30話 確信
ここまでの話で既に時間停止の発現者が誰か分かるようになっています。
ミステリー気分で読んでいただいても面白いかもしれません。
砥部と別れた後、俺は公園で考えを煮詰めていた。何かがひっかかっている。不自然、不完全燃焼とでもいうのだろうか。何か決定的な事を見逃している気がしてならないのだ。
海岸沿いの石段に背を預ける事数十分。波音を背景に、ひたすら考えをめぐらせる。
とにかく解決するべきは時間停止を巻き起こしている人物についてだ。1度これまでに得た情報から推測をしてみよう。
まず、第一に怪しかったのは諏訪だ。しかし彼女は違う事が明らかになっている。時間停止はあいつの目の前で1度起きている。それは何よりの証拠だ。
時間停止を引き起こしている人物は止まった時の中で動けるはず。それが定石だ。まさか、そもそもこの仮定が違うのか?いやいや、そんなことまで疑い出したらキリがない。その線は追うべきではないだろう。
では秋月はどうか……。
風邪で寝込み中だからしばらく会ってはいない。よってアリバイは無し。可能性を否定するだけの客観性のある根拠は何一つない。
でも、彼女はアキレスと亀を解決したばかりだ。心は自分らしさを取り戻し、悩みとは無縁にあるはずだ。つまり、秋月に関しては一旦保留にしておこう。
そしたらあとは……異変に巻き込まれたという意味では是時時雨はどうだろうか。俺との絡みはほとんど無しの隣の席の学級委員。
諏訪によって座席が変わり、パラドックスの被害を受けた人物だ。直接的に影響を受けたという点では他の人間に比べてパラドックスと距離が近いと言える。ただ是時の事も、諏訪と同じタイミングで停止した姿を目にしている。とすると、同じ理由で是時は白だ。
「はぁ……、一旦別の観点から考えてみるか」
砥部の言葉を借りよう。時間停止は本来、夢のような力だ。使いこなせれば全てを自分に有利なように運べる。つまり、時間停止が有利に働いてる人間が怪しいというわけだ。
それで言うと千種先輩はどうだろうか。危うく食器を落として割るところだった。しかし、時間停止の力を使いその危機を免れた。
これは筋が通っている。しかし、当然ながら千種先輩は白だろう。彼女は俺の目の前で、それこそ手の届く程の距離で停止していたのだ。それに、仮に千種先輩が時を止めた犯人なら自分で食器を拾っていたはずだ。
とするとあの時、時間停止が有利に働いていた人物がもう1人いる。
それは誰か……。何を隠そう、俺だ。
無意識のうちに俺が時間停止を願っていたとする。そうして本当は原因が俺だったというのなら、俺だけが停止した時間の中を動ける理由にも納得がいく。俺が黒なら辻褄は合ってしまう。残念なことに合ってしまうのだ。
だが待てよ。そもそもの話だ。パラドックスとはそんなに便利なものではないはずだ。
無意識、無自覚に発現し、それは制御などできない代物。秋月や1年前の俺という前例ではそうだった。
だとしたら、今回も誰かの意図は及びえないないと考えるのが妥当だろう。なら俺もひとまずは保留だ。
諏訪も是時も千種先輩も白。俺と秋月は保留として、他に身近な人物というと……砥部だ。
元凶が身近な人間だという保証はどこにもないが、範囲を狭めなければそれこそ無謀。干し草の中から針を探すようなもの。片っ端から疑いをかけていくのは回り道のようで今できる最短の道だ。
砥部はパラドックスについて否定的だ。これはずっと一貫している。秋月の時も、諏訪の事も、時間停止についても心からは信じていない様子だった。それでも仕方なく俺の話を現実のことだと仮定して相談に乗ってくれた。
この流れを素直に受け止めるなら砥部は白だ。
でも、人間の本心とはそんな簡単なものでもない。それは秋月の件を通してよく知っている。根拠となる点がないのだから砥部も一旦は保留だな。
結局、それからどれだけ考えても解は出なかった。パラドックスの元凶の正体はもちろん、なにが頭に引っかかっているのかも分からない。
いよいよ俺は考え事を諦めて、ふうとため息をついて辺りを見渡す。東京湾の水平線、そのモヤの中に海ほたるが見える。辺りには、いくつかの大きな船が行き交う様子もぼんやり浮かんで見える。
すると遠くの方から船の汽笛のような音が聞こえてきた。ボーッという空洞を響くような心地よい音だ。その音を聞いて、俺はふと周りを確認する。けれど、周囲の人々は誰一人として気にも止めていない様子。
各々、散歩だの会話だのを続けている。
この音の出所を俺は知っている。
ここから1キロほど離れた場所にあるテーマパーク、以前諏訪と屋上から見たあの施設だ。そこには大きな蒸気機関車を模したアトラクションが存在している。テーマパーク内を周遊するその機関車が響かせている汽笛の音こそが、このボーッという音なのだ。
確か名をウエスタンなんちゃら鉄道とか言ったかな。天気や湿度に影響されて、こうして風に運ばれて音が聞こえる日がたまにある。
とにかく世間一般からしてみれば異質な音で、日常に馴染みのないイレギュラーな音である。でもそれは、この地域で暮らす人々にとってはなんて事のない日常の一部でもあるわけだ。
だからいちいち反応もしなければ気にもとめない。俺がこうして顔を上げても誰も気にしていない。まるで聞こえてすらないように。
大勢の人が集う公園の中で俺だけが音に反応しているその状況にどこか疎外感を感じる。そして、それと同時に頭の中でなにかが繋がった。
それから少し遅れて俺は気づく。
胸に支えていた違和感の正体、そして時間停止の謎へと迫る核心的な問題に。
「そういえばあの時も誰も反応はしていなかったよな?」
散らばっていたパズルのピースが纏まり、形を成していく。閃きとはひょんなことから始まるらしい。
「でも、あいつだけは違った……」
芋づる式に次から次へと仮説が組み立てられていく。
そうして色をつけていく真実とは裏腹に、俺の感情は暗いものへと変わってゆく。
この仮説はあまりに酷だ。信じられない……信じたくない、そんな出来事だから。
しかし、考えれば考えるほど辻褄は合ってしまうのだ。間違っている証拠を探せば探すほど、仮説の信憑性が増していく。
「はあ……」
しばらく経って、俺は再度ため息をつく。今日イチ大きなため息だ。それは一種の諦めからでたもので、とうとう俺はパラドックスの真実について、自分の仮説が正しいことを受け入れた。
あれだけ迫りたかった時間停止の真相に辿り着いたというのに、今では後悔さえ胸に抱いている。知らない方が良かったのかもしれないとすら思える。
「どうしてそんなことを……」
ポロリとつい言葉が漏れる。無意識に言葉が出てしまうほどにショックだった。なぜなら彼女のしたことは、ある種の裏切りとも取れる行為だったから。
だから俺は真実を確かめなければならない。
明日だ。決着は早い方がいい。それに真実に気づいてしまった以上、彼女とこれまで通りに接することなんて俺には到底できない。明日の放課後ケリをつけよう。
願わくばこの仮説が間違っていることを俺は望む。それも含めて、明日確認を取ろう。例えそれが俺たちの仲を違えるものであったとしても。
そんな決意を堅く胸に抱き、俺はいよいよ帰路についた。砥部と分かれた駅を通り過ぎ、陸橋を越えて緑道を抜ければ高校が見えてくる。そこでバスに乗ればすぐに家に着く。
その途中のことだ。帰り道の途中、俺は再びカフェに寄り千種先輩と少しだけ言葉を交わすことにした。全ては明日の決着のため。確認しておくべきことがあったのだ。
そして、そこで推測は確信に変わる。やはり時間停止を引き起こしているのは彼女で間違いないだろう。
明日の決着のため、別れ際に千種先輩とある約束を1つ交わして俺は店を出る。
帰りのバスの中でいつか聴いた歌の一節を思い出す。
真実は残酷だ。
正しくそれは現状を正確にとらえていた。




