24話 協力者
「はい、これ」
移動の最中に購入した炭酸飲料を彼女に手渡しながら石段に腰を下ろす。体育館裏のこの場所は日当たりが悪く、ひんやりとした石の感触がズボン越しに伝わってくる。冷たくて心地よい。
「え?くれるんですか?あ、ありがとうございます」
多少の戸惑いは見せたが、彼女は割とあっさり飲み物を受け取った。
そうだ、奢るならあんな性格の悪い奴らではなく、こういう子に奢ってやりたいものだ。
「余計だったか?」
「いえ、そんな事は。甘いものは好きなんで」
「いや、そういう事じゃない。さっきの教室でのことだ」
「あ、ごめんなさい。そっちでしたか」
彼女は恥ずかしそうに微笑を浮かべ、勘違いを誤魔化す。これからどう話しを繋げようか困っていたが、その人間らしい一面を見てハードルが下がった気がした。
「でしたら全然大丈夫です。むしろ助かりました」
「そうか……」
返事を聞いて、俺は少し反省する。そりゃ、こんな風に聞かれたらYES以外の答えは言えないよな。これじゃ強制して言わせたようなもの。
本当は迷惑してたかもしれない。だとしたら、この先の責任まで取るのが道理だ。
「もし、この先面倒な事になったら構わず言ってくれ。そうなったら半分俺のせいみたいなとこもあるし……」
「何言ってるんですか先輩。先輩は優しさで助けてくれたんですよ。優しいってだけで優れてますって。だから私、ホントに感謝してるんです」
「……」
そう言われた俺は眉間を寄せて黙り込む。すぐに言葉が出てこなかった。
以前、全く同じことを言ってた奴がいた……俺はその言葉に救われたのだ。だから、そいつの事を思い出して頭が正常に働かなかった。
さて、一体どうしたんもんか。今のセリフで尚更、無関係って訳にもいかなくなったよな。
「なあ、君って姉妹がいたりする?」
「なんです?藪から棒に……」
牽制がてら、軽い質問を投げかけてみる。ただ、答えを聞く前からなんとなく回答は分かっていた。事態がそんな簡単ではない事を直感で感じていたからだ。
「いないですけど」
「そっか」
やっぱりそうだよな。
同じようなモットーを持っている少女、そして恐らく同じ苗字か……。むしろ無関係である事を証明する方が難しい。それこそ幽霊がいない事を証明できないのと同じように。
「それより逆巻先輩、用事ってなんですか?さっき言ってましたけど」
逸れた話を彼女が元に戻す。ていうか、名乗ってないのに逆巻先輩って呼ぶって事は、案の定俺の事を知ってるみたいだな。まあだからと言って別に構わないけど。
そして、それを指摘する気もない。これ以上話が逸れたら面倒だからだ。
「そうそう、忘れてた。用事ってのはこれだよ」
俺は数時間前に拾った財布をズボンのポケットから取り出して見せる。
「ああっ!それ!私の!」
すると、疑いようのない程のオーバーリアクションで彼女……いや、諏訪が声を上げた。本来なら本人確認やらをした方がいいのだろうが、この反応だ。そういうのはいらないだろうな。
「中に諏訪って書かれたポイントカードがあってさ。それで名簿から諏訪って名前の生徒を探して、1年3組にたどり着いた。そしたら偶々だ、財布を無くしただの話してる声が聞こえたんだ」
「なるほど、さっきのあれは偶々通りかかった訳じゃなかったんですね。正に奇跡的なタイミングでしたね」
「そういうことだ。やっぱり君が諏訪愛菜花で間違いないみたいだな」
「そうです私が諏訪です。ほんっとにありがとうございます。もう返ってこないと思ってましたよ。財布の中身を勝手に見るのはちょっと引きますが、それでも嬉しいです」
「最後の一言が余計だな。でもお礼の言葉はちゃんと貰っとくよ」
「それは事実ですから!でも、感謝してるのも事実です」
礼儀正しい真面目な子だと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。彼女は揶揄うように、はにかんだ笑顔で軽口を叩いてみせた。
こうしてみると、この子はなんだか犬っぽい奴だなと思った。と言っても芝とかチワワじゃない。あれだ、この間テレビで見たシベリアンハスキーってやつに似てる気がする。
「そういう訳で、是非お礼をさせてください。私にできる事がだったらなんでも協力しますから」
「なんでも……か。そりゃ嬉しいな」
何でもしてくれるなんて夢が膨らむ。俺はゴクリと唾を飲み込む。
「あ、エッチな事と勉強と、めんどくいさ事と疲れる事じゃなければ何でも協力しますから」
すると何か危機感を感じたのか、悪い笑顔で諏訪は条件を付け足した。
「それって何でもって言うのか?」
お礼にしては大分条件が狭い。ていうかむしろ、何ができるのだろうか。
「私だって出来る限りは協力したいと思ってます。ですが、あの逆巻先輩相手だと何をお願いされるか分かったもんじゃないですから!」
今度は当たりの強い口調で諏訪が告げる。そんな逆ギレ気味に言われても困る。てか、最初のイメージとは一転。思った以上にノリもいいみたいだ。
だが、やはりどこか変わってる。これには少し、敵が生まれてしまうのも納得する。
悪い事ではないのだが、彼女には個性がある。個性の尊重が叫ばれてるこの時代だが、結局のところ個性を持つものは浮いてしまう。悲しい事にそれが今の社会なのだ。
彼女のように、不条理に屈せず媚びない人間、自分を持ってる人間にとっては生きにくい世の中だろう。俺からすればその個性も魅力のうちだと思えるが、万人がそう感じるとは限らない。
「ま、性格なら仕方ないな」
「ですです。仕方ないんです」
「でも、だったら丁度いい。1つお前に聞きたい事があるんだが。質問なら疲れないし、いいだろ?」
本題に入るには丁度いいタイミング。この学校に存在するはずのもう2人の諏訪、そして時間停止にまつわる問題。
これらの異変に彼女は関与しているに間違いない。
「1つと言わずいくらでもいいですよ」
すると、諏訪は笑顔で快諾してくれた。
「分かった。じゃあ早速だが、最近変わった事は無いか?」
「変わったこと……。うーん、そうですねー」
けれど、彼女の反応が予期していた物と違う。予想では、すぐにパラドックスに結びつく何かが得られると思ったのだが、この緩んだ表情……どうやら思い当たる節が無いようだ。
「例えば時間がゆっくり進む……とか、なんなら時間が止まって見える……とか」
雲行きが怪しくなってきた事を察知しつつ、もう少し具体的に探りを入れてみる。
「時間が止まる?いえいえ、そんなまさか!」
「だ、だよな。そんな訳ないよな」
けれど、素のリアクションで否定されてしまったので、俺は慌てて前言を撤回する。
危ない危ない。彼女なら何か知っているに違いないと決めつけていたけど、本当に知らないとしたら話は別だ。
こんな質問をしてくるやつなんて、一般人からしたら頭のおかしい奴にしか見えないだろう。
「逆巻先輩、そういう妄想は程々にした方が良いですよ。それも初対面の後輩にするなんて不審がられますから」
「いや、ほんとにその通りだな。悪い、変なことを聞いた。今のは忘れてくれ」
諏訪愛菜花。彼女は不思議なところがある。だから、パラドックスについて何か共有できると思い込んでしまった。これからはもう少し慎重に行動しなければな。
「とにかく、財布の持ち主が見つかって良かったよ」
「いえ、その件はホントにありがとうごさいます。先輩みたいな優しい人が拾ってくれて良かったです」
最初は礼儀正しい良い子だと思ったけど、話してみて彼女の性格を知った後だと、このセリフもなんだか揶揄われている気がして来る。
まるで、俺の評判を知った上でイジっているような。それでも、心の底から馬鹿にされている感じはしなかったので不思議と悪い気はしない。
本当に不思議な奴だ。
「いやいや、俺は当然の事をしただけだよ」
口にしていてムズムズするセリフでお礼に応える。
それにしてもアテが外れてしまった。これで時間停止に関する調査は振り出しに戻ってしまった訳だ。
「どうしたんです?難しい顔してますけど」
どうしたもんかと、ボーッと考えていると俺の顔を覗き込むように諏訪が顔を寄せて来た。突然近寄ってきたもんだから心臓に悪い。なんだか良い匂いがするし、好きになってしまいそうだ。
ていうかほんとに近い。その距離わずか20センチぐらいしか離れていない。
「少し考え事をしてただけだ。それより、ちょっと顔が近すぎるからもう少し離れてくれ。ポッキーゲームぐらい近いから」
勿論、ポッキーゲームなんて楽しそうな遊びをやったことはない。やる準備はできてるけど相手がいない。
「わっ!すみません」
距離を指摘された諏訪が顔を赤らめて慌てて身を引く。変わってるとはいえ、どうやら人並みの羞恥心はあるらしい。
ほんと、世の女の子には気をつけて欲しい。特に深い意味が無くても、距離が近いとか、目が数回合ったとか……、それだけで男は勘違いをしてしまう習性があるのだから。
「あの…もし先輩が困った時は、今度は私を頼ってくださいね。それくらいのお礼なら私にもできますから」
「そうだな……。だったら今度、めんどくさくて疲れる相談をしにいくよ」
「も〜、今のは真面目に言ったんですけど」
「分かってるよ。本当に困ったときは助けてくれ」
「はい!」
再び彼女がとびきりの笑顔で返事をする。その瞬間、風通しの悪いこの場所に風がそよいだ。
そうしてこの日、俺は1年3組で嫌がらせを受けていた諏訪愛菜花と知り合った。河川敷で出会ったのとも、体育祭で絡まれたのとも違う、3人目の諏訪。
パラドックスに関する進展は振り出しに戻ったが、心強い?協力者を得たのだった。




