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クラスの美少女ギャルがストーカーだった件  作者: 嵐山
冷たい図書委員の少女が恋する乙女だった件
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29話 綻び

「それは重々承知の上で、もう一つ相談に乗って欲しいんだ」


 そう言って時間を確認すると、俺達が出会ってから既に30分と少しが経っていた。本題に入るには少し遅いぐらいのタイミングだ。


「時間停止のことですね」

「その通りだ。こっちは諏訪の件と違って実害が出ていてな。早急に解決したい所なんだよ」

「実害……ですか?」


 分かりやすくハテナを浮かべて砥部が疑問を口にする。


「単純に考えれば時間停止なんてラッキー以外の何物でもないはずです」

「そりゃ最初は俺もそう思ってたさ」

「だらけ放題にやりたい放題。無限の時間を生きる、それは太古から人間が追い求めてきた理想の力です」

「太古の時代なら良かったかもな。でもここは21世紀の日本だ。法治国家だ。社会性だの規則だの校則だの、色々な物に縛られている」

「つまり、何が言いたいんですか?」

「前に話した時間停止の概要を覚えてるか?」


 あれは確か先週のこと。7月4日火曜日、丁度1週間前の出来事だったと思う。

 時間停止について初めて打ち明けた日、そして飛ぶ矢のパラドックスについて教わった日でもある。


「時間停止は恐らく飛ぶ矢のパラドックスによる現象であり、それを発現させているのは逆巻さんではないという話でしたね」

「そうだ。だから授業中に時間が止まったとするとどうなるか?スマホはいじれないし、家に帰ることもできないんだ」

「不意に時間が動き出す可能性があるからですね」

「その通りだ」


 改めて状況を説明した甲斐あって、砥部はようやく俺の気持ちを少し理解したらしい。

 何度か頷いた後で俺に憐れむような視線を向けてきた。


「逆巻さんが困っている事は重々分かりました」

「じゃあ……」

「ですが……私に力になれる事はありません。ですのでこれ以上のお話は不毛ですよ」


 「じゃあ、一緒に解決を手伝ってくれ」、そう言おうとしたのだが、妙に力のこもった声で俺の提案は棄却された。

 さっきの憐れみの視線はきっと、助けることのできない救えぬモノを見ていたのだと今になって気づく。そう思うと、砥部の瞳には悲哀が混じっていた気もする。


「現に、逆巻さんはあれから何か手がかりを掴めたのですか?」

「……」


 それについては返す言葉が見つからない。ようやく見つけた異変は別件だった。時間停止にまつわる犯人は尻尾をこれっぽっちも見せてくれない。それはまるで俺から逃げているように……。


「追加のヒントもなしに解決しようなんて無理な話ですよ。私に過度な期待はしないでください」


 思わず耳を塞ぎたいくらいには正論だ。だからこそ自分が情けない。


「私にだって分からないことは……いえ、分からない事だらけなんですから」


 拒絶、というのとは違うだろう。無理な物は無理だってだけの話。


 その言葉は容赦なく真実を捉えている。砥部は神様じゃない。知らない事は知らないし、ただの女の子にすぎない。

 俺はいつからこんな人間になったのだろう。すっかり逃げ癖がついてしまった。1年前の陸上大会をきっかけに、真正面から向き合う事を避けてきた。その結果がこの有様だ。


 自分の事はまず自分で。どんなに難解な課題でも自分の力でなんとか壁を超えてきた。俺はそういう人間だったはずだ。

 どれだけ辛くても、孤立しても1人でやってきた。誰からも嫌われて、それでもなんとか乗り越えてきた。


 だからこそ、砥部の存在が温かったのだ。口先では冷たいけど、空気に流されて俺を拒絶する事はなかった。


 そんな彼女の存在に俺はいつしか頼りすぎていた。


「すみません。少し言い過ぎました」

「……いや、苦しい事に正論だ。正論だからこそ耳が痛い」

「……」


 重たい空気が辺りに漂う。会話は途切れ、壮大なクラシックが空気を読みもせずに沈黙を強調する。店内BGMが煩わしいと思ったのは初めてだ。


「だけど……」

「すみません」


 このままではいけないと思い、俺は空気を変えるため言葉を付け足そうと試みた。「だけど、お前の言葉のおかげでもう少し自分の力で頑張ってみようと思えた」、そんな言葉を告げようと思ったのだが、俺の言葉は砥部に遮られてしまう。


「私、トイレに行ってきます」

 

 重い空気にいたたまれなくなったのだろう。彼女は謝罪しながら一旦席を外した。


「分かった」


 それ以上の返す言葉は見つからず、ただ離れていく彼女の後ろ姿を見送る。


「最近の俺は確かに人に頼りすぎていたな」


 そして砥部が完全に見えなくなってからポツリと言葉を漏らした。


 1人になった俺は今一度店内を見回す。


 俺たちのテーブルにはチョコレートケーキが乗っていた中皿が1つと、空になったグラスが2つ。

 客の数は依然として変わらず他に3組だけ。若い男性と主婦の集団、そして中年の夫婦。とはいえ、騒がしかった主婦の集団はちょうどレジにて会計を済ましている。


 これで店内はもう少し静かになるだろう。そんな事を考えながら、今度はレジ業務を行う千種先輩を眺める。特に意識もせず、気がついたら目で追っていた。


 彼女は慣れた手つきでお金を受け取り、スムーズにお釣りとレシートを渡して完璧な接客をしてみせた。

 それから主婦の集団が店の外へと出るのを見届けた後で、流れるような足取りで空いた座席へと向かっていく。残された食器を片付けるためだ。


 机には3人分の食器とグラスが残されている。1度で運ぶにはやや多いが、往復するのも効率が悪いような……そんな微妙な量だ。中でも厄介なのは、細くて長い特徴的な形をしたパフェ用の食器。


 それでも千種先輩は1度で運ぶ決断をしたらしく、脇に抱えていたお盆を机に置いて、その上に次々と食器を載せていく。

 しかし、パフェの容器は非常にバランスが悪い。俺はもう、その行方が気になって目を離すことができなくなっていた。


 それから千種先輩は机を綺麗に拭き終えると、メニューの冊子を整えてからお盆を持ち上げた。慣れた手つきだが、それでも心配だ。


 そして嫌な予感はいつも当たる。


「すみません」


 悪気は無い。それは分かる。それでも、その一瞬の隙が命取りだった。中年の夫婦が千種先輩を呼んだのだ。その瞬間、パフェの容器が大きく傾いた。


 肝心の千種先輩の視線は呼ばれた方、中年の夫婦の方へと向いていて危機的状況に気づいていない。いや、今さら気づいたとて、片手しか使えない状態ではどうにもならない。食器が落ちるのは時間の問題だ。


「危ない!」


 刹那、俺は思わず声をあげて走り出していた。咄嗟に漏れ出たその声はかなりの声量だったと思う。

 俺の席から走って助けに向かってもギリギリ間に合うかどうか。でも動かなければ確実に食器は割れる。いま走り出せば1パーセントぐらいは望みがあるだろう。


 しかし、駆け出したのも一瞬。俺はある違和感に気づいて駆け出した足を落ち着かせる。

 最早この現象に体が慣れてしまったのだろう。俺は何が起きたのかすぐに気づいた。


 慌てる必要はたったいま無くなった。今この瞬間、時間が止まったのだ。


「たまには役に立つんだな、これ」


 煩わしかった店内BGMはいつの間にか停止しており、店内には静寂が満ちている。

 だが、根拠はそれだけじゃない。なんとか落下を防ごうと注視していたパフェの容器が宙に浮いていたのだ。その光景を見て俺は時間が止まったことに気がついたのだった。


「ギリギリセーフっと」


 俺は止まった時間の中で千種先輩に歩み寄り、落ちかけのパフェ容器を掴みあげる。そしてそれを再びお盆へと乗っけた。今度は落とさぬように配置をやや工夫しておいた。


 幸いな事に当人の千種先輩は勿論、中年の夫婦も容器が落ちかけた事に気づいていなかった。

 だからこうして俺が元の位置へと戻りさえすれば不自然な事は何もない。全ては何もなかった事にできる。


 やることを終えた俺はただひたすら時間が動き出すのを待った。そうして、助かる事に今回は30秒ほどで時間は元通りに進み始めた。今回ばかりは飽きに苦しまされる事は無いようでホッとする。


「はい、お伺いします」

「この食後のコーヒーを2つ貰えるかな」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 動き始めた日常はなんの変哲もなく、誰も疑問を感じることもなくこれまで通りに事が進んでいる。千種先輩はごく普通に夫婦から注文を受けているし、夫婦も普通通り。1人客の男性も熱心にパソコンに向き合ったままだ。


 ほんと、当たり前の事だが何もなかったように……。


「お待たせしました」


 それからしばらくして砥部が戻ってきた。


「丁度いいタイミングだしそろそろ出るか」


 食事も終わったし、今日のうちに話したかったことは話せた。結果、やや不穏な空気にもなったが、今日やろうとしてたことは果たしただろう。

 貴重な休日をこれ以上浪費させるのも悪いし、砥部が再び腰を据える前に俺は退店を提案した。


「……」


 するとその提案に砥部が黙って頷く。その表情はどこか暗く、申し訳なさげに見える。それが俺の気のせいなら構わないけど、余計な気を使わせているのなら気が引ける。ひと声かけておくか。


「さっきの話だが、お前の言ってたことは正しいよ。だからこそ、もう少し自分でどうにかしなければと思い直せた。それもまた事実だ」

「……」


 駄目だ。言いたい事がうまく言葉にできない。これじゃあ伝わってる気がしない。


「とにかく、お前が気にする事は何もないって事だ。むしろ力を貰えた、そんな気がしてるんだよ。もう少し自分の力でやってみよう……みたいな」


 砥部のおかげで自分に喝を入れることができた。とにかく自分の行動を見つめ直すことができた。それは本当のことだ。

 

「いえ、逆巻さんの言いたい事は分かりました。やや言い過ぎたかもと思ってましたが、そう言ってくれるとありがたいです」

「とにかく気にしないでくれ。いつものお前らしくもない。いつもはもっと小言ばかりで張り合いがあるだろ」

「その言い方は不愉快です」

「ほらその感じだ。お前はいつも通り、強気でいてくれ。そうしないとやりにくくて敵わない」

「そうですか。では、細かいことを気にするのはやめます。逆巻さんにはもっと厳しくしようと思います」


 正直に話した甲斐もあってか、俺たちはようやくいつも通りの空気を取り戻す。そうして2人並んで店を後にした。

 案の定会計は俺持ちだった。社割も使えたし、世にも珍しい砥部からのお礼も聞けたので、そんなに悪い気もしない。


 それから店を出てすぐの所で俺たちは別れる事になる。カフェが駅に併設されているからだ。すぐ左手に見える階段を登れば葛西臨海公園駅の改札が待ち受けている。


「わざわざ休日に悪かったな、いろいろ助かったよ。また学校でな」


 これ以上俺から話す事は特にない。なにより砥部は無駄話を嫌うだろう。だから軽い礼と挨拶だけ済まして俺は手を振った。

 そして砥部からも特に用事は無いようで、彼女もぎこちない動作で手を振ってから背を向けた。慣れていないのか手を振るその表情には恥じらいが見て取れた。


 それから背中が見えなくなるまでは見送ろうと後ろ姿を眺めていると、階段を数段登った所で彼女はふと足を止める。そして振り返りながら一言。


「そういえば1つだけ聞かせてください。何が危なかったんですか?」


 随分高いところから、見下す形で彼女が問いかけた。


「なんのことだ?」

「カフェでのことです。私がトイレに行ってる時ですよ。何か叫んでたじゃないですか」


 本当に何のことか分からなかったのだが、その説明でようやく合点がいった。なるほどそういうことか。


 そういえばこんなこと、前にもあったな。あれは転校生の諏訪と話した時だ。俺が「あのさ」と話しかけた所で時が止まったのだ。絶妙なタイミングで止まったせいで時が動き出してから変な空気になったのを覚えてる。

 そういえば転校生の諏訪はどうなっているのだろうか。明日、学校に行ったらまたいなくなるのだろうか……。それとも第五の諏訪が現れるのだろうか。


 まあ今は彼女に構ってる余裕はない。


「別に、なんでもないさ。ちょっと食器を落としそうになってな」


 千種先輩が食器を落としそうになって、そしたらたまたま時間が止まって……なんて、そんな風に本当の事を話しても長くなるだけだ。別に大した出来事じゃないし、真実を事細かに告げる必要はないだろう。そう思った俺は適当に誤魔化しておいた。

 

「そうでしたか。つまらないことを聞きました。ではまた学校で」

「ああ、またな」


 最後にそんなたわいない話を交わすと今度こそ砥部は本当に帰って行った。


 1人残った俺は空を見上げる。青い空、白い雲。大きな入道雲が実に夏らしく、爽快な景色だ。

 そして、それとは裏腹に俺の心にはモヤがかかっている。


「なんだろう」


 何かひっかかる。特に何も得ていないはずなのに、何かを見落としているような。


 自分の気持ちに整理をつけるべく、俺は少し散歩をしていく事にした。


「夏らしく一目海でも見に行くか」


 時刻は16時半過ぎ。日はまだ沈みそうにない。時間はいくらでもありそうだ。

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