17話 体育祭
あと3話です!
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6月27日の火曜日。体育祭当日だ。
俺はピストルの空砲で目を覚ました。どうやら校庭の端っこで、競技の観戦中に立ったまま眠っていたようだ。昨晩は色々と忙しくほとんど寝れていなかったのでそのせいだろう。
時計を確認すると、時刻は9時20分。観客が多くてこの位置からだといま何の競技をやっているのか分からない。
けれど時間的に恐らく、今は1年生による騎馬戦が始まった頃だろう。
煌々と照りつける太陽に照らされて、生徒達の熱狂は留まることを知らない。体感温度は35度ぐらいある気がする。そりゃ校庭も完璧に乾くわけだ。
そんな事を考えながら俺は地面を軽く蹴った。すると、砂埃がかすかに舞い上がる。明け方まで雨が降っていたなんて嘘みたいだ。
にしてもあまりに眠い。気を抜くと意識がもっていかれそうになる。そこで俺はパンっと頬を叩いて気合を入れてみたりした。
「でもまあ、俺が出る競技なんてたったの一つなんだけどな」
俺が出るのはクラス対抗リレーのみ。それは全員参加の種目だ。
他にも100メートル走とか障害物競走、借り物競走みたいな立候補制の競技は多数あった。けれど、昔の俺ならともかく、今の嫌われ者の俺が出場することに何のメリットも感じない。
俺が頑張った所で黄色い声援は飛び交わないだろうし、誰も俺の事など見ないだろう。だったら目立たないでいる方が得策だ。
そういう訳で全員参加のクラス対抗リレーのみが俺の参加する種目。
うちの高校の体育祭は3つのチームが優勝をめぐって争う。1組と2組は青チーム、3組と4組は赤チーム、5組と6組が黄色チーム、といった具合にチーム分けがなされる。このチーム分けに学年の壁はなく、つまり上級生や下級生とも同じチームになる仕組みになっている。
2年1組に所属している俺は青チーム。同じクラスの秋月も勿論青チームだ。一方で2年6組所属の砥部は黄色チームということになる。
肝心のリレーは午後に行われ、その日の最後を締めくくる競技となっている。
言い換えると勝敗の決する競技でもあり、その盛り上がりようは凄まじい。なんと毎年、近所から騒音への抗議の電話が来るとか来ないとか……。世知辛い世の中だ。
それから俺はトイレに行ったり、自販機まで飲み物を買いに行ったりと時間を潰しながら午前中を過ごした。
正直言って俺は優勝には大して興味がない。今考えているのはパラドックスの行末についてだけ。だからリレー以外の競技はどうなろうと構わない。
そうして再び校舎に移動して涼みに行こうかなんて考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「逆巻先輩!」
その声にはどこか聞き覚えがあった。でも、砥部や秋月以外に知り合いなんていただろうか?それも呼び方からして後輩の。
全く見当もつかず確かめるように振り返ってみると、そこに立っていたのは小柄な美少女。
髪型はスポーティーな印象を受けるポニーテル。髪色は金髪とだいぶ派手な見た目。そして、スラッとしているのにどこか筋肉質の太もも。体育着がよく似合っている。
再び言うがそれは紛れもない美少女だ。ただ、俺は彼女を知らない。
こんだけ可愛い子なら一度見たら忘れられないだろう。だから絶対に知らないはずだ。
「えーと、誰だか分からないけど。俺に用かな?」
後輩、それも美人のため、なるべく優しく声をかける。
すると、俺の事を頭のてっぺんからつま先までまじまじと見つめた後、再び顔を見つめてきた。目があって少し恥ずかしい。
それから数秒の間を空けて、何かに納得したように頷くと徐に口を開いた。
「私、諏訪って言います。これ、お題なんで一緒に来てください」
手を広げて見せてきたのは1枚の紙切れ。そこには『嫌われてる先輩』と書かれていた。
――なんのこっちゃ?
状況がさっぱり読めない。狐につままれたような気分だ。
すると、戸惑う俺に解説するようにスピーカーから実況が響いた。
「さあ、借り物競走もいよいよ終盤戦。未だ誰も戻って来ていません。1番最初に帰ってくるのは誰なのか!」
それを聞いて全てを理解する。どうやら、俺は喧嘩を売られてるらしい。
ていうか、運営はこんな誰かが傷つくようなお題を入れんじゃねえよ。それに最上級生がこのお題を引いたら詰みじゃねえか。
「あの、急いでるので早くしてくれますか」
運営に怒りを覚えていると、諏訪が急かしてくる。諏訪もどこか怒りを募らせているようで、その矛先は間違いなく俺に対してだろう。とばっちりもいい所だ。
「しっしっ!俺は忙しいんだよ!他を当たってくれ」
この状況、流石に素直に頼みを聞いてやる必要はないだろう。むしろ怒鳴り返さないだけありがたいと思って欲しいものだ。
「ほら、そう言うとこですよ。素直じゃないから嫌われるんです」
それでも諏訪は引き下がらない。なんなんだこの子は。どんな鋼の心臓してるんだよ。
俺は再び目の前にいる方の諏訪をまじまじと眺める。
初対面にしてはあまりに馴れ馴れしくて生意気だ。……どこかで出会ったことでもあるのだろうか?
いや、やっぱりそんな訳ないよな。俺は諏訪なんて名前の少女は知らない。そんなに見かけない苗字だし、それこそ1度会ったら簡単には忘れられないはずだ。
そんな名前の奴と出会ったことは無い、絶対に。
「あーもう、めんどくさい奴だな」
このまま問答を続けていても埒が開かなそうだったから。それに、よく見ると彼女は額に青色の鉢巻を巻いている。つまり、同じチームというわけだ。
「分かったよ。行くからさっさとしてくれ。ほら、どっちがゴールだ?」
そういう訳で結局最後は俺が折れて、しぶしぶ協力してやる事にした。なにより、こうして言い合っているよりも素直に従った方が解決が早い気がしてきたのだ。
そんなとんだハプニングに巻き込まれたりもしたが、結局借り物競走は1位でゴールすることができた。
結果、諏訪と名乗った一年は随分とご機嫌な様子で自分のクラスの集まりへと帰って行った。
それからお昼を挟み、競技はあっという間に進んで終盤戦。3年生による棒倒しが終わればいよいよ2年生によるクラス対抗リレーだ。
パラドックスは恐らく解決しているはず。それでも心配は拭いきれない。
だが俺だって何の策も無しに今まで過ごしてきたわけではない。万が一の時には俺だって……。いや、万が一なんて来ない方がいいに決まってる。嫌な展開を想像するのはやめておこう。
「まもなく2年生によるクラス対抗リレーを行います。2年生の生徒は入場ゲートに集まってください」
淡々とした声で放送席の生徒が呼びかける。いよいよ運命の時がやって来た。
俺は指示に従って速やかに歩き始めた。




