13話 過去のこと
「あなたに助けてくれなんて言ってない」、「お節介」。
言われた言葉を思い出すだけで胸がきつくなる。
「私のことなんて分かるわけがない」。そんな事も言われたっけか。
「だったら教えてくれよ。何が好きで、何が嫌いで、何に悩んでるのか……教えてくれれば良かっただろ」
俺は自室のベットに仰向けで寝転びながら呟いた。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が目に染みる。今は6月23日金曜日の真昼。
「はぁ……何やってんだろうな、俺は」
何をするにもやる気が起きず、昨日今日と俺は学校を休んでいた。もちろん無断で。
どうせ俺が休んだところで誰も気にしない。それどころか目障りなやつが居なくてクラスメイトはせいせいしてる事だろう。
ほんと、どうしてこう悪い方にばっか行ってしまうのか。あの時もそうだった。――あの日、地区大会の決勝戦も……。
何かを掴むわけでもなく、俺は右手を上に伸ばす。そしてその手は空を切る。
途方もない無力感が身体中を駆け巡る。
何かしなきゃ、そんな気持ちだけは一丁前に湧いてくるのだ。
「でも、今更学校に行ってもな」
そこで俺は思い出したようにスマホを起動した。
そういえば秋月は俺にこんな事を言っていた。「私は茶川原高校の陸上部だった」と。それは今更知っても扱いに困る情報だ。
俺はもう彼女に必要とされていない。だとしたら、これ以上何かをしたって無駄なこと。
だけど、未練に引きずられるように、気づいたら検索アプリの検索欄に『茶川原高校』と入力していた。
原因が陸上絡みだとしたら何か手掛かりが見つかるかもしれない。せめて何が原因なのかぐらいは知っておきたかった。
すると1番上の候補に『茶川原高校 陸上部』と出てきた。やはり茶川原高校が陸上の強豪だということは間違いなかった。
それから俺は1番上の候補をタッチして検索にかける。何か秋月に関わる大会記録とか、そういうのが見れたらいいと……軽い気持ちだった。
しかし、いざ出てきたのはニュースの記事ばかり。しかも、見出しには不穏な文字が並んでいる。
スーッと血の気が引くような感覚が体を襲う。それから冷や汗が額を伝った。
『陸上の強豪茶川原高校。いじめ問題発覚!学校側は廃部の意を示す』
まだ見出しを見ただけ……それなのに嫌な想像が次から次へと湧いてくる。最悪の予感がする。そして、嫌な予感っていうのは良く当たる。
検索結果のトップに出てきた新聞会社の記事を恐る恐る開いてみる。
記事の内容は、茶川原高校に通う1年生の女生徒Aがいじめにあっていたという内容。そしていじめの発覚により陸上部が廃部になるといった旨の文章だった。
被害者の女生徒Aは高校1年生で陸上部所属。しかも学内1の実力で学業もトップレベル。真面目で社交的な生徒だったようだ。
一方で加害者は一つ上の上級生。陸上部の先輩だったらしい。しかも部長。1年生の生徒Aにレギュラーを取られたことに腹立ち、部活ぐるみで嫌がらせをしていたのだとか……。完全に八つ当たり、酷い話だった。
それから、いじめが発覚した学校側は長年続く強豪の陸上部を廃部にするという措置をとり、被害者の女生徒は転校。
――この女生徒の正体はすぐに予想できた。けれどそれはただの憶測。確信は無い。
今の時代、便利な事にスマートフォン一つで大体のことは知れる。そう、恐ろしいぐらいになんだって知れるのだ。
俺は今度は学校の掲示板など、匿名性のサイトを開いてみた。すると憶測はすぐに事実に変わった。
少女のイニシャルはA.R。現在は都内、江戸川区の高校に通っている。転校前は誰にでも優しく真面目で社交的な生徒として受け入れられていたようだ。
最後の良心か、本名までは載っていなかったけれど、知る人が見れば本人を特定するのに難くない情報が書き込まれていた。
「ありのままの私でいたい」。秋月はそう言っていた。
読書が好きで勉強も得意。ギャルには似つかわしくない特徴があった。
そもそも、ギャルという事に違和感があった。そして、違和感の正体がようやく分かった。
「何がギャルだ、全部作ってただけじゃねえか」
つい声が漏れる。気づけば俺は爪が食い込むほどに拳を握っていた。
これで色々と合点がいった。頭の中でこれまでの出来事がどんどん結びついていく。そしてそれはあっという間に1つの仮説になるのだった。
根は真面目で社交的な少女、秋月玲奈。彼女はいじめを受けていた。そして転校をきっかけにキャラ変をしたのだ。
キャラを作っているからだろう。あまりよくない印象を周囲に与えていたし、そんな状況では本人だって心から笑う事などできない。学校で見かける彼女の笑顔が作り物のように見えていたのはそのせいだ。
2人で出かけた時の言動も納得がいく。俺は彼女の以前の住まいについて尋ねた。すると複雑そうな表情を浮かべてた。あれはきっと、過去の話をしたくなかったのだろう。昔の事など思い出したくもなかったから後ろめたそうだったのだ。
横断幕についての話もそうだ。自分の過去にまつわる話、更には直接的に関係のある学校名まで出されては気が気でなかったはず。
そして1連の流れはいじめによって起こった問題だ。どれだけ信頼を築いたとて、誰かに打ち明けるなんてできるだろうか?
きっと難しい。それはきついだろうな。
そして、彼女の行動原理にだいたいの想像がついたとて、
「俺に今更なにができるのだろうか」
壮絶な過去を経験していたと知った所で接し方が分からない。なにしろ時間だって無い。明日明後日と休日を挟んで、週が明けたら月曜日がやってくる。その翌日の火曜日はいよいよ体育祭本番だ。あまりに時間がない。
しかもだ。俺が何かした所でそれはお節介ではないだろうか。
俺はもう誰にも拒絶されたくない。されるぐらいなら初めから人間関係なんて持たない方がいいとすら思ってる。
「情けないな」
再び大きなため息を吐き捨て、スマホをベッドの端に投げ捨てる。
それにもっとも重要な事がまだ分かっていない。パラドックスの原因だ。いくつか予想は立つがどれも確信が持てない。
彼女が抱える悩みとはなんなのだろうか。砥部は躊躇いがキーとなると言っていた。
積もる後悔と無力感に押し潰されながら、そうやって俺の1日は適当に浪費されていくのだった。




