閑話 ある日のラーメントーク
物語の本筋にはほとんど関係ない日常の一幕です。興味ある方は読んでくださると嬉しいです。
時系列は遡り体育祭の翌日の話です。
砥部と秋月の初対面の場面を描きました。
「お前、最近ふっくらしてないか?」
始まりはその一言だった。
6月28日木曜日。体育祭から1日経った日の放課後。図書室での一幕だ。
「な、なんですか!?失礼です!最低ですよ!セクハラですか?」
俺以外の人間が砥部を見ても気づかないだろう。でも、俺はその些細な変化に気づいてしまった。共に時間を過ごすことが多い俺だからこそ気づけたこと。
彼女の頬がいつもより、ほんの僅かに大きく見えたのだ。と言っても、少し大きく見えたとはいえ、それでも人並み程度とも言えない。もとが細身な体格だ。以前と比較して肉付きが良くなっただけで、依然として細身なことに変わりはない。
そして、確かなことがひとつ。俺のそれは失言だった。俗に言うノンデリというやつだ。
明らかにデリカシーを欠いているし、ついポロッと言葉が漏れ出てしまったが、いま振り返れば自分でも最低な発言だと分かる。
だがもう遅い。
「ホントにあなたという人は……。本当に最悪……、だから全人類から嫌われているんですよ!」
俺に対する反撃の口撃が容赦なく砥部の口から放たれた。それにしても、全校生徒というならまだしも全人類というのはあまりに主語が大きい。大きな主語で物事を語る人間にロクな奴がいないというのは俺の持論だ。
にしたって過剰なまでの砥部のこの反応……。本人も俺からの指摘を薄々自覚していたのだろうか。それなら尚更深い地雷を踏んでしまったらしい。
「どうやら心当たりがあるみたいだな」
地雷を踏んだ以上、今更引いてもその行方は地獄だ。だから俺は自爆覚悟で前に踏み込むことにした。もう、どうせ致命傷だ。ならば少しでも勇猛に散ろうではないか。
そして、そんな問いに顔を真っ赤にしながら砥部が白状した。
「……メンです」
しかし声が小さくイマイチ聞き取れない。
「ん?なんだ。声が小さくて聞こえないぞ」
「だからラーメンです!最近、ハマっちゃったんだなら仕方ないじゃないですか……。大きい声で言わせないでください!」
逆ギレ……と言いたいところだがよく考えればそうでもない。正当な理由の元にキレ散らかしながら、砥部は声を荒げて口にした。
それにしてもラーメンか……。細身の砥部だ。ジャンクフードとかファストフードとかそう言った類の物はあまり好まないと思っていたが意外だな。
「まあ、美味いからな。ラーメンなら仕方ない。だからそんなに怒るなよ」
「……」
我ながらフォローになっていない言葉を投げかけながら事態の鎮静化を図る。それに対して砥部は俯きながらプルプルと体を震わせている。
表情こそ見えないが、赤くなった耳からして、怒りと羞恥の感情によるものだろう。いつかくる仕返しが恐ろしい。
「所でそんな美味いラーメンなら教えてくれよ。豚骨か、醤油か?それとも味噌、魚介系とか?」
そのうち砥部から仕返しがやってくる。口調だけは礼儀正しい砥部だが、内面がそれとリンクしているとはお世辞にも言えない。やられっぱなしなんてのは絶対に受け入れず、物静かな世間体のその裏でジリジリと静かな炎を燃やしている……それが砥部の性格だ。
だから俺の死は最早免れない。加えて、なにより俺は結構なラーメンマニアだ。砥部がそこまでハマるラーメン、気にならないと言えば嘘になる。
私、気になります。
そういう訳で俺は最後の晩餐として食するため、砥部お気に入りのラーメンについて尋ねることにした。
ちなみに自称ラーメン通の俺のイチオシは鶏白湯ラーメンだ。濃厚かつクリーミー、それでいてクセのない深い旨み。想像しただけで涎がでる。
「……郎です」
「ん?さっきも言ったが聞こえん。大きい声で頼む」
今の俺は無敵だ。体育祭というでかい一山を乗り切ったからだろうか。それとも砥部からの報復が確定した以上、もう失うものが無いからだろうか。俺は煽るように砥部に聞き直す。
「……二郎ですよ!察してください、馬鹿逆巻さん」
すると、飛び出したのはまったくの予想外。
二郎……だと!?
「聞き間違いじゃなければ二郎って言ったか?」
「言いましたよ。文句があるんですか?」
文句は無いが、驚きが止まらない。思わず俺は何度も聞き返す。
「二郎って、あれだろ。ボリュームがやばいことで有名な、あのカロリー爆弾の」
「二郎はサラダです」
「は?」
「野菜マシにするんです」
「は?」
「すると、表面積の半分は野菜ということになります。これは最早サラダです。二郎はサラダなんですよ」
「は?」
だめだこいつ。脳まで侵食されてやがる。壊れた砥部をどうにかしなければ、そんなただでさえ面倒な状況。そこへ外野から大きな声が飛んできた。
「ここからラーメンの匂いがします!」
バタンッ、と勢いよくドアが開いて、ふざけた事を言う人物が入ってくる。
「するわけねえだろ。図書室だぞ、ここ」
我ながら鋭いツッコミを入れながら図書室の入り口辺りに目をやる。入ってきたのは秋月玲奈だ。
まためんどくさいのが入ってきたな。どうすんだこの状況……。言ってることも意味がわからないし、カオスすぎる。
「あ、説也君だ。ねえ、ここでラーメン食べてた?」
誰がいるのかも分からず図書館へと入ってきた秋月が、今ごろ俺に気づいて嬉しそうに話しかけてくる。
「ここは飲食禁止です」
それに対して砥部がキッパリと告げる。さっきまで二郎がサラダとかとち狂った事を言っていたのに今は図書委員モードらしい。
この2人のテンションの上がり下がりにはもうついていけない……、許されるなら早く帰りたい。
「あ、そうだよね。ごめんなさい……って、ねえ!もしかしてあなたが砥部さん?」
この状況をどう落ち着かせようかと様子見していると、謝っていた途中の秋月が突然、図書室の受付に座る砥部の元へと詰め寄った。
「そうですけど……」
気恥ずかしそうに、目を逸らしながら砥部が答える。どちらかと言うと砥部はおとなしめの清楚系キャラ、そして秋月は明るめの清楚系キャラ(元ギャル)。パワーバランスとしては秋月が一歩を上を行くようだ。
あれ……、っていうかそうか!こいつら初対面か。砥部には秋月にまつわるパラドックスについて何度も相談したけど、2人が会うのはこれが初めてか。
「あの……、私、砥部さんにお礼が言いたくて。ちょうど良かったです。その節は大変お世話になりました!ほんとにありがとう!」
秋月にも砥部の存在は伝えていたし、それで砥部のことが分かったのだろう。
「い、いえ……私は特に何も。そもそもパラドックスなんてモノには懐疑的でしたし」
「でも、あなたのおかげ……いえ、あなたと説也君のおかげで助かりました!これからもよろしくお願いします」
「そうですか……。ではこちらこそよろしくお願いします。
と、ここらでコミュ力に限界がきたのだろう。砥部が横目で俺に救援信号を送ってきた。まったく、こいつはもう少し人と会話した方がいいな。俺以外の人間と喋ってるのをほとんど見かけないぞ。
そういう俺も砥部や秋月以外とは会話をしていないのだが、自分のことは棚に上げておこう。
「それで、秋月は何しに来たんだ?さっきはよく分からないことを言ってたみたいだけど」
「ああそれなら、この部屋からラーメンの香りがしたんだよ」
「本気で言ってるのか?誰もラーメンなんて食べてないぞ。なあ砥部」
「はい、その通りです。さっきも言いましたが飲食禁止ですので」
「む〜、そうですか。だったらラーメンの話とかしてなかった?」
「それはまあ……、してたけど」
「はい、してましたけど……」
俺と砥部は同時に顔を見合わせる。お互いの心情がなんとなく分かった。「それがなにか関係あるのか?」そんな顔をしていた。
「じゃあそれだね。その話に惹きつけられたみたいだ!」
「なんだそういうことか」
秋月があまりに真面目な顔で言うもんだから、そのセリフの異常さにツッコミを入れることはしなかった。最早めんどくさかったのだ。ラーメンの話をしていても臭いがするはずない。
これ以上コイツに付き合って会話をしているとこっちまで頭がおかしくなりそうだ。だから早く帰りたい……、いや、帰ろう。もう帰ってしまおう。
「じゃあそういうことで改めて、パラドックスも無事解決して良かったな。そういう訳で俺はここらで帰るとするよ。用事もあるし……それに、女子2人で水入らずなんてのも偶にはいいだろ。お互い積もる話もあるんじゃないか」
用事がある……というのもあながち嘘じゃない。体育祭の後で起きた次なる異変、時間停止。あれ以来1度も起きていないあれは夢だったのだろうか……。
自分の記憶に懐疑心すら抱き始めているが、その件についてもう少し調べてみたいのだ。確信を持てた時には砥部や秋月に相談をするつもりだ。
それに、砥部はもう少し人と話した方がいい。話し相手に秋月はうってつけだ。悪い奴じゃないし会話も振ってくれる。コミュ障の砥部には良い刺激を与えてくれるだろう。
だから俺の発言はひとつも嘘ではない。カオスな展開にめんどくさくなって逃げようとしている訳では断じて無いのだ。
「えー、説也君もう帰るの?」
だが意外にも秋月は残念そうに俺を引き留める。俺のシャツの袖の辺りをわりかし強めに引っ張るその仕草に悪い気はしない。
「まあな、悪いけど用事があってな」
秋月とは同じクラスだし話ならいつでもできる。なにより今は砥部からの仕返しだって怖い。だから俺は再度帰宅の意を示した。
「えー、これまでのお礼にご飯でも誘おうと思ってせっかく来たのに……」
「お礼なんて大丈夫だ。それに俺の分のお礼は砥部にしてやってくれ」
「……」
『面倒ごとを押し付けるな!』そういった意図の視線が俺の元へビリビリと向いている。砥部からの熱烈なアピール、殺意がこもったラブコールだ。
「私も大丈夫です。それにお昼なら学食を食べたばかりですし」
俺に続いて砥部が逃げ道を確保する。だがそれは正論だ。帰り道に買い食いをする生徒も少なく無いだろうが、正直俺も腹は空いていない。昼飯を食べてからまだ2時間そこらしか経っていないからな。
「そっか、今日はなんだかラーメンの気分になっちゃったから隣の駅の二郎ラーメンのお店に行こうと思ったんだけど……。開店セールで安いみたいだったし、二人と行きたかったなぁ……」
分かりやすく肩を落として秋月が寂しがる。どうやらラーメン屋に行けないことではなく、俺と砥部に断られたことがショックなようだ。
これには少し申し訳ない気持ちになる。そんな態度を取られたらあまり無碍にもできない。そこで、俺は代替案としてカフェにでも行こうかと提案することを決めた。
「なあ秋月、変わりと言っちゃなんだが、カフェぐらいなr……」
「行きましょう!ラーメンなら別腹です」
俺の言葉を遮ったのは砥部の声。正気かコイツ?
「それに丁度良いですね。逆巻さんもこれからラーメンを食べに行く用事があるって言ってましたし!」
前言撤回だ。砥部は正気じゃない。頭がラーメンに支配されていやがる。駄目だコイツ……早くなんとかしないと……。
「ホント!?なら良かった。じゃあ砥部さんは決まりで説也君も行けるんだね?」
期待のこもった真っ直ぐな瞳。明るい未来を夢見る園児のように純真無垢な瞳。……これは流石に断れないな。
それに、これで砥部の気が少しでも治るならありがたい。さっきの俺のノンデリ発言の仕返しも含めてのこの展開だ。砥部の言葉には大人しく従っておくとするか。
「分かったよ。行くさ、行けばいいんだろ」
「そうと決まれば急ぎましょうか。善は急げです」
「やったー!こういうの憧れだったんだよね、友達と寄り道みたいな?」
「まあ偶には悪くないかもな。それより図書室はどうするんだ?」
図書委員の砥部が帰るとなると図書室を閉めなければならない。だが閉館は最終下校時刻の18時ごろだ。
「どうせ誰も来ませんから。それに言い訳なら考えてあります。2年1組の逆巻説也に無理矢理連れ去られたと言えば同情してもらえるはずですから」
「清々しいほどの冤罪だな」
「……ふっくらした良い体だと言いながら私の体を舐め回すように見てきたのはどこの誰でしたっけ?」
「……ホントなの?説也君?」
偏向報道が酷すぎる。そしてそれを信じる秋月もどうなのか。そんなに冷たい目で見つめられると悪い気がしないんですけど……。
「嘘に決まってるだろ。砥部のよくない癖だよ」
「そっか。そうだよね。流石にそんなこと言わないよね」
「ええ冗談です。少しおふざけがすぎましたね。すみません」
表面上は大人しく引き下がった砥部だが、秋月から見えないところで俺の肩をトントンと軽く叩いてきた。言葉の無い圧力が返って恐ろしい。
「さ、まあ砥部がいいって言うならいいか。実のところ本当に図書室に利用者なんて滅多に来ないしな。それより早く行こうか。遅くなればなるほど店も混むだろうし」
「そうだね!」
「ですね」
こうなっては最早俺が場を仕切るしかなさそうだ。いっそのこと乗り気で過ごして砥部のご機嫌を取るのがベストな選択だろう。それから俺たちは素早く荷物をまとめて図書室を後にするのだった。
……これがとある日のなんでもないただの日常。パラドックスが解決し、砥部と秋月が今更ながら初めて出会った日の一幕。お決まりとなっていた俺と砥部の二人の人間関係に新たな風が吹いた瞬間だった。
この日から秋月も俺や砥部とよく話をするようになり、図書室を賑やかしに来るのだが、そんな未来の展望を俺はまだ知らない。いい友人関係を築くことになる砥部と秋月の二人ですら知らない。知る由もない。
今はただ、この時間を楽しむことが最優先。そうしてこの日は三人でラーメンを食べに行ったのだった。体育祭のプチ打ち上げとでも言うのだろうか。終わってみれば楽しい出来事だったな、なんて思う。
それにしても秋月のやつ、帰り際にやたらとくしゃみをしていたな。
「風邪でもひいてないといいけどな」
だがまあ、馬鹿は風邪をなんとやらと言うし大丈夫だろう……。
私事ですが春から新社会人となってしまったため更新頻度が落ちてしまいます。
評価等頂けたらモチベも上がり、嬉しさで頑張れます!
何卒よろしくお願いします。