20話 夏の始まりに時を止めよう
少しシリアスというか謎解きのような調子で二章は進みます。
三章はコメディに全振りする予定です。
体育祭が終わった翌週のこと。蝉の合唱が遠くの方から響いてくる時期。茹だるような暑い日。飛行機雲の似合う季節。
日付で言うと、今日は7月4日の火曜日。時間は眠気のピークでもある6時間目。明日で丁度、体育祭から1週間が経つ。あの濃くて、一悶着も二悶着もあった体育祭。
あの日、俺はリレーにおいて縦横無尽の活躍をした。MVPは秋月だったがそれに次ぐ程の活躍を俺はした。
最下位からの4人抜き。少しは俺を見直す奴らも出てくるだろう。なんなら告白とかされたり……なんて事は愚かな妄想だったのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
特段誰かからチヤホヤされる事もなく、以前とあまり変わらない日常がそこにはあった。
まあ当然と言えば当然なのかも知れない。あれだけ足が速いなら、だったら尚更、「どうして肝心の陸上の大会で本気を出さなかったのか?」という疑問が浮かぶのは至極当然なのだから。
ただ、変わった事もあるにはある。
秋月のことだ。
彼女はギャルという仮面を脱ぎ捨て、素をさらけ出してみせた。それが事態をどう転ばすか、若干の心配があった。
それでも、そんな心配は杞憂だったのだと思わせる程に、彼女は上手く人間関係をやっている。
むしろ、以前よりも色んな人と仲良くしているのを見かけるぐらいには順風満帆に事は進んでるようだ。
ま、その秋月も現在は風邪のせいで休んでるんだけどな。そりゃあ、あれだけ雨に濡れたら風邪も引くだろう。
先週はなんとか気力で持ち堪えていたみたいだが、今週になってから大分熱が上がったらしい。
若干の心配と当然の顛末に納得しながら、俺は3回の窓から顔を覗かせて辺りを見渡した。
7月の上旬、いよいよ夏も本番だ。肌に触れる空気はとても熱い。気温は軽く30度を超えている。太陽はギラギラと輝き風もない。静か……辺りは静寂に包まれている。
鳥の鳴き声も、車のエンジン音も、蝉の合唱だって今は聞こえない。なんにも聞こえてこない。
そして、同じようにこの教室の中にも静寂が満ちている。物音ひとつ、呼吸の音さえ聞こえない。今は授業中だというのに……。
そう、この間のあれは夢ではなかった。
新たな超常現象『時間停止』は今もこうして起こっている。時間が止まっているからこそ、俺は授業中だというのにこうして立ち歩いて外を眺める事ができているのだ。
要するにだ。ついに俺にもスタンドが発現したという事らしい。
……と、そんな冗談は置いておいて、本当は非常に困っている。
時間停止、これは紛れもなく現実に起きている現象だ。恐らくパラドックスによるもので間違いない。ただ困った事に、この現象は俺が引き起こしている訳ではないのである。
さっきはふざけて自分の力だなんて言ってみせたが、真実は違う。俺が意図して時を止める事はできないし、時間の停止がいつ終わるのかも分からない。
これは推測だが、誰かが発現した時間停止のパラドックス。俺はきっと、それに巻き込まれてしまったのだ。
時間が止まっている事を理解し始めた頃はあれこれ好き放題できてラッキーだと考えた。だが、いつ止まるのか、いつ時間が再開するのかも分からないという状況。そんな条件下で欲望の限りを尽くすのはあまりにリスキーだった。
そして特に厄介なのが、誰がこの現象を引き起こしているのか分からない点だ。
今の所俺に悩みはないし、秋月だって自分らしさを取り戻したばかりだ。現象を巻き起こしている人物が浮かばない。よって解決の糸口が全く見えない。
いつ起こるのか、いつ終わるのか、誰によるものなのか、何もかもが分からないから解決の糸口が掴めない。だから非常に困っているのである。
時間が止まっている夢のような状態だとういうのに、どうすることもできないので俺はひとまず自分の席に着く。
俺の席は窓際最後尾。運は悪い方だがたまたま勝ち取れた。この席は良い。見晴らしもいいし、右隣さえ警戒していればダラけていても咎められる事はない。教壇からは死角になっている。
まあ、その右隣が問題なんだけど……。俺は停止した時間の中で右隣の女子生徒へと視線を向ける。
彼女は背筋をピンと伸ばして席に着き、左手でメガネのフチを触った仕草のまま停止していた。
彼女の名前は是時時雨。学級委員のルールに厳格なタイプの人間だ。
それにしても、こうしてマジマジ見ると整った顔立ちをしている事に気づく。まあ、今はそんな事どうでもいいか。
俺は机に突っ伏してため息をひとつ。
体育祭が終わってから時間停止は不定期に起きていた。今起きているので4回目。停止する時間は1分から長くてせいぜい10分程度。
時間が止まってる間は特にやる事もない。いや、正しくは何もできない。あまり大胆な行動を取ると、不意に時間が進み始めた際に周囲に怪しまれてしまう。
分かった事は、停止した時間の中でも俺が触った物は使えるという事。例えばスマホの機能とか……。もっと分かりやすい例で言えば蛇口なんかが良いだろうか。停止した時間の中でも俺が捻れば水は出て来るのだ。
それでも、いま俺にできることは睡眠以外にない。周囲が無人の状況なら好き放題できるのだが、これだけ人に囲まれているとそうもいかない。そういう訳で俺は無音の教室で目を閉じる。
そうして、目が覚めた頃には既に6時間目は終わっているのだった。
放課後になって時間ができた俺はとりあえず図書室へと向かう。もちろん砥部に相談するため。
それにしても、大きな疑問がもう一つ。
「どうして俺は止まった時間の中を動けるんだ?」
謎は深まるばかりだった。




