わらないでしょう」
再び目を閉じると元の目に戻り、身体中の痣が消えていきます。
そして、楔がなくなったことでわたくしの身体も重圧から解放されました。
「さぁ、行きましょう」
「最後まで見ていかなくていいのかい?」
「断末魔の叫びを聞く趣味はないですわ」
わたくしとセリュウは山を下りますとそこにはお父様を始め、ドラグガード公爵家に仕えていた使用人たちがいました。
彼ら彼女らはわたくしたちと行動を共にしたいとついてきた者たちです。
そんな彼ら彼女らも母国であり、遠くに見えるゴバッド王国が変わり果てていくのを見て言葉を失っていました。
「もう、いいのか?」
「はい、お父様。 わたくしたちもセラフィークス皇国に参りましょう」
ゴバッド王国が崩壊していくなか、わたくしたちはセラフィークス皇国へ向けて再び移動を開始しました。
◆◇◆ カシューヤッツ視点 ◆◇◆
突然起こった地震にゴバッド王国内は大混乱していた。
最初はすぐに収まるだろうと誰もが高を括っていた。
しかし、いつまでも続く地響きと揺れに人々は徐々に不安を募らせる。
そして、ついに地割れが起きた。
それは家や物だけでなく人までも飲み込んでいく。
亀裂が広がり、逃げ場が失われ、救いを求める人々。
だが、それを嘲笑うように大地は引き裂かれ、人々を地の底へと吸い込んでいった。
俺は自室でフォンと抱き合っていた。
「きゃあああああぁーーーーーっ!!」
「な、何なんだ?! いったい何が起きているんだ!!」
俺の疑問に答える者は現れず、2人はただただ抱き合って揺れが終わるのを待つしかなかった。
「誰かっ! 誰かいないのかあああああぁーーーーーっ!!」
揺れのなか俺は必死に叫んだ。
いつもなら扉を開けて誰かしら現れるのに今は頑なに閉まっていた。
「いつになったらこの揺れは収まるんだ!!」
待てども待てども収まる気配がない。
それどころか時間が経つ毎に力が増していく。
「殿下ぁっ! 助けてぇっ!!」
「大丈夫だっ! 俺が守って見せるっ!!」
しっかり抱き合う2人。
だけど一瞬、ほんの一瞬だけ強い揺れが2人の運命を分けた。
「「!!」」
その一瞬で2人の足元に亀裂が入る。
バランスを崩しそうになり、抱擁が解けてよろけた瞬間、揺れが2人を引き裂いた。
そして、無情にもフォンの足場が崩落する。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
「フォン!!」
俺はフォンの手を掴もうとするが間に合わず、その手は空を掴んでいた。
フォンの身体は重力に則り落下していく。
「殿下あああああぁーーーーーっ!! ・・・」
手を伸ばすもフォンは吸い込まれるように大地の底に消えていった。
「フォン! フォン!!」
俺はフォンの名を叫び続ける。
だが、穴の底からはフォンの声は聞こえてこなかった。
「フォン・・・」
俺は力なく項垂れていた。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
気づけば地震は収まり、揺れはなくなっていた。
俺は立ち上がると扉を開ける。
「なっ!!」
そこで見た光景に俺は驚いた。
扉の先には廊下どころか王城自体が消失していたのだ。
建物は倒壊していて、俺が立っている部分だけが奇跡的に残っていた。
俺は気を付けながら地面へと降りていく。
なんとか降りることに成功した俺は親しい者たちの名を呼んだ。
「父上! 母上! フォン!!」
しかし、返事はない。
「誰か! 誰かいないか!!」
どんなに叫んでも返事が返ってこなかった。
「誰でもいい! 返事をしてくれ!!」
いくら叫んだところで返ってくるのは静寂だけだ。
俺は途方に暮れる。
「これからどうしたらいいんだ・・・」
ふと、地面を見るとそこには一冊の本が開かれた状態で落ちていた。
「本か・・・こんな物でもないよりかはマシだな・・・」
開かれたページを読んでみる。
「『これを読みし子孫よ、・・・』」
これを読みし子孫よ、我がゴバッド王国はドラグガード家あってこその国である。
彼ら『龍脈を制する者』は神の怒りにより荒れた大地に祈りを捧げ、怒りを鎮めた。
その超常的な力を『龍』と命名し、国に住むすべての者は『龍』に最大の敬意を払わなければならない。
もし、禁を破る者が現れればこの地は再び神の怒りを買うだろう。
子孫たちよ、決して『龍』を蔑ろにしてはならぬぞ。
「『・・・決して『龍』を蔑ろにしてはならぬぞ』か・・・俺がセアルを蔑ろにしたからこうなったというのか? ふざけるな!!」
俺は持っていた本を地面に叩きつけた。
それから本を何度も何度も踏みつける。
「くそっ! くそっ! くそっ! お前さえっ! お前さえいなければ・・・」
そこで俺は崩れ落ち、いつの間にか目の端からは涙が零れ落ちていた。
「俺がバカだったんだ・・・セアルを大切にしていればこんなことにはならなかったんだ・・・」
その日、地図からゴバッド王国が消失した。
このあとすべてを失ったカシューヤッツを見たものは誰もいない。
◇◆◇ セアル視点 ◇◆◇
ゴバッド王国から国外追放されて1ヵ月が経過しました。
わたくしたちはセリュウの母国であるセラフィークス皇国に到着しました。
「セラフィークス皇国へようこそ。 セアルが気に入ればいいんだけど」
「とても良いところですわ。 悪い気もないですし、これなら『楔』を打ち込む必要はありませんわ」
「それは良かった」
このあと、皇城に案内されてセリュウの父皇である皇帝に挨拶しました。
セリュウがわたくしとの婚約を報告すると皇帝は我が事のように喜びます。
念願である『龍』を取り込むことができたのが余程嬉しかったのでしょう。
その日は急遽婚約パーティーが行われました。
セラフィークス皇国に来て1年後、わたくしとセリュウはセラフィークス皇国にある教会で結婚式を挙げました。
「セリュウ様、セアル様、おめでとうございます」
「皆の者、ありがとう」
「祝福してくれてありがとうございますわ」
参列者にはわたくしとセリュウの家族だけでなく、国全体がわたくしたちを祝福してくれています。
「セアル、愛しているよ」
「わたくしも愛しているわ、セリュウ」
わたくしたちは皆の前で永遠の愛を誓い合いました。