14話 諏訪という少女
月曜日は学校へ行った。ズル休みはもう終わりだ。今更何ができるわけでもないが、休んでいては本当に何もできない。微かな希望すら湧かない。
そう思って登校したものの、俺は中々勇気を出せずにいた。
そして何も起こらず、何も起こせないまま、とうとう月曜日の放課後まで時は進んでしまった。つまり明日が体育祭本番というわけだ。
と言っても、俺だってずっとうじうじとしていたのではない。秋月に話しかけようと努力はしていた。それでも、これと言ったタイミングがやってこなかったのだ。それはまるで向こうが俺を避けているようにすら思えた。
挙句、秋月は既に帰宅してしまった。なんだかもう、全てがもどかしい。
そんな悶々とした気持ちを誤魔化すように、若しくは自分を戒めるかのように、その日俺はバスを使わずに歩いて帰ることにした。
どこへ寄るでもなく、真っ直ぐ帰るつもりだ。少し環境を変えて考え事をしたいという気持ちもあった。
図書室にも寄っていない。砥部にはメールでその旨を伝えておいた。これ以上砥部に頼る事はないだろうし、彼女は十分力になってくれた。もうこれ以上の負担はかけたくないというのも本音だ。
学校から家まではバスなら20分と少し、歩けば約40分かかる。充分歩ける距離だし、たまにはそんな日があっても良いだろう。
学校の前を流れる中規模の川。その土手沿いの道を歩きながら思考を巡らせる。
とにかく、頭に反芻するのは秋月が最後に言った言葉。確かに彼女には一度だって助けてくれなんて言われてなかった。
俺が一方的に助けなければと焦っているだけだった。考えれば考えるほどそれは、去年の自分の復讐戦と言わんばかりに行動していたのではないかと思えてくる。
本当に俺のしていたことはお節介だったのではないかとすら。
夕暮れ時、1日の終わりを感じさせる色合いの空が相待って、嫌な想像にさらに拍車がかかってるような気がしていた。
しばらく暗い気持ちに落ち込んでいる俺だったが、ふと顔を上げたところである事に気がついた。
河川敷のベンチで1人、ため息をつく女子高生がいたのだ。彼女がうちの高校の生徒だと言うことは、制服を見て一目で理解した。
なにか悩み事だろうかと少しだけ心配に思うも、脳裏に秋月の言葉がよぎる。それはまるで呪いかのように俺につきまとって離れてくれない。
「これもお節介だろうか?」
見ず知らずの俺が心配して手を差し伸べようなんて余計な行動なんじゃないだろうか。
実際、別に悩んでいるわけでもないかもしれない。ただ座って休んでるだけの可能性も大いにあり得る。
しかしだ。よく見てみると彼女は靴を脱いで左足をさすっていた。どっからどう見ても彼女が捻挫かなにかの怪我をしているのは明らかだった。
声をかけるべきか再び躊躇う。
そうして躊躇っている内に俺は遂に彼女を横目で捉えられる位置まで進んでいた。それでも決断はまだ下らない。そしてとうとう俺は何もできぬまま通り過ぎるのだった。
今ではもう、彼女は後ろにいてその姿さえ見えない。
そもそも俺にボランティアの趣味はない。慈善事業でもなければ、助ける義理なんてものも存在しない。
なにより自分に余裕がないのだ。いつだって自分のことで手一杯。自分の責務も果たせていない人間に誰かを助ける権利なんてそもそもあるのだろうか?
だから俺は間違った行動は取っていないはずなんだ。だというのに、なぜだろう。じっとしていられなかった。
もはや何が正解かなんて分からない。分からなかったけど、体が勝手に動くのだ。俺はどこか不恰好な早足で彼女の元へ引き返す。
「それでも俺は……」
俺は……この行動がお節介だとしても、それが例え烏滸がましい行動だとしても、本当に困ってる人には手を差し伸べてやりたい。
誰かを傷つけてばかりの奴とか、俺のことを嫌ってる奴まで助けてやる気にはならない。なんならそういう奴らは傷付けばいいと思ってるぐらい、俺は捻くれた人間だ。
ただ、何か理由があって、どうしようもなくて困ってるなら俺は寄り添ってやりたいとそう思うのだ。優しさとかそういうのじゃない。罪悪感とかそういうのから自分を守りたいのだと自分では思う。
「大丈夫か?」
そうやって声をかけると、やや警戒した様子で少女が顔を上げた。見た所、顔つきは幼なげで先輩では無さそうだ。同級生か後輩のどちらかだろう。
「あ、大丈夫です……ってうちの生徒でしたか」
不審者だとでも思っていたのだろうか、俺を同じ高校の生徒だと認識すると、彼女は案外砕けた笑顔を見せた。
「大丈夫には見えないですよね?実は結構痛くて困ってます」
それから建前はやめてそう言い直した。
「怪我……してるんだろ。通学手段は電車か?それともバスか?」
見た所、近くに自転車は見当たらない。なんらかの公共交通機関を使っての登校だと予測した。
徒歩通学の可能性もなくはないが、よっぽど近くない限り普通は自転車を使うのでその線も薄いだろう。
「もし君が嫌じゃなければ、近くの駅か停留所まで肩を貸すけど」
「ホントですか!?あっ、自分、諏訪って言います。紅葉の1年でクラスは4組っす!」
「1年ってことは後輩か。それでどうする?」
「自分はバス通学でして、バス停がこっから5分ぐらいのところなので、その……できれば肩をお借りしたいっす」
「了解だ」
そういう訳で俺は彼女を送っていく事になった。
「じゃあとりあえず、荷物預かるからな」
ベンチの端に置かれた彼女のリュックを持ち上げて肩に通す。女子では珍しいスポーティーなリュックは思っていたよりも重たい。そのせいで背負った拍子に少しよろけてしまった。その様子を横目で見ていた諏訪が揶揄うように笑う。
「それで、どうして怪我をしてたんだ?」
片足跳びの要領で進む諏訪に肩を貸し、ゆっくり歩きながら尋ねる。
「ああ、それはですね。もうちょっとでバス停だったんすけど、そこに丁度いい小石があって……」
「なるほどな。躓いて足を挫いたってわけか」
「いえ、よく跳ねそうだと思って思いっきり川に投げようとしたら転びました」
「なんだ、ただの馬鹿か」
「ひどっ!」
変わってる奴だ、そんな予感は薄っすらと感じていたけど……どうやらそれは正解だったらしい。
砥部も少し変わった所があるし、秋月もパラドックスとかいう災難に出くわしている時点で周りと比べて変わってる。俺の周りには変人ばかり集まるみたいだ。
「所で先輩」
それから50メートルほど歩いた頃、今度は諏訪の方から尋ねてきた。
「なんだ?」
「さっき一度は通り過ぎましたよね」
「なんだよ、見られてたのか」
「それはもうばっちりと」
まじか……。それはダサいところを見られたな。ていうかそういうのは気づいても言わないでくれるとありがたいのだが。恥ずかしさのあまり死にそうだ。
「なんで一度は通り過ぎたんですか?勿論責めてる訳じゃありませんけど」
責めてるわけじゃないなどと緩衝材を敷いてもそれはまるで意味を為さない。それを聞かれた時点でだいぶ致命傷だからだ。
「お節介だと思ったんだよ」
「お節介?何がです?」
ほんとは言いたくない事だが、絞り出すように何とかして言葉にした。それなのに諏訪は何の事か分かっていないようで、キョトンとした表情で聞き返してくる。
言いたくない事を解説する事ほど苦しい事はこの世にないだろう。それはまるで傷口に自ら塩を塗り込むようなものだ。そう思いながらも俺は渋々答えてやる。
「声をかけたとしてだ。それで嫌な顔とかされたらやだろ。余計なことをするなって風にさ」
「先輩って頭悪いんすか?」
「馬鹿なことして足を挫いたお前にだけは言われたくない」
「そうじゃなくてですって!お節介?そんな訳ないじゃないですか。人に優しくするのはどんな理由でも、どんな結果になっても偉いんですよ」
偉いか。
「でもな、優しくしても裏目に出ることだってあるんだ。それに、優しい人間が結局馬鹿を見る。そういう結末だって大いにあるんだよ」
秋月だってそうだった。優しさや、真面目さがいじめを引き起こした。
「それでもです。優しいってだけで、きっとその人は優れてるんですよ」
「……」
「だからそんな事言わないでください。何があったか知らないけど、優しさがお節介だなんて私は思いませんから、逆巻先輩!」
「……そうかもな。お前の言い分にも一理ぐらいはありそうだ」
諏訪がえらく真っ直ぐな瞳で言い切る物だから、その言い分はなんだか正しいような気がしてくる。
「なんだか少し勇気が出た気がするよ。ていうかさ、そういえば今俺の名前を呼んだか?」
「名前ですか?逆巻説也先輩ですよね。間違ってましたかね」
キョトンとした表情で諏訪は首を傾ける。どうやら彼女は察しがあまりいい方ではないようだ。俺なんかは言葉の裏まで考えてしまうのだが、良い意味で純粋なのだろう。
「そうじゃなくて、俺まだ名乗ってないと思うんだけど」
「ああそういうことですか。だって先輩、有名人っすから。もちろん悪い意味でですけどね」
ふふっと笑いながら、諏訪はどこか小馬鹿にしたように答える。
「まさか後輩にまで知られてるとは。俺の名も売れたもんだ」
「でも、やっぱり噂は噂ですね。だって逆巻先輩はこんなに優しいじゃないですか」
「……」
普段褒められることが滅多にないから、何て返せばいいのか分からず言葉に詰まる。
「なに照れてるんすか?」
そして諏訪はその隙を見逃さない。意地の悪い笑顔で生意気に詰めてくる。
「て、照れてなんかない。それより、そんなに元気があるならもっとスピードあげるからな」
彼女が怪我をしている以上、会話の流れを持っていかれても主導権は俺にある。俺は歩くスピードを少し上げて反撃に出た。
「うわっ!嘘です!冗談ですって……。だからゆっくりでお願いします」
と、そんなやりとりを交わしているとバス停にはすぐに着いた。少し心配だったので家の近くまで送っていこうかとも思ったが、「バスを降りたらすぐ家ですから」と強く説得されたのでやめておいた。
気を遣わせすぎても悪いし、初対面の後輩の家に押しかけるのも良くないと思ったからだ。
諏訪と別れた俺は再び1人で帰路につく。日は未だに沈んでいない。
夕暮れ時、さっきまでと変わらない1日の終わりを感じさせる色合いの空がどこまでも広がっている。
けれどさっきまでと違う事が1つ。俺は顔を上げていた。今では秋月を助ける方法をあれこれ模索している。
「優しいってだけで優れてる。自信を持て」か。今頭によぎるのは秋月の言葉ではなく、諏訪の言葉。
俺って影響されやすいな……そんな事を一瞬考えた。でも、今はそんな事どうでもいい。
自虐に勤しむのは全てが終わってからでもいいからな。今はとにかく影響されておくことにした。
「明日、体育祭が始まる前に何かしないとな」
1年4組の諏訪愛菜花です。
モブじゃないので名字だけでも覚えてくれると嬉しいです。




