34話 期待
この話含めてあと4話で2章が終わります。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
小さい時から私の両親は厳しかった。進学塾に英会話教室、そろばん教室なんてとこに通わされた事もあった。習い事漬けの毎日は苦しくて仕方がなかった。
息をつく暇もない、なんていうのは比喩表現だが、事実として心が落ち着く時間なんてものは無かった。
「私たちの子なんだからきっと才能がある」
隣の部屋から聞こえてくる少し籠った話し声。暗い部屋で布団を被った私の耳にはよく聞こえていた。その言葉を聞く度に次の日がやってくるのが恐ろしいとすら思えた。
そんな日々の中で小学生ながらに私は期待に幾度も押し潰されそうになった。
いや、押しつぶされた。
「なんでこの子はこんなに尽くしても成長しないかな」
両親から言われた言葉は全て覚えてる。
「ねえ弥生、やったことは1度で覚えなさい」
「どうしてこんな簡単なこともできないの」
「私の子なのにそんなこともできないの」
「いい、弥生。この世は勉強が全てなの。絵画コンクールの入賞なんてなんの役に立つの?」
「結局、平均レベルの公立校があなたの実力か。もういいわ、弥生の好きにしなさい」
どれだけ時間が経っても私は変われなかった。だから両親はいつも私を叱った。
母は大学教授、父は医者。ともに過剰なエリート意識を持っていたし、事実エリートだった。そんな一人娘が出来損ないだなんて信じたくもないだろう。
私は自分の無能さがひどくコンプレックスだった。そしてそれは高校生になっても変わらなかった。
変わりたいという思いは変わらず持っていた。そのために人一倍勉強だってしたつもりだ。けれど、頑張ったところでせいぜい並大抵。上位に食い込むには至らなかった。
その頃にはもう、両親からの圧は弱くなっていた。けれど、私の中にある劣等感はそう簡単に消えない。変わりたいという思いは留まることを知らず日々強くなっていった。
そうして高校1年生の2学期になった頃、異変が起きた。私を除くすべての人間の時が止まったのだ。
私は悪い子だった。いろんな疑問はあったけど、その期に乗じることにした。だって時間が止まるなんてそんなこと起こるわけが無い……これは夢だ、幻だ。
それからというもの、私の評価はみるみる上がっていった。人から認められる高揚感を私は初めて味わった。生まれて初めて人に認めてもらえた。私を頼ってくる人だって現れるようになった。
自己肯定感が高まるのをひしひしと感じた。そして、それと同時に私の中でわだかまりも生まれた。
これは本当に私の成果なのか、という疑問だ。
でも、ようやく人に認めてもらえたんだ。その幸福を私は絶対に手放すわけにはいかない。
だから私は全てを自分の実力だとひたすらに思いこむように努めた。心の底からパラドックスなんて知らないフリをした。全ては私の力、私の実力、そう思わないとどうにかなってしまう。
だからパラドックスなんて、時間停止なんて私は知らない。1人の異性が超常現象について相談してきたりもしたが、私には関係ない。そんなオカルト話、信用に値しない。
そうやって過ごしてきたのになあ。めんどくさがりで、嫌われ者で、時に生意気で、けれど妙に憎めない同級生、逆巻説也はそれでも私の心に踏み込んできた。
「この1年間の間、本気で何にも変わってないと思うのか?」
彼はそう聞いてきた。
そんなの決まってる。変わってない。私は変われてない。なんにも成長なんてしていない。だからパラドックスなんてものが今になっても起こっているんだ。
「私はなんにも成長していませんよ。だからパラドックスなんて現象が起きてるんじゃないですか」
海の彼方から吹き付ける潮風が目に染みる。そのせいかほんの少し涙が溢れる。砂埃でも目に入ったのだろう。きっとそのせいだ。
だってこんなに胸が痛いから。




